第3話 その魔法使い、邪悪につき

 前線から一旦身を引いた勇者一行は、旅の出発地点である王国へと戻ってきていた。

目的は旅の進捗についての報告、装備・物資の補充、そして勇者を鍛錬することについての相談。


 王宮内にある大臣執務室。

そこに招かれた4人は、王国No.2である初老の男に報連相をし終えたところだ。


「ベストメンバーであるお主達から欠員が出るようなことはあってはならない。拙速よりも巧遅であれ」

「お言葉ですが、僕よりも腕の立つ騎士団の方は少なくありません」

「総合的に判断してのベストメンバーだ。我々もできる限りバックアップする。勇者はお前しかおらんのだ」


 大臣は勇者の不安を一蹴する。

お供の3人は王国の最大戦力であることは間違いない。

しかし、勇者は歳の割にはかなり強い方ではあるが、経験・練度共にまだまだ発展途上である。

 騎士団長のような経験あるベテランが彼女達を率いていれば、魔王軍攻略は格段に進捗するだろう。

 そうしない理由は「象徴」が求められているのではないか、と勇者は考える。

先代勇者の息子、という血筋の価値が自身が「選ばれた」最大の理由なのだろう。

 大臣の言う「自分しかいない」というのは、その一点を指しているに違いない。

そこに果たして皆が考えるほど価値はあるのだろうか? 

