第6話 草取りの芽吹き
* * * * *
「姫様……いけません!」
「離して、リーネ……!」
姫様と呼ばれた少女が、メイド服を着ている少女に止められていた。
街の外にいる二人は、先ほどまでキングキャタピラーという毛虫の魔物に襲われていた。
しかし、一人の少年が来てくれたと思ったら、魔物を引き連れて自分たちを助けてくれたのだ。
だけど……。
「あのままでは彼が死んでしまいます……! このまま見殺しにするなんてできません!」
姫様と呼ばれた少女は、涙を黄金色の瞳いっぱいにためて、泣きそうになっていた。
「それは分かっております……。だからこそ、彼の気持ちを汲んで逃げるべきなのです……」
メイド服の彼女も泣きそうな顔で、そう言うしかなかった。
メイド服の彼女の言葉は正しい。なぜなら、少年がそれを望んだのだから。
『僕一人でも余裕です。ですので、心配なさらずにお任せください』
自分たちを襲っていたキングキャタピラーを引き連れて離れた少年は、そう言ってくれた。
そのおかげで、自分たちは今もなお生きている。少年のおかげで、二人は助かっていた。
状況が悪く逃げるしかできなかった二人にとって、彼は救世主だった。
でも……二人はすぐに分かった。
彼がキングキャタピラーを倒せる力を持っていないことぐらい。
余裕そうに魔物を請け負ってくれた彼だけど、声が震えていた。
気丈に振る舞っていたけど、足の震えを我慢しているのが一目で分かって、彼の顔色も悪くなっていた。
それなのに、彼は自分たちを逃がすために、キングキャタピラーを請け負ってくれたのだ。
自分のことを後回しにしてまで、少年は自分たちの身代わりになってくれた。
身も知らないのにも関わらず、だ。
「……姫様、だからこそなのです。少年の覚悟を無駄にしてはいけません。姫様が考えないといけないのは、一人の命より、自らのそのお命です」
「リーネ……」
……それは正論だった。あの少年が死んだところで、彼女には何の影響もないのだから。
花の国、フラワーエデンのお姫様。
美しい黄金色の髪を持ち、どんな花よりも美しい彼女は、誰よりも尊い存在だ。
それを守ることこそ、メイドの使命だった。
それでも……だ。
「彼を見捨てることなんてできません……。自分も怖かったでしょうに、ただ通りすがっただけなのに、彼は私たちを救ってくれたのです……」
「姫様……」
だから、彼を死なせたくはない。
姫様は今の自分の言葉は、メイド服の少女を困らせることになることぐらい分かっていた。
それでも、そう思わずにはいられなかった。
助けを呼びに行くにしても、街まで距離がある。
だったら、救援は望めない。
自分たちが街に行っている間に、少年は魔物の餌食になるだろう。
なにより、あの魔物はたやすく倒せる相手ではない。
なぜなら、あれはキングキャタピラーではなく、それよりも倍以上危険な強化種、アルマキングキャタピラーなのだから。
危険度は推定Bランク以上。
その突如湧いた危険な魔物を倒すのは、困難を極める。
だから……。
「……こうなったら私も覚悟を決めます。……沈めていたあの力を使います」
「姫様……!?」
姫様と呼ばれた彼女の髪が、儚く光を帯びた。
きらきらと光るその美しい髪は幻想的で、彼女の黄金色の瞳も同じように光を帯びる。
これは絶対に使ってはいけないといわれている能力だった。
だけど、背に腹は変えられない。
「……はぁ、分かりました。私もお伴します……。だからそれは封印してください……!」
「ごめんなさい、リーネ……」
メイド服の彼女が折れて、覚悟を決める。
彼女も本当は彼を助けたいと、思っているのだ。
「状況は厳しいですけど……あの少年のおかげで私たちは体制を立て直すことができます」
メイド服の彼女は空を見る。
雲の隙間から太陽の光が差し込んでおり、日光が満ちている。
この光の量なら、なんとかできそうな可能性も僅かながらにある。
「でも、いいですか? 危なくなったら姫様だけでも絶対にお逃げください。それだけは約束してください」
「うん」
そうして覚悟を決めた二人は、少年が走って行った方向へと走り出す。
(どうか、間に合ってください……)
そしてしばらくして、遠くの方に彼の姿が見えると……二人は驚いた。
「「え……っ」」
ーー 葉っぱカッターを覚えました ーー
…………ズシャッッッ!
「「は、葉っぱが……」」
葉っぱが飛んで、まるでカッターのように毛虫を真っ二つに引き裂いたのだ。
(あれは……もしや……)
その時、姫様の頭をよぎったのは古い伝承だった。
『その者が現れし時、運命が動き出す』
これは偶然か、必然か。
何かが始まった瞬間だった。
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