第39話 草の言葉はざまあみろ

 プランだ……。

 プランがいる。

 自分たちの元パーティーメンバーで、追放したプランがワイバーンを倒してくれた。


 一撃で。

 自分たちは手も足も出なかった相手を、だ。


「ぷ、プラン……。お前、どうして……」


 血まみれのカルゴが、震える声でプランに言う。


 そしてプランはというと、近くに生えていた草を抜いた。

 山に生えていたその草は、上級薬草だ。それをプランが手に持った瞬間、【草取り】の能力が発動して、品質が上がる。

 さらに、それを握り潰せば、薬の出来上がりだ。


 プランはそれを、地に倒れているカルゴたちへと振りかけた。


 それだけだった。


 すると、血まみれの三人の体が少しずつ治っていった。完全とまでは言えないが、これで死ぬことはないはずだ。


「おい、プラン……。お前、さっき、どうやってワイバーンを倒したんだ……」


「……あれは葉っぱカッターだよ」


 ……葉っぱカッター。

 それは、葉っぱのカッターだ。


 信じられないことだが、プランは葉っぱ一枚でワイバーンを倒したのだ。


 自分たちも、それをこの目で見た。間違いなく、プランが倒していたのだ。


 だが……ありえない。

 なぜなら、こいつは雑魚だからだ。

 このパーティーにいた時も、戦闘では全然使えなかった。


 もしかして……パーティーから追放した後に、力をつけたのだろうか。


 ーーいや。


「!」


 ……ここで、カルゴはようやく思い至ることがあった。


 プランとカルゴは同じ村で育った。

 そしてカルゴの親は村長で、その村長命令で、プランはカルゴの付き添いとして冒険者になることになったのだ。

 それは、自分の息子の盾となる囮役のため。プランには両親もいないため、それはすんなりと決まったことだった。


 それからというもの、二人は冒険者になるために、街に来て実際に依頼を受け始めた。

 その際に、何度か死にかけたことがあったのだ。


 敵の攻撃を受け、カルゴが死にかける。

 そして、いつの間にか戦闘が終わっていた。どんな魔物を相手にしても、そうなっていた。


 絞め殺されたように倒れている魔物。その傍らに倒れているプラン。


 ……偶然かと思った。誰かがやってくれたんだろうと思っていた。

 だけど、それは……プランがやってくれていたのだ。


 死ぬと同時に発動するプランの【草取り】のスキル。

 それにより、プランが倒してくれていたのだ。


 思い出してみると、いつもそうだった。

 だけどカルゴは大して気にも止めていなかった。

 なぜならプランの【草取り】の能力は、草を引っこ抜くしか能のない使えない能力だと、決めつけていたからだ。


 だけど、違ったのだ。

 プランには元から、そういう能力が備わっていたのだ。


 だから、ここでワイバーンを倒しても、おかしくはない。

 一撃で、葉っぱカッターで、ワイバーンを倒す。

 プランは先日Aランク冒険者へと格上げされて、元々それに見合うだけの実力を持ち合わせていたのだ。


「……ぷ、プラン!」


 カルゴは、そんなプランの名前を呼んだ。


 プランがカルゴの方を見る。

 言うべき言葉は一つだけだった。


「お、お前……。本当はすごかったんだな……。俺たちはお前に支えられていたんだな……。だから、どうだ!? うちのパーティーに戻ってこないか!?」


 そうするしかなかった。

 なぜなら、今までのカルゴの冒険者生活はプランがいてくれたからこそ、成り立っていたものなのだから。


「…………」


 そんなプランは口を開くことなく、未だに地に這いつくばっているカルゴたちの元へとやって来た。

 そして、その頭に何かを乗せた。


「!」


 それは……一本の草だった。

 プランが花の国フラワーエデンから出発した際に、シトリアという少女からもらった草だった。


「ごめん、カルゴ……。誘ってもらえるのは嬉しいけど……もうできないんだ」


 ……そのプランは、どこか大人びた顔をしていた。

 まるで植物が成長し、伸びていくのと同様に、プランも成長していたのだ。


「だから、その代わりに、この草をプレゼントするね」


「プラン……、お前……」


 カルゴは頭に草を乗せながら、口をパクパクとしていた。

 言葉が出なかったからだ。