という疑念が彼の中でずっと燻っている。


「お主はよくやっている。実戦ベースの鍛錬計画は3人と詰めておく故、お主は下がってよいぞ。故郷に戻ってきたのだから少し息抜きでもしてくるといい」

「わかりました。では、失礼します」


 大臣に一礼し、仲間を残し退室しようとした勇者に、戦士から小さな袋が差し出された。

袋は見た目に反して、ずっしりと重い。

 彼女はチームの金庫番であり、一足先に自由時間を迎える勇者に対して多めに小遣いを渡してきたのだ。


「前にもらった分がまだあるから」

「遠慮しなくていいんだよ? 買い物したりするのも大事な息抜きだからね」


 押し付けるように渡してくる小袋を拒むことができず、どうやって使おうかと悩みながら勇者は部屋を後にするのであった。




 室内には大臣と仲間達だけになった。

先程までとはうってかわり、重苦しい雰囲気が室内を包む。

長い沈黙を経て、ようやく大臣が口を開いた。


「お主ら、ちゃんとやってる? 問題行動はしてないだろうな」

「人殺しは」

「まだ」

「やってないですね」

って意味で聞いたのではないぞ」


 大臣は安堵と不安が入り混じった溜息を一つ吐いた。

この3人は強い。そして、カジュアルに他害する。根が邪悪なのだ。

 よく言う「根は悪いやつじゃない」とは真逆の存在。

トラブルメーカーであり、御することのできない魔人。それが大臣からの3人への評価であった。

 ちなみに「根は悪いやつじゃないから」というかばい文句は、性根以外は悪いということを言外に認めているのである。

それでも「あいつら根は邪悪だけど、それ以外はいいやつだから」よりは万倍マシではあるが。


「頼むから国家間の紛争に発展するようなトラブルは起こしてくれるな。人類は魔王軍に対して団結せねばならぬ大事な時。そこを忘れてくれるなよ」

「そうは言っても、強い奴が正しいのが世の理。弱いやつには分からせなきゃいけません」

「同意。力の形は一つではないけれど、力を持つ者は他者を跳ね除ける権利がある」

「神も言っています。ナメられたら力で分からせるか、殺すしかないって」


 深い深い溜息が一つ。

 大臣は思う。やはり勇者はあの男しかいない。この3人がその邪悪さを隠してまで慕う相手。

 彼さえつけておけば、魔人達は「善人ぶりっこ」をしてくれる。

惚れた男の前ではぶりっこしてしまうのも仕方ない。

 安全装置としての「勇者」に対して、大臣は全幅の信頼を寄せていると言っても過言ではない。

 一歩間違えば王国を崩壊に招く劇薬を、かなり安全に魔王討伐へ振り分けることができているのは全て勇者のおかげである。

 前途ある若者であり、根っからの善人、そして勇者に相応しい力量を身に着けようと努力し続けることができる好漢だ。

 そんな男に邪悪な3人を預けている後ろめたさも当然あるが……


「最大限支援する。お主らもその全力をもって勇者を支えてやってくれ」

「言われなくたってそうするつもりだよ」

「彼を立派な勇者に、英雄にしてみせる」

「大臣は聡明な方ですから我々に対する処遇についても、分かっておいでですよね?」

「勇者はあやつしかおらんし、お主らを外すつもりもない。文句が出ぬよう政治はうまいことやるから安心しろ」


 今は同じ目標に向かって進んでいる3人だが、いつかはぶつかる日が来るだろう。

大臣はそれをいかに被害少なく対処するかに頭を悩ませながら、次の議題に入っていくのだった。


 



 王宮から城下町にやってきた勇者。

自宅はあるが、出立の際に閉門してきているのでちょっと一息つくには、先に軽く掃除しないといけない。

 そう考えると億劫なもので、自宅に戻るという選択肢はなくなってしまった。

さて、どうしたものかと考えた結果、市場の屋台で軽食でも買って楽しもうと決めたらしい。


 子供の頃によく通っていた市場は、随分と様変わりしていた。

3年間を鍛錬に費やしている間に、馴染みの店が幾つかなくなっていて少しショックを受けているようだ。

 それでも一番好きだった屋台は健在だったようで、彼の大好物であるチーズと肉を挟んだパンと牛乳を手に公園へとやってきた。

 勇者の表情は珍しく歳相応な様子で、好物にかぶりついている。


「あら、おいしそうなパンね」


 隣のベンチに腰掛けていた年若い女性が勇者に声をかけてきた。

女性は、席を立ち勇者の座っているベンチの隣の席へとやって来る。


「この街は初めてなの。そのパンはどこで売ってるのかな?」

「市場の屋台で売ってますよ。赤いバンダナを巻いたおじさんが店主です」

「広いし初めてだからわかんないかも。ねぇ食べてからでいいから案内してよ?」


 押しの強い女性は若者に豊満な胸を押し付けて頼み込む。

それに驚き、むせそうになるのをぐっとこらえて席を立つ勇者。


「あ、案内しますから。ちょっとだけ待って!」

「やったぁ、ありがとう」


 乳当て効果か、或いはお人好しが故かは分からないが、勇者は女性を屋台へと案内する。

 女性は嬉しそうに勇者に話しかけながらついていき、お目当てのものをゲットできたようだ。


「ありがとうね。お礼をしたいからちょっとついてきてくれない?」

「いえ、お礼とかいいです」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに」


 女性に手を引っ張られ、市場を後にした勇者は歓楽街へとやってきたようだ。

ズンズンと突き進む彼女に困惑しつつ、しかし手を振りほどくわけにもいかずで、いつのまにやら眼の前には「ご休憩」ができるタイプの宿屋がそびえ立っていた。


「ね? ここでお礼って言ったらわかるよね?」

「わわわ、わかりますけど。そういうのは好きな人と慎重にやるべきじゃ」

「女に恥をかかせないで。ひと目見た時からあなたのことが……」


 そう言って再び勇者の腕に胸を押し当てる。

これはいわゆる逆ナンパというやつであった。お盛んなことでありますなぁ。


「と、とにかくお礼なんていらないです! それじゃ僕はこれで!」

「あっ、待って! ……いやぁ、失敗したかぁ」


 顔を真赤にして走り去ってしまった勇者の後ろ姿を眺めながら女は肩を落とす。

自然に近づき、うまいこと接触は図れた。勇者とは知らない体裁で。

 顔にもスタイルにも自信はある。世間知らずな若い男ならこれでイチコロだろ、と高をくくっていたのだが、想定以上にターゲットがシャイで堅物だったらしい。


 そう、女は目的があって勇者に近づいたのだ。

いわゆるハニートラップを仕掛けようとして、逃げられてしまったのである。

 他国のスパイ。それが彼女の正体。

勇者と深い関係となり、それを武器に自国への利益誘導を目論む祖国によって派遣された。

 長い旅路、勇者は何度か王国に戻ってくるだろうことを見越して、この城下町に潜伏していたのである。

 まさかこのタイミングで戻ってくるとは予想外ではあったものの、タイミングよくお付きの3人がいない。

 絶好のチャンスであった。

 

