第2話 その戦士、邪悪につき

 宿の近隣にある、酒類も提供する飲食店にやってきた勇者一行。

旅人や魔物討伐での報奨金を生業にする荒くれ達が、既に一杯やっているようだ。

 人の集まる場所には情報も集まる。各地の国家から貰える情報も大事だが、人々の集まる場所から得られる情報もまた重要である。


 僧侶は二度目の来店ながら既に顔を覚えられた酒場のマスターにアルコールを注文しつつつ、情報交換をしている。酒がついでなのか、情報がついでなのかはわからないがその目は真剣だ。

常に笑顔を絶やさない彼女は酒と情報を受け取り、勇者たちの待つ席へと戻っていった。


「お酒と一緒に戻りましたよぉ。勇者一行は王国への進捗報告のために一旦この国を離れると話を流しておいたので、民情が悪化することを最小限に抑えられると思います」

「ありがとう。人々を不安にさせないためにも早く戻ってこよう」

「焦っちゃダメですってば。ほら、お酒でも飲んでゆっくりしよ?」

「いや、僕は……」


 勇者が撤退する、ということはチーム4人が去るだけという簡単なことではないようだ。

魔王軍と現地戦力のパワーバランスや、人々に与える不安など考慮すべきことは多い。

それらを総合的に見た上で、参謀である魔法使いを中心とした3人が「退いて勇者を鍛える」ことが益となると判断したのである。

 勇者にはまだ迷いがあるようだが、提案を受けて責任者として「撤退」を決断した。

僧侶が勧める酒を飲む気にはなれないのは、飲酒未体験故か或いは撤退の後ろめたさからか……


「聞き捨てならねぇな!勇者を名乗っておきながら魔王軍から逃げるのかよ?」


 飲兵衛との「飲む、飲まない」の攻防に苦慮している勇者に対して、隣のテーブルから怒気を孕んだ声が飛んできた。

 容貌を見るに、魔物退治による懸賞金目当てで街にやってきた荒くれ者のようだ。

3人組のリーダー格であろう大柄な男が声の主である。


「こんなガキが勇者だなんてありえねぇよなぁ。しかも勇者様は国へ戻るんだとよ。この国に攻め入ってる魔物は手強いからって逃げるんじゃねぇのか?」

「ちゃんと話聞いてた?あたし達は……」

「気分を悪くさせてすまない。僕達はここを去るからゆっくりお酒を楽しんで」

「ちゃんと反論しろや。怖いのか? 掛かってこいよ」


 かなり酔っている男に反論しようとした戦士を手で制し、勇者は無用なトラブル避ける選択をしたようだ。

 ムッとした表情を浮かべる戦士をなだめつつ、背中に罵声を受け流しながら酒場を後にするのであった。




 宿の一室。ベッドが3つ並ぶこの部屋では、勇者一行の女子会が行われていた。

戦士はベッドに腰掛け、魔法使いは既に寝る体制に入っている。

窓を開けて夜風に当たっていた僧侶は、声が漏れぬようにと戸締まりをしてから声をだした。


「ちょっとペースを上げすぎましたね。勇者くんが頑張ってくれるから、と我々も調子に乗ってしまっていたのかもしれません」

「完全に失敗だった。彼を主戦に据えて実戦経験を積ませるのが主目的なのに、敵の強さを甘く見積もってしまっていた」

「剣術的な成長は決して悪くはないんだけど、ちょっと実力的にまだまだかな」


 ガールズトークのテーマは、勇者について。

 彼女達と勇者の力の差は歴然。戦いの主体を彼女達に据えた方が魔王討伐の旅は順風なものとなるだろう。

 しかし、勇者なくして魔王討伐はならない。というのが3人の共通認識のようだ。


「真の勇者じゃない、か…… やっぱりお父上と比較されたりで精神的にも重圧を抱えているのでしょう。もっとケアを考えないといけません」

「今更もう遅い。好きになる前なら彼の提案を受けれた。でも、今では彼しか勇者はいないと思っている。なんとしても彼と魔王を討伐して添い遂げることしか考えられない」

「抜け駆けしちゃダメだからね。あたしだって勇者のこと大好きなんだから」


 そう、この3人は勇者に惚れている。

みな勇者に惹かれるものを感じ、魔王討伐に向かう仲間以上の気持ちを抱えているのだ。

 いや、魔王討伐は彼女達にとって「はぢめての共同作業」でしかないのかもしれない。

 彼の性格を考えれば、魔王討伐という難行を終わらせてからでなければ男女の関係など受け入れる余裕がないのは想像に難くない。

そういう意味でも彼女達は彼女達で必死なのである。


「勇者くんのはぢめては私がもらいます。肉付きの悪いちんちくりんな魔法使いちゃんは、そういう目で見られないと思うからかわいそう」

「お前の体から『ムチィィ、ムチィィ』って変な音がしている。奇形一歩手前の肉付きだって自覚すべき」

「……やっぱりさっきの人達に分かってもらいたい! ちょっと行ってくる」


 ガールズトークが互いの身体的特徴に対するディスりあいになった頃、戦士が突然部屋を飛び出していった。

彼女なりに先程の荒くれたちに思うところがあったのだろう。


「追いかけなくていいんですか?」

「ヤツはパワー系だから怖い。できればソッとしておきたい。それより私は手を洗いに行ってくる」

 