 プランは同様に他二人の頭にも、丁寧に草を乗せていく。


 なんの草なのかは分からなかった。


 だけど、綺麗な草だと言うのは分かった。


 そしてプランはカルゴたちに別れを告げると、静かに三人の前から去っていった。




 * * * * * *




 ーー後日ーー


「ワイバーンは倒せなかったが、この草はきっと上等なものだぜ……!」


「ああ!」


「僕たちは、ここからやり直すんだ!」


 なんとか、街に戻ってこれたカルゴたちは、冒険者ギルドへと足を踏み入れていた。

 結局、ワイバーン討伐は失敗してしまったのだが、代わりに別の素材を手に入れることができた。


 それはプランがくれた、謎の草だ。


 この草からは、とっておきの魔力を感じる。

 それもそのはず。この草は古代に咲いていたと言われている、とっておきの草だからだ。


 そして草にも、花と同様に花言葉がある。

 草に込められている言葉。つまり草言葉。とっておきの草には、とっておきの草言葉も備わっていたりする。


「この草を買い取ってくれ」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 ギルドの受付で、カルゴはその草を提出した


 果たしていくらになるだろうか。

 こんなに、いい草なんだ。もしかして、金貨に化けるかもしれない。


「お待たせしました。こちらは……銅貨一枚になります」


「「「な、なんでだよ……!」」」


 ギルド内に響いたのは、三人の悲痛な叫び。


 銅貨三枚、つまり捨て値だ。


「この草は現代の技術ではどうにもできない草です。だから価値をつけられません。珍しいので、飾りにぐらいにはなりますが……」


 ギルドの職員が困り顔で、説明する。


 しかし、その通り。

 そもそも、プランはその価値を知って、三人にこの草を渡したわけじゃない。


 故に、その草に込められている草言葉も知らない。

 それでも、その草言葉は、今の三人にはぴったりな言葉だった。


「なんだ、この騒ぎは……?」


「あ、ギルド長」


 やってきたのは、ギルド長。

 受付で、査定の結果に納得できずにいる三人の元へと歩いてくる。


 そして、


「こ、この草は……!?」


 草を見て驚くギルド長。


「ギルド長!? その草を知っているんですか!?」


「ああ……。この草は、古代に咲いていたと言われる草だ。名称はない。しかし、その草言葉の意味は知っている」


「「「そ、それって……!」」」


 ギルド長の言葉に、ギルドにいる者たち全員が固唾を飲んでいた。

 純粋に気になったからだ。


 そして、ギルド長はたっぷり溜めた後、ついに草言葉を言った。


「この草の草言葉は、『ざまあみろ』だ!」


「「「……!」」」


 その瞬間、ギルド内が爆笑の渦に包まれる。



「「「「ぎゃはははははは! なんだよ、その草言葉は……! ひっでー意味だな!」」」」



 それは、純粋に草のことを笑っていた。


 草の言葉は『ざまあみろ』


 この草言葉を最初につけたものは、一体どんな気持ちでつけたのだろう。

 そう思うと、笑いがこみ上げてきたのだ。


「「「ち”、ち”ぐじょう……!」」」


 その中で三人は、恥をかいたように、ぶるぶると震えていた。

 自分たちが笑われた気分になったのだ。

 しかし、周りの冒険者たちはそんなつもりはなく、それどころか三人には目もくれていないことに、さらに恥が襲ってきた。


 そして、この草を送った本人のプランにも、そういう意図がないのもすぐに分かった。

 やつは、そういうことをするやつではないのだ。ただ良かれと思って、この草を送ったのだ。


 それを察すると、また恥をかいた。

 どうせなら、そういう意図があって送った方がどれだけ良かったことか。


 誰も、カルゴたちには興味を示していない。


 今この場において、


 草 > カルゴたち、


 なのだ。


 つまり自分たちは雑草以下。


 それは【草取り】の能力を馬鹿にしていた者たちの、悲しい最後でーー。



 ……その後、カルゴたちは心を入れ替えて、細々と冒険者稼業をやり直すことにしたそうだ。


 まず、初めに受けたのは、薬草採取の依頼だったそうだ。


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