(2)十五歳と二十五歳

 圭都くんが「あっちゃんが好きそう」と言っていた映画は、一緒に見ると確かに面白かった。あたしの好みド真ん中だった。

 さっすが、あたしが赤ちゃんの頃から面倒見てくれてるだけあって、圭都くんはあたしのことをわかってる。

 というわけで、翌日には学校で早速、仲良しのゆーこちゃんにその映画を布教することにした。

 布教という単語はうちのお姉ちゃんが教えてくれた。好きな何かを誰かにおすすめすることらしい。コツは強要せずにさりげなく良さを伝えること。


「……でさあ! 魔女が呪いでばあっと全員を闇に飲み込もうとしたらね、キースが自分を犠牲にして呪いを食い止めるの! あの魔女の手下ん中でいっちばん嫌なやつだったキースが! 実は主人公のことが好きだったんだって。それで、姫様お幸せにって言って、死んじゃったの……!」


 お姉ちゃん。せっかく教えてくれたのにごめんなさい。さりげなく良さを伝えるってどうするの? 布教って難しいね。

 あたしの口、止まらないんだけど。それでもにこにこと相槌を打って話を聞いてくれるゆーこちゃんは優しい。聞き上手な女神だ。


「ゆーこちゃん、ごめん。面白かったからぜひ見てほしかったんだけど、ほとんど最後までネタバレしちゃった……」

「ううん。私も聞いてて面白かったよ。話の流れがわかっても見てみたいかもって思った。私も今度探してみる。なんてタイトルだっけ?」

「ほんとっ? じゃあキースがほんとにほんとに超かっこいいから要チェックだよ。タイトルはエミリア姫と……」

「あっ、『エミリア姫と七本の魔剣』!? それオレも見たことある。面白いよなー」


 いきなり会話に割り込んできた通りすがりにゆーこちゃんと一緒に視線を向けると、同じクラスの矢野くんが立っていた。


「矢野くんも見たことあるんだ」


 友達とわいわい外で遊ぶのが好きそうなタイプだと思っていたから、インドアっぽいことをしているのが少し意外だ。矢野くんはあたしに勢いよくうなずいた。


「オレ洋画とか結構好きでさ。エミリア役の女優さん超キレイじゃん? あの人が出てる作品はわりと見てるんだ」

「へえ~、矢野くん映画詳しいんだ。あたしはあんまり知らないからなあ。おすすめあったら教えてよ」

「いいけど……エミリア姫も結構マイナーだよ? だからそんなの見てるってことは山田も映画好きなのかと思ったんだけど」


 不思議そうにそう言われて、あたしはああ、と口を開いた。


「自分で見つけた映画じゃなくて、圭都くん……えっと、幼なじみが一緒に見よって誘ってくれたの」

「幼なじみ?」

「そー。会社員だからお金持ってて、有料配信サイトのナントカ会員? なんだよね。だからあたしも一緒に映画見放題」


 自分のことでもないけれど、ふんと胸を張ってみる。見たいものがネットで見られるっていいよね。あたしは圭都くんが入会しているサービスにちゃっかり便乗しているだけだけど。

 洋画好きだと名乗ったばかりの矢野くんも、ちょっと羨ましそうな顔をしている。


「いいな。うちは家族も誰もそういうの入ってないから。幼なじみ、何歳なの?」

「二十五歳」

「え、めっちゃ歳離れてんじゃん。てかうちの担任と同じ年齢?」

「そーかも」

「太ったおっさんじゃん」


 あたしはむっと口をへの字に曲げた。そりゃあ、うちのクラスの担任の先生はお腹がぽっちゃり出てるクマさんみたいな体型だけど、おっさんて。


「圭都くんはシュッとスタイルよくてカッコいいお兄さんだもん。それに先生だってまだおじさんじゃないよ」

「ええ? 担任はおっさんだろ……」

「あたし、そーゆー失礼なコト言う人嫌い」

「え」


 矢野くんが明らかに傷ついた顔をする。さすがに嫌いはストレートに言い過ぎたかな……。

 しばらく黙ってあたしたちの会話を聞いていたゆーこちゃんが、ぷっと吹き出した。


「あーあ、矢野くん嫌われちゃった」

「うるせえ」

「ふふふ。愛莉、トイレ行こー」

「あ、うん?」


 ゆーこちゃんに促され、矢野くんを置き去りにして教室を出る。


「愛莉ったら、まったく。矢野くん、愛莉とお喋りしたくて話しかけてきたのに」


 ゆーこちゃんがくすくすと笑いながらトイレへ歩く。というか彼はあたしと話したかったの?


「そ、そうなの?」

「そうだよ。なのに嫌いって……まあ確かに、知らないとはいえ愛莉の好きな人をおっさん呼ばわりはねえ」

「でしょー! 圭都くんをおじさんって言う人は許さない! 先生まで巻き添えくらってかわいそうだよ。太ったとか言われてさあ」

「だね。ぽっちゃり可愛いのにね」

「ねー!」


 でもあたしが好きなのは先生じゃなくて細身の圭都くんだけど。先生ごめんね。

 でも、人によってはおじさんって思うんだ。二十五歳って。

 ああ、またなんか彼を遠くに感じる要素が増えてしまった気がする。

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