第5話 男の決意と内助の功

 共和国での特訓で確かな手応えを感じた勇者一行は、一度は撤退することになってしまった国へと舞い戻った。

ここから再び、魔王軍との戦いが始まるのだ。

 一旦逃げ出すことになった原因は、二足歩行で武器を振るう魔物の数が共和国侵攻部隊よりも圧倒的に多いことである。

 シルエットが人に近い獣人のような魔物。奴らには動物ベースの魔物に比べて知能があるらしい。

 武器を用い、隊伍を組み、拙いながらも連携を見せる敵は驚異だ。

少数で動く勇者チームにとって数が多いだけでも厄介なのに、それが緩やかながら指揮官の命の下に連携してくるのは厄介極まりない。

 魔法という新たな武器を手に入れた勇者ではあったが、このままでは厳しい戦いになるだろうという懸念を胸に秘め、かつて逃げ出した街へと足を踏み入れるのであった。




 街の様子に大きな変わりはなく、活気あふれる営みが続けられている。

しかし、かつては非友好的であった魔物退治を生業にしている荒くれ者達の態度が以前と打って変わって歓迎ムードであったことは見逃せない事実であった。

 勇者は思う。最前線に立つ者達が逃げ出した僕らを歓迎しているということは、魔王軍との戦いが厳しいことの裏返しなのではないか。

 これ以上の失敗は許されない。

なんとしてでも魔王軍の侵攻を阻止せねば。

 かつて自身を『真の勇者ではない』と逃げの考えをしていたベッドの上で、今度は脅威と立ち向かうにはどうすべきかについて思索にふける勇者であった。


 『戦術の基本にして奥義は、嫌がらせと倅いぢりである』

 王国史屈指の名将と謳われた男が冗談交じりに残した言葉である。

軍記物語に出てくるこの一節を、幼い勇者は亡き父に読み聞かせてもらった。

 前半の意味は分かったが、後半の意味が分からなかった勇者は父に問うてみたが「息子をイジる意味は大人になればわかる」と言葉を濁されたらしい。

 17歳となった今なら『倅いぢりが』どういうことかは理解できる。

まさか名言が下ネタだったとは、思いも寄らないことであったが。

 それはさておき、戦術とは相手の嫌がること、そして自身の利益になることの両輪が大切なのだ。

この考え方は、先々勇者チームを助けることになるかもしれない。


 失敗から学び、先に進むにはどうすべきか。

勇者は前回の失敗について、自身なりにずっと考えてきた。

 自身の練度不足が最大の原因である。しかし、それは多少の改善は果たせたはずだ。

 他の原因はないかずっと考えてきた。

逡巡を繰り返して出した結論は自身の考え方、こだわりが失敗要因の一つなのではないかということ。

 先代勇者である父のように立派な勇者であるために、正攻法にこだわっていたことが敗因だと位置付けたのだ。


「僕は父さんにはなれない。でも、僕には仲間がいる。僕が立派である必要はないんだ。チームが勇者として結果を出せるのならそれでいい」


 広がる天井に手をかざし、自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

父の背を追いかけて、魔王軍と真正面からぶつかっていては同じ過ちを犯すことになる。

 自分の命は惜しくはないが、仲間達を無意味な危険に晒すことはあってはならない。

 では、どうすべきか。

自分よりも知恵がある者が身近にいるのだからと、下手に考えるより頼ることを決断するのであった。



 宿についてすぐの自由時間。戦士が全員分の洗濯物を回収して洗い場へ向かうのを見送る。

 魔法使いは今夜のおかず欲しさに、愛しい人の体臭が染み込んだ衣類をおパクりあそばそうと、戦士についていくことも考えたがやめた。

以前チャレンジした時は、戦士の目にも留まらぬ手刀の前に手首を砕かれて失敗している。

 「次は落とすよ?」という戦士の一言にビビり散らかしたのは仕方ない。

自分の下着も洗ってもらっている手前大きなことは言えないが、チーム最年少である自身のいたずらにはもっと寛容になってほしいと思う魔法使いであった。

 

