第25話 あなたが蜜を採るのが下手なのを、忘れていたわ……。
* * * *
花の国には、ずっと一人で静かに過ごしている少女がいる。
花畑に座り、晴れの日でも、雨の日でも、曇りの日でも、彼女は一人で花畑にいる。
昔はそうではなかった。
可愛らしい見た目と、透き通るような美しい見た目。
どんな花よりも美しい彼女は、多くの友達に囲まれていた。
しかし成長するとともに、それも終わりを告げていった。
それは彼女が悪いわけでもなく、周りが悪いわけでもなかった。
周りの友人たちは今でも彼女のことを好いているし、彼女もその子達と一緒にいたいと思っている。
昔みたいに。普通の人と同じように……。
……それが花の国に住まう少女、フレーシアが密かに抱いていて、諦めることになった、どうすることもできない望みだった。
* * * * * * * *
「フレーシア、紹介します。こちら、プラン様です」
「そう……」
ローズマリーさんが僕のことを紹介してくれる。
すると花畑のベンチに座っているフレーシアさんは短くそれだけ答えてくれた。
白い髪が透き通って見える。陽の光を浴びたその髪は、どこまでも綺麗で澄んでいた。
「プラン様、彼女がフレーシアです」
「は、はじめまして」
「そう……」
緊張しながら挨拶をする僕の方を見て、フレーシアさんは小さく頷いてくれた。
物静かな子だった。
だけど、どうしてか彼女の声音がひどく寂しげに聞こえた。
「あのね、フレーシア。今日は蜜を貰いにきたの」
「そうなのね……」
「プラン様が抜いてくださった雑草で、ジュースを作ろうと思うの」
「そう……」
「やっとですよ! 長年、試行錯誤してきた末にようやく作れそうなんですよ」
「うん……」
「きっと美味しいやつができると思います。そしたらそれをここにも持ってきて、フレーシアにも是非飲んで欲しいです。もしかしたらフレーシアの特性にも何かいい作用が生まれるかもしれないから、どうにかできるかも」
「そうだといいわね……」
静かにベンチに座っているフレーシアさんに、ローズマリーさんが話し続ける。
フレーシアさんは小さく相槌を打っているものの……しかし、その顔はやっぱりどこか寂しそうに見えた。
「でも、その男の子は外の国の人なのね。街の中が賑やかだと思っていたけど、それじゃあ、彼がカレストラ様を助けたプラン様なのね」
「そうですよ! 【草取り】の能力を持っているプラン様です」
「そう……。だから彼は私に近づいても平気なのね」
フレーシアさんが、静かに僕の方を見てくれた。
「でも、私には近づかない方がいいわ。ローズマリー、彼に説明はしてる……?」
「いいえ、していません。それはフレーシアのことなので、勝手に説明してもいいものかと思いましたので」
「気を使ってくれたのね。……でも、プラン様も困ると思うし、用を済ませたら、早めにここを出た方がいいわ。蜜ならあっちで採れると思うから、好きなだけ持っていって」
フレーシアさんはそれだけ言うと、あとは口を閉ざし、静かに僕の目を見るだけだった。
「それではプラン様、蜜を集めに行きましょうか」
ローズマリーさんが花壇の中を歩き出す。
僕もその後に続いて歩き出した。
たどり着いた場所は、花畑の隅。
一面、色とりどりの花が咲いている広い花畑の隅に、大きな白い花が咲いている。
その大きさはびっくりするぐらいだ。人間と同じぐらいの大きさで、かなり大きい。
その花はかすかに動いてもいて、ゆらゆらと茎の部分が生きているように動いている。
「たまに噛み付くのでご注意ください」
「え……っ。噛むんですか!?」
「ふふっ、冗談ですっ」
じょ、冗談でよかった……。
子供っぽい笑みを浮かべるローズマリーさん。
大人びた雰囲気の彼女のその顔は、少し頬が赤らんでいた。
でも、噛まないのなら一安心だ。
植物には、食虫植物などもいるし、この国にもそういう花はあるらしい。
しかし、この目の前にある白い花は安全みたいだった。
「この花はフレーシアがいつもお世話をしてくれている花なのです。とても綺麗でしょう?」
「はい。綺麗だと思います」
本当に綺麗だ。
「でも、この花は、普通の人は触れないのですよ。触れるのは、この花畑に近寄れる私やプラン様、あとカレストラ様ぐらいです」
少し寂しそうにローズマリーさんが言った。
花畑に近寄れる人は限られている……。
この花畑にやってくるとき、途中で体調が悪くなった人がいた。
アリアさんもそうだし、気だるそうにしていた。
「この花だけではありません。フリーシアに近寄ることができる者も限られています」
「それは……どうしてか、聞いてもいいんでしょうか……?」
なんだかローズマリーさんは、聞いて欲しそうにしている気がした。
だから僕が恐る恐る聞くと、ローズマリーさんはゆっくりと頷いてくれた。
「それがフリーシアの特性なのです」
「フリーシアさんの特性……」
「花の国に住まう者はそれぞれ特性を持っています。プラン様が【草取り】の能力を持っているのと同じように、それぞれ、一つずつ、様々な特性があるのです。そしてフレーシアの特性が周りに少しだけ影響を与えてしまうという、ただそれだけだったのです」
ローズマリーさんが蜜を採取しながら、落ち着いた声音で教えてくれた。
準備していた大きな瓶を手に持って、ヘラのようなもので花びらから落ちる蜜をとって、僕に渡してくれる。
僕がそれを手にして魔力を流した瞬間、【草取り】の能力が発動し、蜜が淡い光を帯びた。
そうしていると、僕たちの背後に人影があった。
フレーシアさんだ。
「ラフレシアの加護を受けた私の特性は【胞子】。そのせいで、私の魔力が勝手に漏れて、周りの子達に悪影響を与えてしまうのよ」
「フレーシアさん……」
静かに言葉を紡ぐフレーシアさん。
自分のことを教えてくれて、少しだけ瞳を揺らした。
「この花畑に来るとき、周りの子達の具合が悪くなったでしょう? あれも私の特性のせいなのよ。私に近寄ると、みんな、体調を崩してしまうの」
だから……アリアさんたちは、花畑に来れなかったそうだ。
そんなフレーシアさんは、また別の瓶に蜜を集めているローズマリーさんに手を差し出すと、静かな口調でこう言った。
「ローズマリー。やっぱり私が変わるわ。あなたが蜜を採るのが下手なのを忘れていたわ。それだと蜜が勿体ないもの」
「そ、そう? わ、悪いわね」
そう言ったローズマリーさんの顔はいつの間にか蜜でベトベトになっていて、彼女は照れたようにその蜜をペロリと舐めるのだった。
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