(6)気まずいその後
あんな、ごまかしきれていないような帰り方をしてしまうと、次からが気まずくてもう自分から会うのは無理。
次の日曜日、あたしはものすごく久々に如月家に行かなかった。
あたしが年上の幼なじみを好きだと知っているゆーこちゃんだけには話そうかと思ったけれど、結局言えなかった。ただ告白しただけならまだしも、テストのごほうびに結婚を要求したとなるとさすがに引かれる気がする。
「先生、ご結婚おめでとうございまーす!」
帰りの会でクラス委員の男女二人がサプライズで担任に色紙と小さな花束を渡すのを、ぼんやりと見つめる。
ああ、先生ったら、涙ぐんでるよ。めっちゃ適当にメッセージ書いちゃったけど、もっと丁寧に書けばよかったかな。だって完全にあたしの八つ当たりだったもん。
全然似ていないクマさんみたいな先生とスーツ姿の圭都くんを重ね合わせてしまう。あたしはうつむいて机を凝視する。
無機質な木目調の机を見ていると、自分がこの席にすわるちっぽけな中学生だということを余計に実感してしまって、もっと悲しくなった。
一度あんなことを口にしてしまうと、圭都くんはもうあたしを今までのように可愛がってはくれないだろう。
絶対にベッドには入れてくれないし、あたしの頭を撫でるのだってためらうかもしれない。あたしが彼に触れようとしたら腕を振り払うかもしれない。あたしが近づいたたらその分離れていくかもしれない。
怖い。避けられるのがとても怖い。
「山田、今日は帰るの?」
背後から矢野くんに話しかけられて、いつの間にか帰りの会が終了し放課後になっていたことに気づく。しかも無意識のうちにカバンを持って下駄箱まで来ていたみたいだ。
「てか今日お前、ずっと元気なくなかった?」
「うん……」
「どしたん?」
心配そうに問われて、ぽろりとこぼれ出てしまう。
「好きな人に嫌われたかもしんない」
「あ……そう」
なぜか矢野くんが残念そうな顔をした。そのままあたしの前で立ち尽くしているから、こっちもどうしたらいいのかわからない。
「あの、矢野くん?」
「その好きな人って、オレではないよね?」
「え、うん。違う人だけど……」
「そっかあ。山田のこと好きだったんだけどな」
「あ……」
なんか今さらだけど、ときどき矢野くんがあたしに話しかけてくる理由がわかった気がして納得した。
かといってどう返事をすればいいのかわからず。
「ありがと。ごめんなさい」
としか、言えなかった。
*
うちの長男である和臣お兄ちゃんと圭都くんの弟である楽くんは、実家を出て大学の近くの学生アパートで二人暮らしをしている。
楽くんの通う大学よりもお兄ちゃんの大学のほうに近い場所にあるそのアパートは、お兄ちゃんみたいな芸大生御用達のアパートで、どの部屋も防音設備が施されている。なのに開けっ放しのドアもあったりして、ところどころ木材を削るような音や楽器の音色が聴こえてくる。
建物の廊下や階段には美術系専攻の人たちが置きっぱなしにしている大きな板や画材が転がっていて、ごちゃごちゃした雰囲気を放っていた。
あたしはこの雰囲気が少し苦手。家とも中学校とも違ってどこか大人な感じがするから。あたしみたいな中学生が来ちゃいけない気がする。
それでも今日は、一人で来た。
土曜日の午後の日差しが、異世界と繋がっているようなごちゃごちゃした廊下を照らす。
インターホンを押すと、中から出てきたのは楽くんだった。
「え? 愛莉? 来るって聞いてないけど」
「うん……言ってない」
「カズ、今大学行ってていないよ」
「じゃあ楽くんでいい」
「でいいって何だよ……」
意味わからん、と楽くんは少し長めの茶髪を掻きあげる。それでもあたしがどこか思いつめた顔をしているのに気づいたのか、追い出さずに中に入れてくれた。
久しぶりに訪れたお兄ちゃんと楽くんの部屋。
古そうなグランドピアノと無造作に床に落ちている六法全書があたしを出迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます