第26話 胞子の光り


「ローズマリーは真面目そうに見えるけれど、ドジっ子だから、あなたもローズマリーを助けてあげてね」


「べ、別に、ドジっ子じゃないですよ!? わ、私だって、苦手なことがあるだけです」


 蜜の採取が終わった。

 フレーシアさんは手慣れた様子で蜜を採り、採り終えると僕に瓶を渡してくれた。

 それを僕が握って魔力を流すと、蜜が淡い光を帯びる。【草取り】の能力が発動したのだ。


「あなたが【草取り】なのは、どうやら本当みたいね。その能力は自然に対して優しい力だわ」


 僕の手の中を見ながら、フレーシアさんが一定の距離を保った状態でそう言ってくれる。


 この一定の距離は、物静かな彼女が人と接する時に気をつけている距離とのことだった。


「私の特性で気分が悪くなるかもしれないから、用心するに越したことはないわ」


 それはフレーシアさんの特性が平気な、ローズマリーさんや、カレストラさんと接する時も、気をつけている距離とのことだった。


 彼女には、そういう特性がある。

 周りに影響を与えてしまう特性。ラフレシアの加護【胞子】。

 近づくと、体調が悪くなってしまうから、彼女はこうして花畑で一人で過ごしているとのことだった。


「それじゃあ僕が大丈夫なのは……」


「多分、【草取り】の能力があるからだと思うわ。そうでなければ、あなたは今頃私の胞子に当てられて狂っている頃だと思うの。それが私の特性だから」


 狂わせる特性……。


「昔はここまでではなかったのですけどね。フレーシアが成長すると共に、彼女の特性が強くなってきたのですよ」


 ローズマリーさんが、採取した蜜を確認しながら教えてくれた。


「良かったことといえば、私のこの能力は花にとってはいい効果をもたらすことなの」


「この花畑も、フレーシアの胞子のおかげでここまで綺麗な花が咲いているのですよ」


 ローズマリーさんが、フレーシアさんのことを自慢するように、そう言って周りを見回した。


 確かにこの花畑は綺麗だ。

 青色の花。赤色の花。他の色の花もある。


 それらの花は花びらの中心に行くにつれて、色素が薄れて白くなっている。

 その白さは白銀色で、花びらの外側に行くたびに色が濃くなっているその花の魅力を何倍にも引き立たせていた。


「でも、結局それだけだもの。この能力があるから、今ではほとんど誰も私に近寄れなくなったわ。だから、姫様と、ローズマリー以外の人と喋ったのは、久しぶりだったの。ありがとね」


 フレーシアさんがそう言って、僕に少しだけ笑みを向けてくれた。

 その笑みは……やっぱり寂しそうに見えた。そしてその瞳にはどこか諦めが混ざっているようにも見えた。


 ……もちろん、僕が彼女と出会ったのは今日が初めてだ。

 だから分かった風なことなんて言えないけど、彼女がローズマリーさんと喋っている姿を見る限り、フレーシアさんは人と喋るのが好きな人のように見えた。


 僕に喋りかけてくれた時も、彼女はどこか嬉しそうな顔をしてくれていた。


「フレーシアは結構寂しがり屋ですもんね」


「そうね。本当のことを言うと、とっても寂しいわ。だから私は感情を殺して、この花畑で過ごすことにしたのよ」


 空を見上げ、遠い目をしながらそう紡ぐフレーシアさん。


 やっぱり……寂しいんだ。

 僕も昔から色々あって、一人になりたいと思ったことは今までに何度もあった。……だけど、そういう時はアリアさんがそばにいて励ましてくれた。

 そういうのはやっぱり嬉しかった。


 話を聞くところによると、ローズマリーさんはよくここにいるフレーシアさんに会いにきているそうだった。


「でも、私としてはラッキーかもしれませんね。フレーシアは昔から友達の多い子でしたから、今はそんなフレーシアをこうやって独り占めできるんですもん」


「むぅ……。人の不幸を喜ぶなんて最低」


「ふふっ」


 不満げに頬を膨らませたフレーシアさんを、ローズマリーさんが抱きしめる。

「胞子でどうなっても知らないわよ」とフレーシアさんがそう言っても、ローズマリーさんはフレーシアさんを抱きしめ続けていた。


 その二人は本当に仲よさそうに見えて、だけどやっぱり少しだけ寂しそうに見えた。


「ほら。フレーシアもせっかくですし、プラン様に少し触れさせてもらうといいかもしれません。あのプラン様ですよ。我が国の姫様を救ってくださった方ですよ」


「わ、私は別にいいわ……。だって胞子が飛んでしまうかもしれないもの」


「本当にそれだけですか……? フレーシアは初対面のプラン様に緊張しているだけじゃないんですか?」


「むぅ……。今日のローズマリー、いつになくお節介……」


「ふふっ、さっき私に蜜を採るのが下手くそだといったお返しです」


 そう言いながらローズマリーさんはフレーシアさんの手を握ると、僕に差し出してくれた。


 白くて、細い手だった。

 フレーシアさんは申し訳なさそうな顔をしている。そうやって僕のことを伺うように見ている。

 だけど、彼女は手を引っ込めることはしなかった。


「もしよかったら、握手してほしい……」


 断る理由なんてなかった。


 僕はその言葉に頷くと、ゆっくりと彼女の手に触れることにした。


 ……その次の瞬間だった。


「「「あ……っ」」」



 パァァァア……っ! と。


 僕が彼女の手に触れた瞬間、【草取り】の能力が発動し、フレーシアさんが緑色の光に包まれた。


 まるで弾けるように。

 次第にその緑色の光は、真っ白い光へと姿を変えて……。


 そして、大きく瞳を開くフレーシアさん。

 彼女は何かを感じ取ったようで……。


「……あっ、特性が打ち消されてる……。私の胞子が……なくなってる?」


「ええええぇぇぇー!?」


 パチパチと瞬きをした後、驚くローズマリーさん。


 風が吹き、花畑に咲いている花びらが、ゆっくりと揺らいでいて。


 それはまるで新しい何かを祝福するように、綺麗に花を揺らすのだった。




 * * * * *




 本当のところ……フレーシアは寂しかった。

 胞子の特性が強くなり始めてからは、誰ともそばにいることができなくなっていた。

 自分の特性は人に影響を与えてしまう。みんなと仲が良かったフレーシアは、だからこそ、みんなと距離を取ろうと思った。


 それでも寂しさを埋めることはできなかったから、ずっと花畑にいようと思った。

 花畑なら、周りに花がある。花に囲まれていると、いくらか寂しさを紛らわせることができると思った。


 そこで、たまに遊びにきてくれるローズマリーとの会話を唯一の楽しみにしていた。

 耐性があったローズマリーは、毎日自分のところにやってきてくれる。


 それが申し訳なくもあった。ここで二人で過ごすのも楽しいけれど、自分に付き合わせてしまっているのが心苦しかった。


 だけどーー



「えええ〜〜!? フレーシアの胞子が、本当になくなってる〜〜!?」



 ペタペタとフレーシアの体を触って確認するローズマリー。

 間違いない。胞子がなくなっている。


 プランと握手をした際に、プランの【草取り】の能力が発動し、フレーシアの胞子がなくなったのだ。


 プランの草取りは、草を引き抜けばその草の質を上げることができる。

 魔力を流せば、植物の質を上げることができる。


 そして【胞子】のフレーシアに触れれば、その胞子をなくすことができる。正確に言えば、胞子の質を上げて、周りに害をなさない胞子へと質を底上げしたのだ。


 つまり、これでフレーシアが長年抱えていた悩みは、胞子がその本当の美しさに輝くとともに薄れていき……。


「わ、私……」


 実感が湧かなかったフレーシアだったが、それが分かってくると込み上がってくるものがあった。


「……っ。わ、私、本当に胞子がなくなってる……っ」


 それを感じたフレーシアの瞳から雫のような涙が溢れ出して、白く透き通った彼女の感情が芽吹くように広がるのだった。


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