(6)心臓にぶっ刺さるような、一瞬の
予想はしていたけれど、広瀬は菊池さんの炎上についてはそこまでショックを受けていなかった。
ただ、善良なファンの一人として彼の仕事が減らないか心配していたのと、「あんなかっこいい人の彼女ってどんな人なんだろなー」と彼女さんが美人かどうかを気にしていた。
それから、私の顔色をうかがう様子を見せていたのに、キッと怖い顔をして怯えさせてしまった。
私の機嫌が悪いと気づくと、さっさと菊池さん以外の話題に会話の内容を変更してくれた。「今日の学食日替わりメニュー、先輩の好きな親子丼だよ」と。
彼は彼なりに私を心配してくれたらしい。お礼言ってないけど感謝はしている。
そしてある日の夕方、忘れた頃に美少女が再び私の前に現れた。
「あ、あの。山田、美蘭先輩」
チアの練習を終えて部室を出たところで、鈴の音のような声で名前を呼ばれる。
振り向くと、皐月の後輩兼広瀬のクラスメイトのフランス人形風美少女が緊張した面持ちで私を見つめていた。
まったく関わりのない相手だけに、なぜ話しかけられたのかわからない。
「はい、山田ですけど」
どう返せばいいのかも思いつかず、間抜けに山田だと名乗ってみると、美少女はごくりと唾を飲み込んで口を開いた。
「先輩は、いったいどなたがお好きなんですか?」
「……はい?」
質問の意図がわからない。困惑する私とは逆に、彼女は必死の形相で目を潤ませている。
「私、先日クラスメイトの広瀬健斗くんに告白をしたのですが、彼には山田先輩のことが好きだからとふられてしまいました」
好きって、恋愛の好きの話か。
ていうかこの間の呼び出し、広瀬はクラスのことでちょっと色々話し合いがあったんだ的なことを言っていたけど、個人的に告白されていたのか。知らなかった。
「吹奏楽部では、山田先輩は如月先輩とお付き合いされている野球部の方をお好きだったという噂があったはず。確か夏休みにとんでもない取っ組み合いがあったとか。今でもお好きなのでしょうか」
「え? いや今はそうでもない、です……」
「そうなのですか!? では、広瀬くんのことは!?」
ずずい、と顔を近づけられて、私は一歩、いや三歩ほど後ずさる。なんの尋問? これ……。
若干引いてる私を見て少し冷静になったのか、美少女は一瞬真顔に戻って咳払いをした。
「ご無礼な態度を取ってしまい失礼いたしました。ただですね、あの、先輩は二年生なのでご存知ないかもしれませんが、広瀬くんは一年生の間で非常にモテておりまして、彼女になれるならなりたい女の子がたくさんいらっしゃいます」
「は、はあ」
おっしゃる通りご存知ではなかったけど、まあ、あの顔だもんな。モテてもおかしくはない。
そうか。モテるのか。ざらり、とした感触が心の中を走り抜ける。
「なのに、広瀬くんときたらあなたに夢中で、かといって付き合ってはいないと! どういう状況なのですか? まだ如月先輩の彼氏さんがお好きならそうはっきり言って広瀬くんに無駄な期待をさせないでください。もし広瀬くんがお好きなら、うう、まあそれはそれで如月先輩との一件も含めて人騒がせな方だとは思いますが、さっさと付き合ってください。ちゅうぶらりんな広瀬くんもかわいそうですし、ちゅうぶらりんな広瀬くんを見ている我々片想い女子たちもストレスが溜まるので迷惑なのです」
めちゃくちゃ早口でまくしたてられた。ご、ごめんなさい……。
「それと!」
「は、はい!」
「これ、どうぞ」
何か紙を差し出される。名刺?
花小路総合病院 院長 花小路丸太郎。
……誰だ。
「私の祖父の名刺です。チア部はハードな運動部で怪我も多いと聞きます。最近、整形外科を新たに開設いたしましたので、練習中に何かありましたら、遠慮なく花小路総合病院をご利用くださいませ。それでは」
美少女……花小路さんは自分の家の病院の営業活動をキメて、颯爽と立ち去った。
夕日に照らされた彼女の長い後ろ髪がきらきらと光る。
しなやかな猫のようだ。それも、私とは違って高級猫。
美少女の言うことはもっともだと思う。最初は断ったのに広瀬がしつこかっただけで、私は悪くない。でも最近は、私も広瀬が来るのを歓迎している節がある。
広瀬からしてみれば、なんだかんだでこっちに気があるのか、友だちでいたいだけなのか、なんなのかはっきりしろという感じだろう。
一方で、私は私の気持ちがわからない。
広瀬のこと。終わってるはずの大橋くんのこと。大橋くんに似ている菊池さんのこと。
誰が好きで好きじゃないのか、何が恋で恋じゃないのか。美少女に訊かれるまでもなく私が私に訊きたい。
「あ、山田さん」
なんとなく部活の子たちと一緒に騒ぎながら帰る気分になれなくて一人で校門をくぐろうとすると、門の脇に大橋くんが立っていた。
彼は彼で部活終わりみたいだ。高校に入学してから積極的に話しかけてきたかいがあって、私たちはそこそこの仲のクラスメイトだ。……恋人にはなれなかったけど。
「大橋くん、何やってるの?」
「皐月待ってる」
「ああ、そうなんだ」
私と皐月は隣同士に住んでいて学校も同じだけど、意外と登下校はばらばらだったりする。
彼女が誰と帰っているのかなんて知らなかったけれど、彼氏と仲良くやってるみたいだ。
「山田さんは一人で帰るんだ?」
「うん」
「俺らと帰る? どうせみんな同じ最寄り駅だし」
「や、遠慮しとく。……あのさ、大橋くん、いつ皐月のこと好きになった?」
「!? ごほっごほ……」
唐突な質問に大橋くんがむせている。彼に恋していた頃の私ならこの顔ですらかっこいい! と目に焼き付けていただろうけど、今はただ大丈夫かなと心配になる。
背中をさすろうかと手を伸ばしかけて、彼女持ちの男子にむやみに触るといらぬ誤解を招きそうなのでやめた。
咳がおさまった大橋くんは、きりっと元の真面目そうな顔に戻る。その表情、菊池さんに似ているな、と思った。
「夏の……野球部の試合のとき」
「ああ、吹部、野球の応援してたもんねえ。どんな感じで好きになった?」
「どんな感じって……」
「一目惚れ? 一瞬?」
「あー、前から皐月の存在自体は知ってたから一目惚れではないけど、一瞬ってのはそうかも。なんかこう、心臓にぶっ刺さる感じ」
言い方が物騒だけど、わかる。私が彼を好きになった瞬間もそんな感じだ。
それから、菊池さんを好きになったときも。
やっぱり、そういうのが恋なのか。
「涼くん、お待たせ。あれっ、今日皐月も一緒?」
走ってやって来た皐月が私を見て嬉しそうに笑った。
私を邪魔者扱いしない二人に感謝しつつ、首を横に振る。
「偶然会ったから立ち話してただけ。私はここで」
「帰る方向同じなんだし、一緒に……」
「ううん。今日、お兄ちゃんのとこ行く用事あるから」
じゃあね、と手を振って、バス停の方向へ歩き出す。ここからお兄ちゃんのアパートまでは、電車よりもバスのほうが早い。
用事なんかなかったけど、今できた。
私は今、心がこんがらがっている。大橋くんへの恋とよく似た、菊池さんへの気持ち。恋とも言えないようなそうでもないような、広瀬への気持ち。
色々あるけどまずは、菊池さんへの想いを、終わらせてこよう。
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