第32話 カレストラ様のために咲かせたい
見上げるほど大きな本棚に、びっしりと本が入れ込まれている。
部屋の真ん中にはねじれた植物が咲いており、それが天井まで伸びていることで、まるで螺旋階段のようになっていた。
花の国フラワーエデンの図書室は、二階建ての大きな部屋だった。
「この図書館には、本が10万冊ほど取り揃えられていますので、花に関することならなんでも調べることができます」
「「じゅ、10万冊……」」
図書室にやって来た僕たちは、リーネさんに案内してもらいながら、部屋の中を歩いている最中だ。
本の匂いがする部屋は、静かで、図書室特有の雰囲気といえばいいのだろうか……そんな空気を感じた。
だけど、こんなに本を見るのは初めてだ……。
本は貴重品だから、見る機会も、触る機会も、今までなかった。
紙は高いし、紙に文字を記すのも、高度な技術がいると聞く。
「ここにある本は国の外で取り揃えた物もありますが、多くは先祖代々伝わっている本です。紙を作るのも、印刷するのも、専用の植物を使えば容易にできますので、この図書館を開設できたのです」
「「ほぉ……」」
見れば見るほど、圧倒されて、口をつくのは驚きの声ばかり。
「ではもう少し奥の方まで見てみましょうか」
三人分のかすかな足音が、静かな部屋の中にこだまする。僕たちはリーネさんに案内してもらって、そんな図書室の中を眺めていくのだった。
* * * * * *
今回僕たちが図書室に来たのは、ユグドラシルフラワーのことを調べるためだ。
芽吹くまではいけるけど、そこから枯れてしまうユグドラシルフラワー。もっとよく知れば、もしかしたら咲かせることができるかもしれない。
「それ関連の本になると、この二冊が最も適しているでしょうね」
図書室の一階にある席に座っている僕とアリアさんの前に、二冊の本が差し出される。
向かい側に座っているリーネさんが選んでくれた本だ。
「今のこの時間なら、他に利用客も来ないでしょう。ごゆっくりご覧ください」
「「ありがとうございます」」
僕とアリアさんはリーネさんにお礼を言った。
……しかし、ここで一つだけ問題が発生する。
それは、僕は文字が読めないということだ。だから、本を読むことができない。
「私は一応読み書きできるけど……この文字は読めないかも」
本をめくったアリアさんが、リーネさんの方を向いた。
……だけど、その問題はすぐに解決することになった。
「お任せください。『読み解きのマナよ。その力で、意識を覚醒させよ』」
次の瞬間、唱えたリーネさんの目が、青く光る。
そして僕とアリアさんの額に触れると、バチィっと脳が切り替わるような感覚がしたのが分かった。
「私の特性を使い、視界を共有して、文字を読み取れるようにしました」
「ああ! 本当だ! リーネさん、私、読めるようになってます!」
「僕もだ……。すごい……」
「お役に立てたのなら、私も嬉しいです」
リーネさんがくすりと微笑んでくれる。その頬は赤く染まっていた。
そしてリーネさんはご機嫌そうでもあった。
「リーネさん。とっても楽しそうですねっ」
「はい。いいことがありましたので」
アリアさんの言葉に頷いたリーネさんは、優しい顔になっていた。
そして彼女は、こんなことを教えてくれた。
「カレストラ様は長年ユグドラシルフラワーを咲かせることを、夢見て来られました。しかし、ずっと前から行き詰まっていたのです。先祖代々から言い伝えられている、その花を自分が王女である今咲かせたいって」
「さっき、芽が出た時のカレストラさんはとっても嬉しそうにしておられましたもんねっ」
確かに、さっきのカレストラさんは喜んでくれていた。
「この国の者たちも、ユグドラシルフラワーを咲かせたいと思い続けています。それは自分たちのためというよりも、カレストラ様に捧げるために咲かせたいと思っているのです。この国のことをいつも考えてくれているカレストラ様。ひとりひとり、目をかけてくださっているカレストラ様。そんな彼女に喜んでほしくて、花が咲くことを祈っています」
この国の王女、カレストラさん。
みんなに彼女が慕われているのは、この国に入ってすぐに分かった。
「なるほど……。だから、リーネさんもずっと嬉しそうにしていたんですね。カレストラさんがさっき芽吹きの瞬間を見て、喜んでたから。だから今も嬉しそうにしていて、率先して図書館に案内してくれたんですね……!」
「……さあ、それはどうでしょう」
そう濁すリーネさんだけど、その顔がもの語っていた。
カレストラさんのために。
リーネさんもそう思って、ユグドラシルフラワーを咲かせたいと思っているみたいだった。
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