「もしかして初めてだったのかなぁ? だとしたらアプローチ方法が強引過ぎたかな」


 うーん、と悩みながら腕を組む女。

さて、次のチャンスはどうやって攻めようか、と考えながら踵を返したところでぐらりと体勢を崩す。

 何者かによって意識を絶たれた女は、誰かに支えられ雑踏へと消えていくのであった。




 女が目を開くと、その眼前には石造りの壁が広がっていた。

視界に広がる光景から察するに椅子に座らされている。不測の事態ながら落ち着いて自身の状態を確認しようとする。ナンパの腕はともかくとして、スパイとしての腕は確かなのだろう。

 ぐちゅぐちゅという水気をまとった音が静まり返った室内を支配していた。

動くのは目と口だけ。猿ぐつわをしていないことからも、恐らく魔法による拘束がされていると推測できる。

 

「目が覚めた? 終わるまで眠っていればよかったのに。残念」

「……私を拐かしてどうするつもりなの?」


 女は少しホッとした。声の主も女。

乱暴目的で誘拐されたのではないと分かったからだ。

 しかし、何者かによって誘拐され、身動きが取れないというピンチに変わりはない。

女はなんとかして交渉を試みようと口を開く。


「人を拐うなんて王国の騎士団が黙っていないわ。危害を加えなければ水に流してあげるから開放して」

「騎士団はあなたを助けない。あなたは他国のスパイ。それに……」

「?! どうしてそれを゛っ!」


 正体を見抜かれていた。と驚愕する女は無意識に濁った声を出す。

王国に入ってまだ間もない。スパイとバレるような行動は全くとっていないのに。

 一体どうやってそのことを知ったのか、と思索を巡らせていた彼女だったが、あることに気付いた。

頭が妙に涼しい。ひんやりとした空気が頭の中に直接触れているような感覚がする。


「待って待って待って! 私の体にお゛っ! 何をしてあ゛っ!」

「脳から直接記憶を読み取っている。大丈夫、痛みは感じないようにしてある」


 異世界手術表現規定により、担当のグロ中尉が即座に頭部へのモザイクを展開する。

頭蓋骨の一部が「かぱぁ」と外され、何か棒状の物が2本突き刺さっている。


「なるほどなるほど、勇者の腕はこんなに逞しくて、勇者の手はこんなに温かいのか。剣の稽古で固くなった掌は彼の努力の証。ああ、実にいい……」

「ゔぁっ!! やめて!死んじゃう!スパイのこと全部話すから許しえ゛っ!」

「それは目的ではない。勇者の体温や触感といった『おかず』収集が目当て。脳に直接聞いた方がいい。大丈夫、あとでちゃんと元に戻す。髪も全部元通りにする」

「いやぁぁぁあ゛っ!!」


 魔法使いは、モザイクのかかった何かをスパイに見せつける。

どうやら彼女の頭蓋骨の一部らしい。

 それを見て気を失ったスパイは救われただろう。復旧される場面を経験せずにすんだのだから。

 

 女の意識が戻った時、既に陽は傾き始めていた。

公園のベンチに座らされていた彼女は、すぐさま近くの噴水を覗き込み安堵する。

自身の頭部が見知った状態に戻っていたからだ。

 それを確認するやいなや、女は騎士団の詰め所に出頭する。

身柄を保護してもらうために……

 紆余曲折を経て彼女は二重スパイとして王国のために働くこととなるのだが、それはまた別の話。

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