 僧侶はまた邪淫か、と思いつつ魔法使いの背中を見送る。

独りぼっちになった室内で手持ち無沙汰になった彼女は、荷物から筆記用具を引っ張り出す。

手が空いている内に、とネマワシ用の手紙作成を開始するのであった。




 酒場でしこたまアルコールを摂取した荒くれ者3人組は、いい気分になりながら夜の帳が下りた街をふらふらと歩いていた。

 お酒が入ったことでトイレが近くなった3人は、連れ立って路地に入って立ち小便をする。

 用を足し終え路地から出ようとしたところで、何者かに声をかけられた。


「み~つけた!」

「誰だぁ?! 勇者様と一緒にいたお嬢ちゃんじゃねぇか?」

「頼りない勇者を見限って俺達と仲良くしにきたのかい? だったら歓迎するぜ」

「違うよ。みんなが勇者のことを分かってくれていないみたいだから……」

「だから?」

「分からせなきゃいけないよね!」


 戦士はそう言うやいなや、リーダー格の男の腹部に両手を突き刺す。

 異世界ゴア表現規定に従い、担当のグロ中尉が即座に男の腹をモザイクで覆う。


「東国の戦士は失態を犯したら、腹を切って腹黒ではないって証明してみせるんだって。あなたのはらわたは何色かな?」


 戦士は男の腹に突き刺した腕を開くように広げる。

いわゆる「くぱぁ」というものであった。


「あ、を、う……」

「よかった! 腹黒じゃないみたい」


 ぞぶっという音と共に、男の腹からモザイクに覆われた何かが出てきた。

詳しいことはモザイクによって分からないが、どうやら一般に言われる「腹黒い」男ではなかったらしい。


「ヒエッ……」

「やべぇ、逃げなきゃ……」


 荒くれ者の一人は、腰を抜かしてその場に座り込み、もう一人はスプラッタな光景を前にして己が命を守るために逃亡を図った。

 背を向けて走り去ろうという男に対し戦士は、足元に落ちていた石を素早く拾い上げアンダースローで投石。どうやら命中したようで「ギャッ!」という悲鳴と共に崩れ落ちたようだ。


 路地では「くぱぁ」された3人が並び、ピンク色のマフラーをつけてもらっている。

 グロ中尉の配慮によって全身にモザイクがかかる中、顔だけは無修正のようだ。

しかし、その表情は苦悶と恐怖に満ちていた。


「よかった! みんな腹黒じゃないみたいだね。これなら話せば分かってくれるはず」

「死んじゃう、死んじゃう……」

「助けて、神様助けて」

「大丈夫、はらわたが破れさえしなければ薬草貼ってれば治るよ」


 戦士は相当な無茶振りをしながら、いかに勇者が頑張っているか、その人間性の素晴らしさについて語る。

彼らの言う命惜しさに逃げるような男ではない、と。


「寒い、寒いよぉ……」

「さて、それじゃあみんなは勇者のことちゃんと分かってくれた?」

「ゆ、勇者様バンザイ」

「彼こそ真の勇者」

「勇者は偉大なり」

「そう。分かってくれるって信じてたよ。じゃあはらわたをねじ込んで薬草貼ってあげるね」

 

 戦士は、ガチガチと歯を鳴らす男達のピンクのマフラーを乱暴に腹へ戻し、薬草と包帯で治療する。

見立てでは、持って数時間というところだろうか。

 男達は神に祈りながら、苦痛から逃れることを願うのであった。





 翌朝、男達は路地で目を覚ます。

昨夜は飲みすぎたせいか、宿に戻れずこんな場所で眠ってしまったらしい。

 衣類が破れていたり、包帯が巻かれてはいるが、二日酔い以外はこれといった異常はなさそうだ。

 記憶がなくなるほど飲んでしまった。もう少し自重せねばなぁと思うリーダー格の男。

 これから勇者が抜ける穴を我々が埋めねばならない。

仲間二人を起こしながら偉大な勇者が戻ってくるまでは奮闘せねばならないだろう

その為にも酒は控えたほうがいいだろうと考えるのであった。

 


 


 

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