第130話 (閑話)未来から殺しに来た。

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「いたぞ、こっちだッ」


「奴を捕らえろ!」


「ッ」


 深夜の路地裏を、教会の者たちが駆けていた。

 移送中に逃げ出した人物を追うためだ。


「ゼェ、ゼェ……な、なぜワシがこんな目に……ッ」


 その捜索から逃げている男が息を切らせてそう嘆く。


 追われているのは、神父だった。

 初老の神父。


 空は暗く、月は厚い雲に隠れている。


 不気味なほどに静かな夜だ。だからこそ、その初老の神父の声がやけによく響いた。


「あいつのせいだ……ッ。奴のせいで、ワシは全てを失った……ッ」




『聖女殺し』メテオノールは死んだ。

 聖地にて、蒼龍の一撃を受けて、教会の者たちの目の前で粛清された。

 それで、『聖女殺し』メテオノールの件は、カタがついたのだった。


 その後、教会本部に移送されることとなった人物がいる。


 それが、この神父であった。


 数々の独断専行と、教会の意に反する幾多もの行い。

 その審判を行うべく、本部に移送されることになったのだ。


 良くて、幽閉

 妥当が、死刑。


 どちらにしても、自由が与えられることはない。


 もちろん、神父という立場が剥奪だ。


 故にこれまで神父だった彼だが、今はただの罪人である。

 それが嫌だったため、移送中、隙をついて逃げ出した神父は、こうして現在教会関係者から逃亡しているというわけであった。


 今も、神父を捕らえようと、教会の者たちが周囲を捜索中だ。


 追っ手はすぐそこまで迫っている。

 この神父が逃げ切れる可能性は、ほぼ皆無であった。すでにこの周囲一帯は包囲されているのだから。


 皮肉なものだった。


 今まで追う立場だったのに、追われる立場になるなんて。


「……なぜ、ワシがこんな扱いを受けなければならんッ。せめて、メテオノールはこの手で始末したかったッッ!」


 しかし、そのメテオノールはもういない。

 蒼龍の攻撃を受けて、死んでしまったのだから。


「ちくしょう……ッッ。ちくしょう……ッッ。ちっ、きしょぉ……!」


 神父は怒りを込めながら、壁を殴った。

 殴っても殴っても、怒りは収まらない。


 屈辱だ。


 奴に返り討ちにされたことも。

 奴をこの手で殺せなかったことも。


「あああ””……!! 思い出しただけでも、忌々しい……ッッ!!」


『おい! こっちから声が聞こえたぞ!』


『奴だろう。追え!』


「!」


 足音がこっちに近づいてくる。

 教会の者たちが、迫ってきていた。


 神父はしゃがみ、体を丸め、その追っ手に見つからないように小さくなった。


 情けない姿だった。



 そこに擦り寄る者が現れる。



「これはこれは、神父様。こんなところで、お似合いの格好ですね。ケケケッ」



「誰だ!」


 声が聞こえ、見てみると。

 そこにいたのは、異形の存在であった。

 巨大な目玉がぎょろぎょろと動いている、不気味な人型の存在。


 額には一本のツノ。


 魔族だ。


「穢らわしい魔族め……ッ! わしが神父と知っていながら来るとは、いい度胸だッ」


「ケケケ。いつまで自分が神父だと思っているのだ。今やお前は罪人だ。教会から除名された老害でしかない」


「なんだとッッ!」


 神父は拳を握って、わなわなと震えた。

 魔族にここまで侮辱されるなど、到底看過できなかった。


「だが、本当であろう? このままでは教会に捕えられ、処罰を受けることになる。それが貴様の未来だ」


「……くッ」


「だから、提案だ。我々魔族の力を、お主に授けようではないか」


「なにッ……?」


 魔族の魔力が高まる。


「我は上級魔族。この額の一本のツノがその証。二本あれば最上級。その上は、ない。……いや、それ以上ならば、我ら魔族の王族だ」


「な、何を言って……」


「さて……。貴様のツノは何本だろうか。楽しみだ」


 そう言って魔族は、元神父だった老人に近づいてくる。


「や、やめろ……。ワシは、外道にはならんッ」


「すでに外道であろう。ゴミクズよ」


 そうして、魔族が老人の首を絞めて、その手から魔力を一気に送り込んでいた。


「ぐ、あああああああああああああああ……!!」


「ケケケ……ッ。さあ、どうなることやら」



 * * * * * *



 その数分後。

 そこにあったのは、異形の姿になった元神父の姿だった。


 どろどろの体。

 肉が張り裂けて、目玉が膨張し、骨が溶けて、化け物のような形になっている。


「チッ。失敗だ。やはり、こいつでは足りないか。また不良品を作り上げてしまった」


 魔族が舌打ちをし、唾を吐きかける。


「シテ……、コロ……シテ……」


 神父だった男は、死を望んだ。

 苦しかった。

 息もほとんどできない。死んだ方がマシの痛みが全身を襲う。

 もう、生きていたくなかった。


 生きていること。それ自体が罰に思えた。


「しかし、聖職者の中から上手く見つけることができれば、我ら魔族の復興は揺るがない。こうなれば……やはり奴をこちらに。黒龍……!」


 野心をたぎらせた面持ちの魔族が笑う。


「シテ……、コロ……シテ……」


 そうして異形になった神父を放置して、魔族がこの場を後にしようとしていた時だった。



 パリンッと何かが砕ける音がした。



「ぐあぁ……ッ」


 魔族の腹が貫かれていた。


 そこにいたのは、フードの姿の人物。

 深夜の暗い路地裏に、どこからともなく現れていた。


 手が引き抜かれる。


 ごぼりと血を吐きながら、魔族は息途絶えた。


 瞬殺だった。


 そのフードの男は魔族の死骸をバチバチッと己の魔力で消滅させると、今度は異形になった神父の方に目を向けた。


「シテ……、コロ……シテ」


 神父は死を望んでいた。


 誰でもいい。

 今はただこの苦しみから解放されたい。


 そうして風が吹き、フードが外れ、先ほど魔族を始末した人物の顔が晒される。


「!」


 異形になった神父はその顔に驚愕した。


「き、貴様は……メ…テ…………」


 見間違いかと思った。


 なぜなら……、いやーー。


 けれど……。

 それでもよかった。


 今は誰でもいいから、この苦しみから自分を解き放って欲しかった。


「…………」


 フードの人物は何も言わない。

 何も言わず、異形の神父に向かって魔力を放ち、バチバチと弾ける魔力でそれを撃つ。


 刹那、神父の体は霧散して、黒い残滓となった。


 それを確認した彼は、この場から姿を消した。


 彼がどこから来てどこに向かったのか。

 それを知るものは、今はいないーー。





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 ここまで、読んでくださりありがとうございました。


 これで第一章〜第三章までの、第一部が終わりになります。


 面白かった、と思われましたら、ぜひ★★★での評価を頂けると嬉しいです。

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聖女と作る眷属のハーレム 〜人知れず村の生活を豊かにしていた少年は、いずれ全ての聖女たちから溺愛されることになるそうです〜 カミキリ虫 @Chigae4449

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