第二話*対峙

 傭兵の事は傭兵に聞け──セシエルは知り合いの傭兵から傭兵へ、ベリルの居所を聞いて回った。

「ベリル? 奴を探してるのか」

 二十代後半の男は見知らぬ男に目を眇め、車に荷物を乗せていく。どうやら、これから仕事らしい。

「今どこにいるのか知っているなら教えてくれ」

「キースの知り合いだから言うけど。コロンビア辺りにいるんじゃないかな」

 あいつは有名人だから、依頼もひっきりなしなんだ。

 その言葉にセシエルは眉間にしわを刻んだ。男の声色からして嫌悪感はない。有名人というのは、悪名という意味でじゃないのか?

 彼女アンジーから聞いた話と違っている。

「ベリルに用でもあるのかい?」

 唸っていると男が問いかけてきた。

「ああ、まあ。そんなところだ」

 言葉を濁すようなセシエルに男は怪訝な表情を浮かべる。

「まさか、闘ってみたいだなんて思ってないよな」

「え?」

「たまにいるんだよ」

 ベリルを知って名を上げようと無謀にも挑む奴がさ。

「へえ」

 倒せば名が上がるほど有名な奴なのか。どんな理由で有名なんだかと呆れて溜め息を吐いた。

「あんまり綺麗だから、あの通り名も別の意味だと勘ぐってやがるんだ」

 それって──

「悪魔のベリル?」

「素晴らしき傭兵だよ」

 そっちじゃないと眉を寄せる。

「素晴らしき傭兵──?」

 アンジーの情報では「悪魔のベリル」だけだった。

 冷酷で冷徹、少しの情もない人間であるという名なのだと書かれていたが、「素晴らしき傭兵」では印象がまるで違ってくる。

「あれだけ綺麗ならそりゃあ、すり寄る奴もいるだろうけど。そんなことで大勢の人間に慕われる訳がない」

 随分とベリルについて知っている様子だ。

「一緒に仕事をしたことが?」

「もちろん、あるさ」

 誇らしげに口の端を吊り上げる。

じかに会うと存在感の凄さが解るよ」

 姑息な手段でのし上がってきた者のそれじゃない。

「仕事ぶりはどうだ?」

「その名に相応しい的確な指示と動きで、あっという間に完遂さ」

 嬉しそうに素直な言葉を発した。

 そこにはやはり、違和感も嫌悪感も見られない。疑問に思いながらも、ロイの遺体の様子とアンジーの泣き顔が脳裏を過ぎりコロンビアに向かう決意を固めた。



 ──コロンビア共和国

 南アメリカ北西部に位置する共和制国家。首都はボゴタ。

 東にはベネズエラ、南東にはブラジルと南にペルー、南西にエクアドル、北西にパナマと国境を接しており、北はカリブ海、西は太平洋に面している。

 かつては政治腐敗に革命軍にと激しい内戦を繰り広げていたが現在では治安も良くなってきており、それでも未だ郊外などにはゲリラ集団の活動が見られることがある。

「こんな所に何をしに来ているんだ?」

 好戦的な奴だからゲリラにでも手を貸しているんだろうか。

 首都ボゴタは南米でも有数の世界都市と言われるだけあり、幾つもの高いビルが立ち並んでいる。しかし、ベリルがいるのはここじゃない。



 カケタ県、フロレンシア──コロンビアのアマソナス地方の県都で山岳地方とアマソナス地方の境界に位置し、南西コロンビアの最重要都市である。

 連なる山々を見上げ、セシエルは住民からベリルの居場所を訊いて回った。

 目立つ風貌を自覚しているのか、サングラスとフードを被っているらしく思っていたほど直ぐには見つからない。

 それでもなんとか情報を聞き出し、駐まっているオレンジレッドのピックアップトラックを横目に、うんざりしたような面持ちで山に入る。

 熱帯性の気候で高い気温と湿度に心なしか体が重く感じられ、なんだってこんな所にいるんだと苛つきを覚えた。

 木々はそれほど密集しておらず、やぶもなく土が露出している地面は歩きやすくて有り難い。しばらくして少し拓けた場所が見えた。そこに立つ影に目を眇める。

 徐々に見えてくる姿にセシエルは次第に表情を険しくした。

 相手も近づいてくる人影に気付いたのか、顔をこちらに向けて無言で見つめている。山岳地帯用の茶色いミリタリー服に身を包み、その格好に不似合いなほどの美貌がセシエルを迎えた。

 ムカツクくらい綺麗な奴だ。なんなら写真なんかよりも見惚れる。そこでふと目の色を見て、そういえばコロンビアはエメラルドの産地でもあったなと思い起こす。他にはコーヒーとバラがある。

 セシエルは少し荒くなった息を整え、逃げずに待っていたベリルに鋭い視線を送った。

「ベリル・レジデントだな?」

「何か用か」

 抑揚のない声が返ってくる。それに苛立ちを感じながらも写真を足元に投げ、それを拾い上げたベリルの眉間にはしわが刻まれる。

「覚えているか?」

 それには答えず、どうしてこれを持っているのかと尋ねるような眼差しに思わず声を荒らげた。

「よく見ろ! お前が殺したロイ・フォードルだ!」

 その言葉にベリルは渋い顔でセシエルを見やる。

 なんだその顔は。無残な亡骸なきがらを見てもそんな顔が出来るのか。

「随分と楽しい趣味をお持ちのようで」

 刺々とげとげしい嫌味にもあまり表情は変わらない。それが腹立たしくもあるが、セシエルは同時に妙な恐怖感も抱いていた。

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