(7)もう一人の(ちょっとむかつく)幼なじみ

「で、どうした? なんか相談事か?」


 楽くんが面倒そうに、でも心配そうにあたしをソファの上に座らせた。

 来たはいいものの、実はノープランだったりする。


「楽くん、あたしどうしたらいいかわからない」

「はあ? 何の話だよ」


 向かい合って地べたにあぐらをかいた楽くんは、眉をひそめてあたしを見上げた。さすが兄弟、顔立ちが圭都くんと似ている。そのおかげで彼を思い出してしまい泣きそうな気分になる。


「……圭都くんに嫌われた、と思う」

「喧嘩?」

「違う。あたしが変なこと言って気まずくなっただけ」

「だよなー。兄貴が中学生相手に喧嘩するとは思えん」

「……」


 ですよね。圭都くんはあたしと喧嘩なんかしない。あたしのこと、子ども扱いしてるから。

 黙りこんだあたしを見て、楽くんが慌てて両手をひらひらと動かす。


「わ、悪い。なんか地雷だった?」

「別に」

「じゃあ何。変なことって何言ったんだよ」

「……け」

「け?」

「結婚してって言った」


 ドン引かれるかもしれないけど、楽くんなら別にいいや。この人わりと単純だから、明日にはあたしが言ったことなんて忘れてそうだし。


「わーお、プロポーズじゃん。でもお前、まだ十五だし法律的に結婚できないよ」

「わかってるよ! 本当に結婚してもらおうとしたんじゃなくて、つい口から本音が出ちゃったというか……いや、あたしも自分で言っておいて本気かよくわからないんだけど」

「なんだそりゃ」


 だって、結婚とかいまいち想像がつかないし、よくわからない。ただ、不安になって焦っただけなのだ。圭都くんがいつあたしよりも大事な女の人ができてもおかしくないって。

 今までも彼にそういう人がまったくいなかったわけじゃないけれど、幼いあたしは本当の意味で子どもだったし遠ざけられることはなかった。だけど今はもう。


「あたしの気持ち知られたら、圭都くんたぶんあたしと距離を置くでしょ。だから好きってバレないようにお子様のふりしてたのに、全部自分で台無しにしちゃった」

「距離、置くかねえ」

「置くよ。圭都くん女子中学生に手ぇ出したりしないもん。だから恋愛対象にならないように上手に甘えてべたべたくっついてたのに」

「愛莉……お前案外、策士だな」


 楽くんが呆れた口調で言った。自分でも、ずる賢いって自覚している。そうでもしないとあたしは圭都くんのそばにいられない。


「それで、兄貴はなんて? 無理ってか?」

「ううん。びっくりした顔されたから逃げた。2週間くらい経ってるけど音沙汰なし。あたしも怖くて自分から連絡取ってない」

「お前ら超仲良しなのに重症だな、それは」


 さすがに同情したのか、気の毒そうな顔をされる。

 あたしと圭都くんは昔からべったりだったから、これだけあたしたちが会っていないとなると、他の家族も異変に気づいているかもしれない。


「どうしたらいいと思う?」

「どうって……わかんねえよ。なんでそれ、わざわざうちに相談しにきた? カズもそういうの頼りになんないだろうし」

「でも楽くんとお兄ちゃんって色々と修羅場乗り越えてそうじゃん」

「はあ? おれらが? ないない。喧嘩みたいなこともほとんどないし、穏やかそのものですよ。それに男同士の話と恋愛じゃあ勝手が違うだろ」

「うーん……」


 同じかも、と思ったから来たんだけどな。

 お兄ちゃんと楽くんは大親友の幼なじみだけど、本当はそれだけじゃないと思う。

 たぶん……付き合っているんじゃないだろうか。

 本人たちは何も言わないけれど、なんとなく友達以上の何かが2人の間にはある気がするし、あたし以外のお互いの家族もみんな薄々気づいている。二人の関係を知ってるような知らないような。みんな、そんな態度を取っている。

 だから助けてほしくて来たのに。あくまで楽くんが隠すっていうのなら、こっちも追及はできないけどさ。

 恨めし気に彼を睨むと、ふいと目をそらされた。


「愛莉はさ……兄貴と付き合いたいの?」

「え。それは圭都くんの彼女になれたら死ぬほど嬉しいけど、無理だよ。さっきも言ったけど圭都くんマジメだから十歳も下の女の子と付き合わないよ。だから、元の関係に戻りたいだけ」


 ただの可愛いだけの幼なじみに。彼にすり寄るだけの無害な猫みたいな存在に。恋人になれなくてもいいから。

 なのに、楽くんときたら。


「そらもう無理じゃね? あきらめな」

「なっ……」


 あっけらかんとした口調で辛辣な言葉を返されて絶句してしまう。

 これだからあたし、この幼なじみが好きじゃない。お兄ちゃんはこの人のどこが良くて一緒に暮らしてるんだろう。理解に苦しむ。


「楽くんの意地悪」

「意地悪で悪いな。でもな、愛莉だってわかってるだろ。高校生やそれ以上になっても永遠に今の距離感ってのは不可能だよ」

「そ、れは……」


 わかっている。たぶん、今の年齢がもうギリギリだ。あたしが大人になるにつれて、どんなに無邪気を装っても圭都くんは子ども扱いしてくれなくなる。だけど彼にとってあたしは歳の離れた可愛い幼なじみには変わりなくて、恋愛対象として見てもらうこともないのだ。離れていくしか選択肢がない。


「……嫌だ」

「そっか。嫌か」


 急に楽くんの声音が柔らかく優しくものに変わった。慰められてる感じが気に入らなくて、あたしはソファの上で三角座りをして顔を膝の間にうずめた。

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。圭都くんの数倍、乱暴な触り方。あの優しく丁寧な手のぬくもりが恋しい。


「愛莉」

「うん?」

「アドバイスするなら……さ」

「うん」

「はぐらかすのやめて、兄貴に正直に気持ち伝えたほうがいいと思うよ。兄貴は確かに真面目だけど、真面目だからこそ愛莉との恋愛の可能性も、愛莉が望めばちゃんと考えてくれるんじゃねえの」

「そうかなあ?」

「そうだよ。自分の好きな人を信じなくてどうするよ」


 そうなのかもしれない。楽くんからのアドバイスっていうのがしゃくだけど。

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