第4話 その僧侶、邪悪につき
実戦の場で勇者を鍛える方針のもと、共和国の名を冠する国へとやってきた一行。
他の国と同じように、この国にも魔王軍の侵攻があった。
しかし、勇者達によって指揮官を討たれ、組織的抵抗ができなくなった魔物達は森や山へと散り散りになって逃げ込んで息を潜めているらしい。
今回は敗残兵を相手に実戦訓練を兼ねた魔物の間引きを行う。
共和国側としても、掃討戦ができるほど戦力に余裕があるわけではないので、この申し出は渡りに船だったようだ。
勇者一行に対して支援を行う用意がある、との声明が既に出ている。
しかし、他国とは違い有力者から選ばれた評議員の話し合いによって国家の意思決定が行われることから、具体的な内容についてはまだ決まっていないという。
勇者達は共和国首都にある宿場に拠点を設けると、早速近くの森へと向かった。
実地訓練の場として選ばれた理由。それは、かつての魔物討伐で魔物の練度が低いと判断されたからだ。
このレベルの相手なら一対一であれば勇者が負けることはない。
負荷をかけつつ鍛えるならば、敵の数を調整しながら単独で勇者が魔物と戦うという形がよいのではないか、とチームの参謀である魔法使いは考えている。
当然、殺し合いである以上は不測の事態に備えねばならない。バックアップは万全を期す構えでいることだろう。
日中でも薄暗い森の中を進む一行。今のところ魔物とは遭遇していない。
しばらくして、少し開けた場所にでた。ここなら視界が広く、木陰からの奇襲にも余裕を持って対処できる。
ここを仮拠点とし、勇者達は実戦訓練をすると決めたようだ。
「もう一度おさらいだけど、戦闘に関しては『見る、考える、動く』の3つを意識してね。特に意識してほしいのは『見る』こと」
「広く全体を『見る』のと、集中して一つを『見る』ことを使い分ける」
「そう! しっかり覚えてくれていたんだね。嬉しい!」
戦士の顔がにぱっと綻ぶ。
共和国へ向かう道中で座学的な訓練もやってきたのだろう。
その中で彼女が教えた部分を勇者がしっかりと覚えていてくれたことが、よほど嬉しかったらしい。
「結局、剣術なんてものは『速く、強く、的確に』の3つを突き詰めていく行為なんだ。でもそれだけじゃダメ。『見る、考える、動く』ができて初めて、そこに意味がでてくると思うの」
「剣の意味か……」
「それはおいおい考えていけばいいよ。キミが積み重ねてきた基礎の上に『見る、考える、動く』が加われば、確実に強くなれる。応援してるから」
「ああ、頑張ってみる」
激励を受け、勇者もそれに応えるがべく気合十分の様子。
戦場全体を観察しつつ、個別に注目もしていくのは一朝一夕できることではない。しかし、それができなければ魔王討伐など夢のまた夢。なんとしてでも身につけるしかないのだ。
「私からも一点。考えること、行動に、教えた基本魔法も組み込んでほしい。あなたには剣だけでなく魔法という選択肢が増えたことを忘れないで」
「できることが増えれば、戦術が広がる。だったよな?」
「そのとおり。考え、選ぶということの積み重ねが戦術。ゆくゆくは選択肢の中から最適解を選ぶ力も身につけてほしい」
「随分と難しい話だけれど、やってみるよ」
道中で魔法使いからは、幾つかの基本的な魔法を指導されたようだ。
促成栽培の3年間、剣術に重きを置いて鍛えられてきた勇者は、新たな武器を手に入れた。
今はまだ初歩の初歩ではあるが、剣以外の攻撃手段を持ったことは何れ大きな意味を成すかもしれない。
「お姉さんからは勇者くんにまだ何も教えてないけれど、怪我したらすぐに回復するから頑張ってね」
「助かるよ。ありがとう」
「魔法の素養はあるみたいだし、今度じっくりねっとり回復魔法を教えてあげるね」
「ははは、お手柔らかに頼むよ」
時間の都合で、僧侶から勇者への手ほどきはまだできていないらしい。
支援魔法や回復魔法が使えるようになれば、勇者のさらなるパワーアップが期待できる。
仲間達から様々なことを学んでいる勇者。
これだけ色々なことに手を出していては、器用貧乏で終わってしまうかもしれない。
しかし、やるしかないのだ。魔王討伐という大役を果たすためには不断の努力が求められる。
それに器用貧乏で終わるとしても、現状の足手まといより余程いい。
3人のスペシャリストを補完する便利屋になれれば、確実にチームは強くなるだろう。
見る。
うさぎの姿によく似た魔物が二匹こちらに向かってきた。
誘引役として森の奥へと消えた戦士によって、この広場に追い立てられてきたのだろう。
見る。
中型犬ほどのサイズで、その突進力は侮れない。
だが、動きは直線的で進路を予測することはそう難しくはないはず。
見る。
こちらに気付いた魔物達は、一直線に勇者めがけて突っ込んでくる。
やや遅れて、戦士が広場の入り口に姿を見せた。
勇者は見たことを頭の中でまとめながら考える。
魔物のスピードを加味するならば、動くまでの猶予はそう長くはない。
二匹同時に相手取るのは容易くないだろう。
どうすれば一対一の状況を作れるかに思考を巡らせる。
突進を躱しつつ攻撃を入れて、相手の足を止めるのはどうだろうか。
いや、カウンター攻撃は簡単ではない。二連続できめるとなると、今の技量ではほとんど成功しないと考えたほうがいい。
「だったら!」
