第二章

第三話*呆気

 ──見つかったことへの苛立ちも、「だからどうした」という開き直りもない。ただ無表情にこちらを向いて、冷め切った瞳がセシエルの恐怖心を膨らませた。

 とはいえ、そんなことくらいで気後れするほどセシエルは弱くも経験不足でもない。いくら依頼者に女性が多いからと、顔だけで生きていける世界じゃない。

「奥さんが仇を討ちたいんだそうだ」

 それに興味を持ったのだろうか、ベリルの瞳がやや表情を見せる。

「レイチェルか」

「アンジェリーナだ」

 何を言っていると顔をしかめ、殺した男の妻の名前なんて知る訳ないかと険しい視線を送った。

「妻の名はレイチェルだ」

「は?」

 間違いを認めないベリルに呆れつつハンドガンを抜いて銃口を向ける。

「殺せとでも言われたか」

「それはアンジー次第だ」

 顎と銃で武器を捨てろと示す。

 ベリルはしばらくセシエルを見つめたあと、諦めたように武器の確認を始めた。

 ここまで聞き分けの良い奴とは驚きだ。それとも何か企んでいるのか。

 セシエルはスリムなテクニカルベストから、ゆっくりとハンドガン二丁を抜いて地面に落とすベリルを眺めながら、みるみると顔をしかめる。

 何せ、両太もものレッグホルスターからそれぞれオートマチックが一丁にナイフ、腰の後ろからリボルバーが一丁とまたナイフ。さらには、左脇から三本目のナイフを取り出していく。

 それで終わりかと思いきや、すそをまくってハンドガンが一丁、そでをまくればナイフが現れた。それだけでは飽き足らず、服の中に手を突っ込んで右脇をごそごそとしたならナイフが顔を出す。

 そのうえ右足首からはコンパクトガン、左足首からは投げ用ナイフがこれまた三本、地面に転がったのだからさすがに目をいた。

 なるほど、どうりでこんな場所なのに足首まである靴を履いていない訳だ。

「おまえ……。一体、幾つ持っているんだ」

 細身の体から出てくるには多い。多すぎる。ここで何をしていたのかは解らないが、帰るところだったんじゃないのかとベリルの足元にある深緑のバックパックを一瞥した。

「もう無い」

 両手を肩まで挙げて答えるも、本当なのかと疑いたくなる。これだけ出てくれば他に持っていても不思議じゃない。

 気を取り直し、ゆっくりと近づくと軽く服の上から触れて持ち物検査をし警戒しながら取り出した結束バンドで後ろ手に縛ってさあ歩けと背中を小突く。

「拾わないのか」

 言われて、落ちている武器を見やった。確かに、子どもが拾うと危険かもしれない。

「待ってろ」

 ジープから麻の袋を持ってきて、こちらの様子を窺うベリルに注意をしながら一つ一つ拾って袋に詰め、ついでにバックパックも掴んで背負う。

 トランクを開けてそれらを投げ入れ、ベリルをジープの後部座席に座らせてシートベルトを締める。

「ありがとう」

 言われて目を丸くした。

 まさか礼を言われるなんて誰が思う。両手を拘束しているからバランスが悪くなるんでシートベルトをしたまでだ。

 転がってあちこちぶつけられては困る。そんな言葉で俺が心を許すとでも思っているのか。

 どうにも気にくわないまま、運転席に乗り込みエンジンをかける。

「名前を聞いていなかったな」

「クリア・セシエルだ」

 名前くらいは教えてやる。

「流浪の天使か」

 ぼそりとつぶやいたベリルに目を細めた。俺のことを少しは知っているようだ。

「彼女からはどう聞いている」

「気まぐれに人をなぶり殺す悪人だとさ」

「そうか」

 ベリルはそう言ったあと、沈黙した。



 ──移動のあいだ時折、ベリルは口を開くことがあった。

 それは、たわいもない言葉なのだが、そこにはセシエルに対する殺意も悪意も、敵意すらまるで感じられずアンジェリーナから聞いた人物像とはあまりにもかけ離れていた。

 しかし同時に、闇の面を隠すのが上手いのだろうとも考える。セシエルは疑問と怒りとを交互に抱く葛藤の長い時間を過ごしていた。

 そんなセシエルのジレンマを余所にベリルはただ、のんびりとシートに腰を落とし窓から流れる風景を眺めている。

 そんな優雅な様子をバックミラー越しに見ているとなんだか腹が立ち、ついついアクセルを踏み込んでしまう。

「流浪の天使は慎重だと聞いていたが」

「あ?」

「どうやら違ったようだ」

「お前にどうこう言われることじゃない」

 唐突になんだよと顔をしかめる。偉そうに何様のつもりだ。

慢心まんしんは身を滅ぼす」

「黙ってろ」

 お前と楽しくお喋りするつもりはない。

 ぴしゃりと言い放ち、口をつぐんだベリルをミラー越しに鼻であしらった。

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