真の勇者じゃない気がしたので、脱退を申し出たが今更もう遅い
鮟肝
第1話 真の勇者じゃないのかもしれない
陽が傾きはじめた大きな街の入り口。本格的な日暮れを前に徐々に交通量が増していく。
街の出入り口を固める兵士達が簡単なチェックをして、人々を街に通していく。
その中に、4人の旅装束に身を包んだ若者の姿があった。
「勇者殿、今日の戦果はいかがでしたか?」
「順調とは言い難かったですね」
三度目の顔合わせとなる検問所の兵士が、4人組の黒一点に話しかける。
まだあどけなさが残るその顔には、疲労の色が濃く出ていた。
無理もない。世界は魔に侵されて久しく、多くの国が魔物に手を焼いている。
王国より命を受けて旅立った少年は、勇者として世界を救うために戦っているのだ。
「着実に成果は出ています。ご安心ください。それより、勇者様はお疲れですので……」
「失礼しました。お通りください」
僧衣の女性が会話を引き継ぎ、兵士に早く通すようにと配慮を求めた。
兵士はすぐに察し、4人を街へと通す。
勇者の声色から察するに本日の魔物討伐が順調ではなかったというのは本当だろう。
それは当然のこと。魔物が弱ければ勇者の力添えがなくともこの国から追い払うぐらいはできたはずだ。
兵士は軽率な自身の発言を悔い、勇者一行を見送ると職務に戻った。
「あなたは勇者。常に堂々としているべき。民を不安にさせるネガティブな発言は控えて」
「ごめん、気をつける。でも、今日は本当にダメだったから……」
魔法使いの証である三角帽を被った小柄な少女が勇者に小声で注意する。
勇者は忠告を真摯に受け止め、今後の糧とすることを誓った。
しかし、その心中は魔物討伐での失敗が大きな不安となって彼の心を蝕んでいる。
幸いなことに力のある3人のサポートがあって、自身も仲間も負傷するようなことはなかった。
だが、結果オーライの考えでは魔王討伐という死線を潜り続ける日々で取り返しのつかない事態を引き起こすことだろう。
勇者は仲間たちに励まされながら、逗留している宿へと重い足取りを進めるしかないのであった。
宿の一室へと戻り、装備一式を脱いでからその身をベッドへ投げ出す。
勇者は考える。自身のミスからチームが劣勢になったことを。
「やっぱり父さんのようにはいかないや……」
昨夜も見上げた天井をぼんやりと眺めながらポツリとつぶやく。
彼の父もまた、勇者と呼ばれる男であった。
たった一人で侵攻を開始した魔王軍に立ち向かい、多くの名だたる魔王軍将兵を葬り去った傑物。
誠に勇者と呼ぶに相応しい英雄であった。
だが、3年前に単身魔王城へと潜入したところで行方を絶ってしまっている。
そう、今代の勇者は急造品のスペアなのだ。
先代の父が魔王討伐に失敗したと判断した王国は、息子である彼に白羽の矢を立てて英才教育を実施。
この世界の成人年齢である17歳の誕生日を迎えるまでのたった3年が彼に与えられた促成栽培の期間であった。
勇者は考える。自分は3人の仲間に比べて力量が劣っている。
一人は同い年にも関わらず、王国最強の呼び声高い戦士。その華麗な剣捌きは圧倒的で、一度も訓練で勝てたことがない。
一人は王国史上最高の天才と言われた魔法使い。2つ年下の彼女はチームの頭脳として様々な助言をしてくれる参謀。
そして、最後の一人は「癒やし手」の二つ名を持つ高名な僧侶。各地に広がる教会ネットワークを駆使して、渉外担当も兼務している。歳はそう違わないのに「大人」だなと思い知らされる相手だ。
未熟な勇者にとって、仲間は頼れる存在であると同時に自身の足りなさを否が応でも感じてしまう相手であった。
3年間できるだけの努力はしてきた。亡き父母の為、国の為、自分の為……
しかし、結果は伴っていない。実戦で仲間の足を引っ張っている。
自分がいない方がより早く、より確実に魔王を討伐できるのではないか?
そんなネガティブな考えがずっと勇者の脳内をグルグルと回っているのであった。
コンコンコン!
思考の海で溺れていた勇者を現実に戻したのは、扉をノックする音だった。
「そろそろご飯に行こっか?」
戦士の声だった。
成人した男女が同部屋では、若さゆえの過ちが起きてしまう。という懸念から勇者は個室。残りの3人は相部屋又は個室を3つ借りるというルールがチーム内には存在した。
戦士、魔法使い、僧侶。タイプは違えど皆見目麗しい女性である。野営の時はともかくとして、独りになれる時間が存在するのは年頃の男としてありがたいことでもあった。
「その前に少し時間をもらいたい。みんなに入ってくれるかな?」
扉を開けて廊下を見ると、全員集合していた。
仲間の姿を確認すると、勇者は意を決して言葉を紡ぐ。
作戦会議は一同が会する夕食を摂りながら、ということが多いのだがこの話は食堂ではできない。
人前では勇者は堂々としているべき、という魔法使いの助言に従えばこそ、これから話すことは個室でやるべきなのだと勇者は考える。
それを察してか、最年少の彼女が小さな体を滑り込ませるように入ってきた。残りの二人もそれに続く。
「僕は真の勇者じゃないのかもしれない。どう考えても足手まといになっている。このチームから抜けるべきだと……」
「弱気になる必要はないよ。キミはよくやっているし、あたし達が全力でサポートするから」
意を決して発した勇者の言葉は、戦士の励ましによって阻まれた。
彼女は足手まといを自認する勇者を支えるという立場のようだ。
「今更もう遅い」
ボソリ、と魔法使いはつぶやく。
そこに勇者を否定する色はなく、このチームで魔王討伐を成し遂げるのだという決意に満ちている。
「勇者くん、今日はお酒を飲みましょう。飲めば悩みも吹っ飛びますよ」
僧侶からは大人の嗜みである飲酒を勧められてしまう。悩める年下への気遣いなのだろう。
彼女は僧籍にありながら、破戒僧気質なところがあり教会の戒律で禁じられている酒や博打を好むところがある。
他の二人が成人したてと未成年なのもあって、酒飲み仲間が欲しいだけなのかもしれないが。
「でも、このままだとみんなに迷惑を掛けてしまうかもしれない」
「提案がある。一度王国へ戻り態勢を立て直す。それから前線を下げて魔物を狩ることで勇者のパワーアップを図りたい」
「それじゃ世界を救うのに遠回りになってしまう」
「急がば回れ。今までの攻略ペースが早すぎた。魔王討伐のためには地に足をつけて長期戦を見据えないといけない」
魔法使いからの提案。もう少し魔物の弱い地域で経験を積む、というものであった。
勇者の懸念である「力不足」と「仲間の足を引っ張る恐れ」の両方を解消する名案である。
ここまで考えられた提案を拒むことは、勇者にはできなかった。
「お腹ペコペコだよ。気持ちを切り替えてご飯にしよ」
「お姉さんと一緒に飲みましょう。ね?」
仲間たちに促され、勇者は夕食を摂るために部屋を後にする。
真の勇者ではないかもしれない、勇者の旅はまだ始まったばかり。
頼りない若者ではあるが、力強い仲間との絆がいつか彼を真の勇者へと押し上げるのかもしれない。
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