勇者は声をあげ、両手で構えた剣から右腕を離す。
そして、突き出した右手の先から小さな火球を放った。
魔法使いから教わった基本魔法の一つ。その中でも発射までにかかる時間がとびきり短いやつだ。
威力はないけれど剣と合わせて使うならこれがいい、と最初に教えられた魔法でもある。
ダメージは与えられなくとも、目くらましになって突進速度が落ちればいい。
そう考えて放たれた火球は魔物の片割れの顔に吸い込まれ、目に見えて突進速度が落ちた。
勇者は、先に突っ込んできた魔物の突進を躱しながらカウンターで斬撃を加え、速度を落としながらも向かってきた魔物の突進を大きく避けてやり過ごす。
見る。
先発の魔物は斬撃が足に命中し、突進の勢いのまま転倒して動けないようだ。
後発の魔物はUターンするようにこちらへ向かって突進中。
一対一ならどうとでもなる相手だ。
勇者は覚悟を決めると、再び魔物の突進をいなし撃破するのであった。
幾度かの実戦訓練を終えた勇者一行は、日が高い内に拠点のある首都へと戻ってきていた。
鬱蒼とした森の中で陽が傾き始める時刻まで戦うことを避けた形だ。
しばらくは訓練を兼ねた残敵掃討を行う予定でいるだけに、無理をするつもりはないのだろう。
夕食までの自由時間を宿での休養に充てることにした勇者一行。
その中に、独り別行動をとる僧侶の姿があった。
彼女の向かう先は、共和国の有力者である評議員の邸宅のようだ。
支援の件で進展があったのか呼び出しを受けたのである。
豪邸内の一室に案内された僧侶。
どうやらここは家の主たる評議員の書斎らしい。
「態々来てもらってすまない。早速だが本題に入ろう」
「ええ、そうしていただけると助かります。何分多忙なもので」
「評議会は貴殿らへの支援に対してあまり乗り気ではない」
笑顔を絶やさない僧侶ではあったが、評議員の言葉を受けて目の色を変える。
共和国としては、既に魔王軍を退けており敗残兵退治はありがたいが、対岸の火事として関心が薄い議員が多いのだという。
「我が国では重要な決定はすべて評議員の多数決によって決定する」
「つまり、今のままでは共和国からの支援は望めないということですか……」
僧侶はあごに手を当て、考える。
支援はないよりあった方がいい。王国に戻って資金も物資も補充したばかりだけれど、金は使えばなくなってしまう。
装備を整え、街で英気を養うことは勇者一行にとって重要なこと。
そのためにも各国からの支援が必要になってくる。
チームの金庫番である戦士が、僧侶個人に対しての支出を渋る事実も見逃せない。
なんとかして共和国からの支援を取り付けねば、と思うのであった。
「手はある。貸しを作ってある議員が何人かいる。私が声をかければ過半数はとれるだろう」
「それはとても助かります」
「しかしだ。私は君に貸しをつくることに対して、見返りが必要だと思っている」
「ほう、それはそれは……」
「奥に寝室がある。後はわかるね」
そう言って、議員は僧侶の立派な尻を撫で回した。
魔法使いをして「肉が限界まで乳尻ふとももに張り付いている」と言われた彼女の肉体は、さぞ魅力的だったのだろう。
議員は僧侶に対して、いわゆる「枕営業」を求めているのだ。
「もう~、冗談がお好きですねぇ。そんなこと言ってたら腕が腐っちゃいますよ?」
「手が腐ってしまっては立派な桃に失礼だ。早く寝室へ参ろ……?!」
ボタリと床に何かが落ちる。それは評議員の右腕であった。
僧侶の尻を撫で回していた右手は、あろうことか前腕の途中から腐り落ちてしまったのだ。
「回復魔法っていうのは、うまく使うとこうやって体を腐らせることができるんです」
「私に逆らってただで済むと思うなよ。早く腕をなんとかしてくれ!」
「大丈夫、私の回復魔法は凄いんです。ほら、こうやって禿げた頭にお手々を合体」
僧侶は、議員の変色した右腕を掴むと乱暴に頭部へ押し付ける。
そして、頭部と腕を接合させた。
「はい、グーパーしてください」
「ふざけ…… こいつ動くぞ」
「ねぇ、議員さん。あなた力の使い方は間違ってないけれど、手を出す相手はよく考えないとダメですよ。私も教会のお偉方に対してたくさん貸しをつくってあるんです」
「なんだと……」
「異端認定を受けるか、勇者様の狗になるか選んでください。お利口なワンちゃんなら頑張っている内は罰を与えませんし、手も治してあげますよ」
「ヒエッ……」
世界的宗教組織である教会を敵に回すことは、少なくとも共和国内では死を意味する。
異端と認定されれば、全てを奪われ釜茹でにされてしまう。
茹でられて死ねば人間、生きていれば魔物。それが教会の考え方である。
共和国内では有力者だと自認している議員であったが、今回は相手が悪かった。
尤もターゲットを他の勇者の仲間にしたところで、全部相手が悪いのではあるが。
腕力で分からされるか、広義の意味での力で分からされるか、もっと大きな括りでの力で分からされるかの三択でしかなかった。
しかし、豊満な肉体に目がくらんで良かった面もある。
少なくとも勇者一行に利益を提供している間は、自身を害してこない相手を選んだのだから。
こうして大物評議員は勇者の熱心な支援者となり、議会での勇者支援を賛成多数で可決させるのであった。
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