第12話 お別れ
不安がないといえば嘘になる。
花の国に行くということは、多分、もうここには戻ってはこれないだろうというのもなんとなく分かった。
ギルドマスターたちの話を聞く限り、花の国は華やかだけど、分からないことが多くて、簡単に出入りするのは難しいという感じだった。
でも……。
「花の国! プランくん、すごい! フラワーエデンに招待されるなんて、やっぱりプランくんはすごかったんだよ!」
そう言って、応援してくれる人もいる。
ギルドの応接室。
そこに泊まらせてもらうことになった僕は、現在、アリアさんとそんな話をしていた。
窓の外はもう暗くなっている。照明で照らされた部屋は明るくて、そんな部屋にいるのは僕とアリアさんの二人だけだった。
「プランくん。はい、晩御飯食べてほしいの! プランくんは今日頑張ったんだから、私も張り切って作ってみたの!」
「い、いつも、ありがとうございます」
「ふふっ、どういたしまして。一緒に食べようね」
アリアさんが顔を綻ばせてくれる。
今日の応接室は貸切で使ってもいいと言われている。
そのおかげで、こうしてアリアさんとも一緒に過ごすことができていた。
『お主も寂しいじゃろう。それは彼女も同じなはずじゃ。そういうのは大切にした方がいい』
と、ギルドマスターが言っていた。
報酬を貰った時に同席していたギルドの職員の女性も、僕の頭を撫でながら優しい目で『今日はゆっくり過ごすといいよ』と言ってくれた。
「ああ、おじいちゃんとお姉ちゃんね」
「……おじいちゃんとお姉ちゃん?」
「うん。ギルドマスターは私のおじいちゃんで、私のお姉ちゃんもギルドで働いてるの」
「ええ……!? そうだったんですか!?」
「ふふっ。そっか。プランくんは知らなかったんだね」
くすりと柔らかい笑みをこぼすアリアさん。
でも、知らなかった……。
思えばお互いにあまり身の上話とかは、してこなかった……。
アリアさんとはいつもなんとなくすれ違って、その時にアリアさんが「プランくん!」と僕に声をかけてくれて、冒険者をしている合間の時間に会話をするぐらいだったから……。
それが自然になっていた。
今も僕たちは自然に一緒に過ごしている。
「じゃあ、食べよっか」
僕たちは二人で食事をすることにして、アリアさんが持ってきてくれたご飯を頂くことにした。
いつも作ってくれるお弁当。
大きな弁当箱には、おかずが窮屈なぐらいに詰められている。
それを二人で隣に並んで座りながら食べて、会話をしながら過ごしていく。
不思議な感じだった。でも、心地の良い時間だった。
アリアさんはいつもそうだ。
ふとした時にそばにいてくれて、いつも優しくしてくれる。
食後、アリアさんとはそんな話もすることになった。
「私がプランくんのそばにいるんじゃなくて、プランくんが私のそばにいてくれるんだよ……?」
「僕が……ですか?」
「うん。そうだよ。いつも頑張ってくれるプランくん。なかなかランクが上がらなくても、毎日一生懸命に頑張ってるプランくん。私、そんなプランくんのこと、ずっと見てた。プランくんって今、何歳だっけ。16歳?」
「はい。そうです」
「あ、やっぱりそうだった。じゃあ私と同じ歳だったんだ」
「……同じ」
じゃあアリアさんも16歳だったんだ……。
「アリアさんは年上だと思っていました……」
「ふふっ。やっぱり、そう思ってたんだ。私と喋る時、プランくんはいつも敬語だもんね」
「は、はい……」
アリアさんが可笑しそうに顔を綻ばせる。
「でも、そう思ってくれるのは、嬉しかったかな。だって私、昔から、子供扱いされてばっかりだったもん。そういうのが嫌で、逃げ出したくなってた時に、冒険者を頑張ってるプランくんを見て思ったの。あの男の子……すごいって」
アリアさんはそう言って、僕の手を握ってくれる。
「なかなかランクが上がらなくても、頑張ってて。いつも一生懸命で。そんなプランくんのこと、かっこいいなって思ってたんだよ?」
アリアさんの手は暖かくて、温もりのある手だった。
「だから、私も頑張らないとって思ったの。だから今の私があるの。プランくんがいてくれたからできあがった私だよ……?」
「アリアさん……」
そう言ったアリアさんは僕の手を握ったまま、少し寂しそうな顔もする。
窓の外には月が浮かんでいる。
窓から差し込む月明かりに照らされた彼女の横顔から、僕は目を離すことができなかった。
「……お別れになるんだよね……」
ポツリと呟かれた言葉。
それが夜の部屋の中に静かに溶けた。
花の国に行くということは、そういうことだ。
アリアさんとも、今日で別れることになる。
「…………」
言葉はなかった。
アリアさんの握られている手の温かさが伝わってくるだけだった。
そうしているとアリアさんの瞳がこっちに向けられる。
そしてゆっくりと、アリアさんは僕の背中に両手を回して、僕の体を抱きしめて僕の胸に顔を埋めた。
「ごめんね、プランくん……。でも少しだけ、こうしてたいの……」
甘い香りがした。それは優しい、落ち着く香りだった。
「プランくんは……いや?」
僕はその言葉に首を振り、その日の夜はアリアさんのそばにい続けた。
二人で夜更かしをして、今まで話せなかったことを話したり。
アリアさんはその間もずっと僕を抱きしめていて、僕たちは触れ合っていた。
そんなアリアさんと過ごす時間はあっという間で、夜が明けても僕たちはずっと一緒に過ごすのだった。
* * * * * * *
そして翌日。
別れの時。
花の国の使者だという女性が訪ねて来てくれて、アリアさんとはそこで別れの挨拶を交わすことになって……。
「プランくん……私、忘れない……! プランくんのこと、絶対に忘れないから……!」
そう言って僕を抱きしめるアリアさんの瞳は、うるうると揺れていた。
「僕も、アリアさんのことは忘れません。ずっと覚えてます……」
「絶対だよ……!」
さらに強く抱きしめてくれるアリアさん。
僕も、絶対に忘れない。
そして、そうしていると、メイド服の女性がこんなことを言ってくれて、場の空気が一気に変わった。
「もしよろしければ、そちらの彼女もご一緒に花の国へとどうでしょうか……?」
「え! いいんですか……!?」
「はい。昨日のうちに、この街の住人のことは徹底的に調べ尽くしましたので、それを踏まえた上で、もしよろしければですが」
「どうぞ、よろしくお願いします……!」
即決する、アリアさん。
ためらいは一切なかった。
「アリア! 何を言っておる……! おじいちゃん、聞いてないよ!」
そう言ったのは、驚いているギルドマスターで。
「アリア! お姉ちゃんも連れていって……!」
ギルドの職員の女性のアリアさんのお姉さんがそう言うものの、アリアさんはいい笑顔で答える。
「おじいちゃん、お姉ちゃん、ごめんなさい! 私、プランくんと一緒に行ってくるね!」
「「そんな……!」」
そう言った二人は、しかしどこか安心したような顔もしていて……。
「プランくん! 私、これからもプランくんと一緒にいられるんだね……! とっても嬉しい……!」
アリアさんが僕の手を握って、喜んでくれる。
そのアリアさんの笑顔は花のように明るい笑顔で、彼女の黄金色の目の端には綺麗な涙が浮かんでいたのだった。
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