第5話 葉っぱカッターを覚えました。


「こっちだ……!」


 僕は潰した魔引草を向けながら、周りの魔物達の注意を引く。


『『『ジュウウウウウウウウウウウ』』』


 一斉にこっちを見るキングキャタピラー。


 これでいい。

 これで、時間が稼げるはずだ。


「あ、あなたは……」


 キングキャタピラーに追われていた人が、僕の存在に気づいたみたいだった。

 二人いて、二人とも女性だ。


 一人は黄金色の髪の女性。桃色と白銀色の柔らかい印象を受けるドレスを着ており、その黄金の髪には花の髪飾りがつけられている。彼女は物静かそうな女性に見えた。


 そして、もう一人の女性はメイド服を着ていて、黄金色の髪の女性を守っているような印象を受けた。


 二人とも武器は持っていないように見える。つまり丸腰だ。

 だったら、逃げないと危険だ。


 魔引草の効果で、今のキングキャタピラー達の意識はこっちに向いている。

 彼女たちは魔物の意識の外側にいることになっているから、すんなりと逃げ切れると思う。


 だから……。


「ここは僕が引きつけるので、今のうちにお逃げください」


「で、でも……それではあなたが……」


「僕なら大丈夫です。これでも冒険者なので」


 僕は手に剣を握ったまま、あくまでも冷静に微笑みながらそう答えた。


「冒険者……」


「はい。長い間冒険者をやっているので、虫を倒すのなんて余裕です。僕一人でケリをつけますので、心配なさらずにお任せください」


 震えそうな足をこらえて、無理やり笑顔を作りながら、僕は二人にそう言った。


 そして、


「……こい」


 僕は別の魔引草を握り潰すと、一気にこの場から駆け出した。


『『『ジュウウウウウウウウウウウ!!!!』』』


 追ってくる魔物。


 遠くまで。


 なるべく、遠くまで惹きつける。

 それだけで、どうにかなるはずだ。


 逃げてどうなるわけじゃない。

 だけど、こうやって引き付ければあの二人は助かるはずだ。


 それでもいいと思った。


 僕一人が動くことで、二人が安全になるのならそっちの方がいいはずだ。


 そんな僕は敵を引き連れたまま、しばらく走って、二人からかなりの距離をとった。


『『『ジュウウウウウウウウウウウ』』』


 その間、毛虫の魔物達はずっと追ってくる。

 魔引草の効果で冷静さを失っているおかげで、毛を飛ばしてくることはない。

 そして僕は走りながら別の薬草を握りつぶしているから、その効果も効いているようだった。


 魔鈍草。匂いを嗅ぐと、魔物の動きが鈍る。

 そのおかげでなんとか僕は追いつかれることなく逃げ切れている。


 それはあくまでも相手の妨害ができるだけで、相手の意識がこちらに向いている分、どこまでも追ってくるはずだ。


 そして僕の体力はすでに限界に近づいていた。


 だから僕は、深呼吸をして覚悟を決めた。


「……こい」


 剣を手に持ち、敵を迎撃する。


 死ぬのなら、せめて戦って死んでやる。


『『『ジュウウウウウウウウウウウ』』』


 誰もいない殺風景な草原の中、目の前にいるのは毛虫の魔物。数は5匹。


 這いつくばる体を縮こませて、5匹一斉に撃ち出される。


 まるで、バネのように。


「く……!」


 僕はそれをしゃがむことで避けた。

 しかし敵のうちの一匹がしゃがんでいる僕の体へと撃ち出されている。僕はとっさに動き、剣でガードしてそれを防いだ。


 ガキンという音と共に、腕に衝撃が走った。直撃は避けられたけど、腕が痺れて体勢が崩れる。


『ジュウウウウウウウウウウウ!!!!』


 そこに、再びバネのように撃ち出されるキングキャタピラー。


 それにはなすすべもなく、僕は正面から受けてしまった。


「がぁ……っ」


 僕の体が宙を飛び、地面に叩きつけられる。


 全身を襲うのは、堪え難い激痛。

 腹部に刺された感覚があった。毛虫の毛が刺さったのだ。


 自分の腹を突き破るほどの、鋭い毛。


 これは毒がある。だから僕は毒に侵されて死んでしまうだろう。

 不思議と痛みは感じなかった。


「…………」


 ……やっぱりダメだった。

 全力で戦っても、一撃を防ぐので限界だった……。


 虫相手にこれだ。自分の軟弱さを嫌という程思い知らされる。


『ジュウウウウウウウウウウウ……』


 腹に毛を刺され、地面に転がっている僕に毛虫が迫ってくる。

 僕はなすすべもなく、痛みで体を動かすことができなかった。


 もし……僕にも魔法を使えたら、体が動かなくても魔法で目の前の毛虫を倒せただろうか。


 もし、僕が【草取り】じゃなかったら、能力で乗り切れただろうか……。


「…………」


 そんな言い訳を頭の中で考えている自分に、また情けなくなってきた。

 僕はその自分に対する悔しさに八つ当たりするように、無意識のうちに痺れる手で近くに生えていた薬草を引っこ抜いた。


 ……その時だった。



 ーー 葉っぱカッターを覚えました ーー



 …………ズシャッッッッ!



「!」


 次の瞬間、僕の目の前で、キングキャタピラーが木っ端微塵に切り裂かれていた。


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