六色恋模様
中村ゆい
第一章 山田愛莉
(1)年上の幼なじみは朝に弱い
日曜日の朝、あたしの一日はお隣の
「おはようございまーす!」
あたしが来るのをわかっていて事前に鍵が開けられている玄関から、我が家のように中に入ってリビングに顔を出す。
と、部屋の中にいた三人が一斉に私を見た。
「
おじさんが読んでいた新聞から顔を上げて、にこりと微笑む。
「ごはん食べた? トースト食べる?」
おばさんに尋ねられて、あたしは「ありがとうございます、でもウチで食べてきました」と首を横に振る。
「お兄、いつものことだけどまだ2階だよ」
あたしはにっこりと笑ってうなずいた。
「起こしてくるねー」
くるりと廊下に戻ると、足取り軽く階段を上がる。
その六人の中でもあたしは一番年下の十五歳で、両方の家の末っ子みたいなもの。どっちの家の親にもみんなにも可愛がられて、自分でもどっちの家の子かわからなくなってたりする。
逆に圭都くんは一番年上で、あたしたちみんなのお兄さんだ。
「圭都くん、おはよー」
彼の部屋のドアを大きめにノックすると、うーん……と眠そうな返事が返ってきた。
「開けまーす」
宣言してからドアを開ける。圭都くんはベッドの上で頭から毛布をかぶっていた。もうすぐ夏なのに暑くないのかな。
「圭都くん、けーくん! 朝だよーっ」
毛布の上から思いっきり体を揺すってみた。圭都くんはもぞもぞと動きながら顔を半分ほど出す。
「あー……あっちゃん……」
「おはよう」
「おはよ……」
のそのそと起き上がった圭都くんは、眠そうな顔をしながらもあたしに微笑みかけてくれる。
朝起きるのが苦手な圭都くんの休日の朝、目覚まし係になるのがあたし、山田愛莉の習慣なのだ。
圭都くんは何でもできるけど、早起きだけは苦手。学生の頃からおばさんに叩き起こされていたし、あたしもたまに叩き起こしていた。社会人になってお菓子メーカーに就職してからも、「一人暮らしだと絶対に起きられない」とぼやきながら、おばさんに起こしてもらっている。
土日に、仕事がお休みの圭都くんにかまってもらおうと思って遊びに行くと、圭都くんはたいてい寝ている。休日はあたしが来たついでに彼を起こすのが普通になってしまった。
「圭都くん、本日のご予定は?」
完全に覚醒した圭都くんにおどけた口調で尋ねると、リビングでトーストを食べながら彼は小首を傾げた。
「どうしましょうかねえ……あ、映画見る? あっちゃんが好きそうな新作、ネトフリに入ってたよ」
あたしも見る前提で話してくれるのが嬉しくて、頬が緩む。
「見るー!……けど、午後からでもいい? あたし今から数時間は勉強するの」
こう見えてもあたしは中学3年生。受験生なのだ。親に勉強しろと口うるさく言われず圭都くんと映画を見る時間を楽しむには、やるべきことをやらなければならないのである。
「わかった。じゃああっちゃんは一旦帰る?」
「……圭都くんが良かったら、こっちで勉強したい」
「いいよ。リビングでする? 俺の部屋の机使う?」
そう言ってもらえるってわかってたけど。圭都くんはよほどのことがない限り、あたしを追い返したりしない。
「圭都くんの机がいい。いっかい戻って勉強道具持ってくる!」
「了解。机の上を片付けてお待ちしております」
「ありがと! わかんない問題があったら教えてほしいな」
「いや~、それはできれば自力で頑張ってよ。十年前に習ったことを教える自信ないよ、俺」
圭都くんはそう言いながら、あたしが一度自分の家に戻るのを見送る。
今、必死になって覚えている内容も、十年くらい経って圭都くんくらいの年齢になったら忘れてしまうってことだろうか。てことは、何のために勉強してんのあたし……?
数学の問題集を抱えて山田家を出て、如月家の門を再びくぐりながら、はてと疑問に思って立ち止まる。
「……ま、なんでもいっか」
何にせよ、高校に行きたければ勉強しなきゃしょうがないのだ。
圭都くんの部屋に行くと、彼の机の上に置かれていたPCや彼自身お仕事用の本や資料が綺麗に片付けられていて、あたしが問題集やノートを広げられるようになっていた。
本人はやっぱりまだ少し眠かったのか、床に座ってベッドを背もたれに目を閉じている。
見た目はあたしよりちょっと年上のお兄さん。だけど、さっきみたいに10年とか具体的な数字を持ち出されたら、彼はもっと離れた場所にいるんだと寂しくなる。
距離なんかなくしてしまいたくて、圭都くんの隣にぴとりと寄り添って三角座りをしてみる。あたしに気づいた彼が、うっすらと目を開けてこっちを向いた。
そのアーモンドみたいに形の綺麗な瞳と目が合っただけで、心臓が跳ね上がる。
だけどあたしは平静を装い続ける。動揺したなんて絶対に悟らせない。
「おかえり」
「ただいまあ」
「あとでおやつ持ってくるから、休憩がてら食べな」
「やったー」
お菓子はなんでも大好きだ。俄然やる気が出てきた。
パッと目を輝かせたあたしに気づいた圭都くんが、あたしの頭を撫でてくれる。
あたしは圭都くんが好きだ。同級生の女子が「何組のナントカ君が好き」と言うように。
少女マンガのヒロインが、誰かに片思いしているみたいに。あたしは圭都くんに恋をしている。
「何の科目やるの?」
「数学」
「……中三の数学ってどんなだっけ。やっぱ教える自信ないや」
「いいよー、自分で頑張るもーん」
手が乗せられた頭の上と体をくっつけた左半身で感じる彼の体温があたしを切ない気分にさせる。
圭都くんにとって、あたしは猫みたいなものだ。
どこにでもついて来て、一緒にいたがって、可愛がりがいのある小さな子ども。恋愛対象の異性でもなんでもない。
あたしの気持ちを少しでも知られたら、きっと彼は困ってしまってあたしを遠ざけるだろう。
だからあたしは彼のそばにいるために、屈託なく笑う。
害のないことをアピールする、ただの可愛い猫でいなきゃいけないから。
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