 僧侶は「教会に顔を出してから酒場に寄って戻ります」と言い残して、雑踏へと消えていった。

 三人部屋に独り残された魔法使いは、まずは手を洗ってくるべきだろうと水場へと向かい、その帰り道、勇者に声を掛けられる。

攻略方針について相談にのってほしい、というお願いであった。

 日課を果たすことよりも相談が重要と考えた魔法使いは、二つ返事で了承すると地図や筆記用具を両手に抱えて小走りで向かう。

 普段表情の乏しい彼女ではあるが、好きな人に頼られたという事実が口角を引き上げる。

 笑みを浮かべた魔法使いは、勇者の部屋の前で三度深呼吸をすると表情を戻してからノックをして部屋に入るのであった。




 勇者と二人だけの作戦会議。

表情には出さないが彼の第一声に内心驚く魔法使い。


「魔王軍攻略、正攻法じゃ軍隊相手に行き詰まると思うんだ。戦術にも長ける君ならどう戦えば一番結果を出せると考える?」


 以前の勇者なら、目に見える形での戦果を挙げられる攻略方法を優先しただろう。

しかし今は、過程よりも結果を優先すべきと考えを改めたようだ。

一度の撤退と戦闘訓練を経て、リーダーとしての成長が見て取れる。

 好きな男がまさに今、殻を破って成長するさまにゾクゾクとしたものを感じる魔法使い。

彼が覚悟を決めたのなら、こちらも本気で応えねばと決意を秘め、以前から温めていたプランを披露する。


「我々は4人しかいない少数チーム。正面突破には不向きだけれど、少数であることが活きる作戦もある」

「なるほど、4人だからこそできる戦術か……」

「そう。隠密潜入作戦で敵の指揮系統を撃破する。戦術の極意は嫌がらせと○んこいじり」

「えっ……」


 いきなりの衝撃ワードに言葉をつまらせる勇者。

無理もない。年下の少女からいきなり性器の俗称が飛び出してきたのだから。

 気まずい空気が部屋を支配する。

聡明な魔法使いも流石に恥ずかしいことを口走ったことを自覚したのか、若干顔を赤らめているようだ。


「今の発言は忘れて」

「う、うん…… わかった。話を戻して」

「大軍である敵がやられて一番イヤなのは、指揮系統の喪失よる統率力の低下。つまり指揮官がやられることは避けたいと考えているはず」

「なるほど。共和国に侵攻した魔王軍も、大将がやられたら散り散りになって逃げたよね。それを再現すると」

「あの時は侵攻直後で敵の本陣が手薄だったから直接叩いた。でも、今回は魔王軍の布陣が展開終了しているからできない」

「だから隠密作戦?」

「そう。敵陣に忍び込んで指揮官を倒していけば、少しずつ軍は麻痺していって混乱する」

「そうなれば敵の大将も狙えるって算段か……」

「暗殺みたいなやり方であなたは好まないかもしれないけれど、これが私が導き出した最善手」

「……よし、それで行こう。戦い方より人々を魔物から守ることの方が大事だから」

「わかった、準備は任せて。明日の朝、みんなに説明する為の資料も用意しておく」



 内面的な成長を遂げた勇者なら、この作戦は受け入れられるだろうと踏んでいた魔法使い。

彼女の予想通り、勇者は暗殺まがいの隠密戦術を受け入れてくれた。

 自身を頼るだけでなく、男を上げる姿も見せてくれた想い人に報いるためにも、気合を入れて準備をせねば。

 決意を胸に、魔法使いは一旦部屋に戻ると装備を整えて何処かへと消えていくのであった。





 魔王軍の侵攻拠点。それは山脈の麓に広がる樹海に存在した。

人里からは距離があるため、本格的な衝突はまだ発生していない。しかし、お互いの威力偵察部隊が散発的な小競り合いを繰り広げているという。

 僧侶が仕入れてきた最新の情報によると、魔王軍の動きが活発になってきているらしい。

 

 魔法使いは少しくたびれてきた三角帽子を揺らしながら、木々の間を進んでいく。

 戦士はこの準備作業には向かないし、僧侶と勇者が二人きりになるのが不安だったので残してきた。

あの女も戦士がいれば、下手に勇者を誘惑したりしないだろう。

 戦士に関してはパワー系で怖い部分もあるが、抜け駆けをするようなことはないだろうという信頼感が魔法使いにはある。

 彼女がいれば不測の事態にも対応してくれるはず。勇者の護衛としても街へ置いていくのが得策と判断したようだ。

 僧侶に関しては準備作業にとっては邪魔でしかないし、あんな「ムチィィィ」と謎の擬音が鳴りそうな体は、正直隠密潜入作戦全体を通しても不要なのではないかと考えている。

 下手に外しても面倒だしどうしたものか、と頭を悩ませながら魔法使いは意外と俊敏な動きで木々のアーチを抜けていくのであった。  


 ほどなくして揺れていた三角帽子が止まる。

子供ほどの体格に簡単な防具を身にまとった獣人。

 魔王軍だ。

隊長であろう少し体格と装備のいい獣人を先頭に5人の部隊……

 だったが、たった今数を減らした。

魔法使いの放った見えない力の奔流が最後尾を歩いていた獣人に直撃し、体が異様に膨張するとそのまま破裂して血溜まりとなる。

 世紀末拳法表現規定に従い、グロ中尉が獣人の体と飛散物を黒塗りに加工していく。

 魔法使いの攻撃はどんどん黒塗りと血溜まりを増やしていき、先頭を歩いていた獣人が「ちにゃ!」という断末魔を聞いて振り返った時には、彼の部下は全て消え去っていた。

 剣を抜き、周囲を警戒する獣人であったが間もなく真っ黒に加工され弾け飛んだ。


 魔法使いが敵の支配地域に出向いて行っている準備とは、間引きであった。

 無理攻めをせず、戦力の充実を待てる慎重な指揮官がトップに座っているのだろう。

恐らく山麓内部の布陣も隙がないはず、と魔法使いは予測している。

 では、どうするのか?

隙がないのなら、隙をつくればいい。と彼女は考えた。

 偵察部隊が帰ってこない場合、相手はどう動くのかをシミュレーションした結果、偵察部隊を増強して更なる警戒網を敷く。

或いは、敵の攻勢があったと踏んで点在する拠点の防備を固めると踏んだのであった。

 何れにせよ本陣から兵を出さざるを得ない。

本陣が手薄になればそこを潜入部隊で叩き大将首を貰い受ければいいし、異変に怯えて本陣を固めるのなら末端を攻めて手足を潰していく。

 この作戦は失敗が許されない。勇者のためにも絶対に。

であればこそ、どう転んでも勝つ戦い方が求められる。

 そのための準備がとても重要だと彼女は考えており、態々単身で敵地に乗り込み間引きをしているのであった。

 それもこれも好きになった男のためである。

勇者の参謀であり、将来彼の妻となることを自負している魔法使いにとって、今は血溜まりを量産することが内助の功だと考えている。

 彼女が血溜まりを作れば作るほど、作戦の難易度は下がっていくのだから。

 

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