第127話 メテオノールの微笑み。

 * * *


 その時、『幻影の妖精姫』のリーダーの少女は困惑していた。


(……どういうことなの……)


 現在交戦中の、教会と『聖女殺し』。

 この場には魔族もいるが、魔族たちは謎の重力によって空から引き摺り下ろされて、要塞からの砲撃によって次々に撃ち落とされている。


 それは別にいい。

 エルフの自分達にとっても、魔族は決して放置していい存在ではない。だから『聖女殺し』が魔族を滅ぼしてくれるのであれば、大歓迎だ。


 しかし、問題はその『聖女殺し』だ。


(あの子達は、前に私たちをシムルグから助けてくれた子達だ……)


『聖女殺し』メテオノールのすぐそばには、現在、二人の小さな少女が武器を肩に担いで教会を迎え撃とうとしている。筒状の武器。恐らくあれも砲撃系の武器であろう。


 見覚えのある子達だった。


 それは以前、冒険者ギルドで依頼を受け、シムルグ討伐に赴いた時のことだった。


 あの時のことはよく覚えている。

 今までどのような依頼でも容易くこなせていた自分たちにとって、シムルグ討伐の依頼は苦い思い出でもあり、成長のために重要な分岐点でもあった。


 あの時、『幻影の妖精姫』のパーティーは、瘴気に飲まれているシムルグに歯が立たなくて、力尽きる寸前だった。


 その際に、助けてくれた子達がいた。


 それが、あの子達だ。あの小さな子達。青髪と黄髪の女の子たちだ。


 あの時、二人は自分達を抱えると、シムルグの前から離脱してくれた。


 そして安堵からか気を失ってしまい、次に目が覚めた時、シムルグの件が解決していた。


 いわば、あの時助けてくれた二人は、自分達の命の恩人だ。


 その二人が、だ。



「……どうして『聖女殺し』と一緒にいるの」


 分からない……。


 これは一体、どういうことだろう。……いいや、状況から推測することはできる。

 この状況で分かること。それは、あの子達も『聖女殺し』の一派だということだ。


 二人だけではない。

 聖女殺しの傍には、赤い髪をした少女と、紫色の髪をした少女もいる。


 あの子たちも、聖女殺しの一派だろうか。


「ついに教会が来たわね。ヒリス、頼むわ」


「重力操作ーー《グラビディ》ーー」


 瞬間、聖女殺しを捕らえようと押し寄せていた教会の者たちの足が、地面から離れた。


「ま、まさか……!」


「ふんっ。悲鳴をあげる間も無く、焼かれなさい。ーー《蒼炎》ーー」


 蒼い炎だった。

 それが地面から強制的に浮かされた教会の者たちに襲いかかり、その体に取り憑いていく。


 もがいてももがいても、蒼い炎が消えることはない。


 けれど、灼熱のその熱さに、もがかずにいられようか。


「「「ぐがぁぁぁああああ……!」」」という悲鳴が、空に響いていく。


「ふん。悲鳴を上げさせてしまったわね。私もまだまだかしら」


 まるでお手玉のように炎を操って、燃えていく教会の者たちの姿をつまらなそうに見る赤髪の少女。


 地獄だった。


 この場は重力まで支配されている。炎が容赦なく襲ってくる。要塞からの砲撃もある。


 魔族が地に落とされ、教会は宙に浮かされ、そして燃やされる。


 焼かれた教会の者たちは、死んではいない。


 けれど、もがきながら蒼い炎に焼かれ続けている。まるで生き地獄だ。


「彼らは一体、なんなの……。何が正解で、何が正しいの……」


『幻影の妖精姫』のリーダーの少女は、目の前で起きている光景を見ながら、再度困惑した。


 ……そもそも、だ。

 今回、どうして聖女殺しはこの聖地に自分達がいるという居場所を大体的に知らせるような行いをしたのだろう。

 今まで、逃げ続けていたばかりだったのに、どうしてわざわざ教会や魔族をここに呼び寄せるような行いをしたのだろう。


「教会と魔族を一網打尽にするため……? ねえ、イデア……」


 少女は分からなくなってしまった。

 だから、頼りになる仲間、エルフの剣士のイデアという少女に聞くことにした。


「イデアはどう思う……? 『聖女殺し』は一体、何者なの……? それに私たちを助けてくれた、あの小さな子達は聖女殺しの仲間なの……?」


「あの子たちは恐らく聖女殺しの仲間なのでしょうね」


「じゃあ、どうして私たちは『聖女殺し』と敵対しているの……? あの子たちは私たちの命の恩人よ?」


「それは私たちのパーティーが教会から要請を受けて、聖女殺しを捕まえることになったからよ」


「聖女殺しは……敵なの? 味方なの?」


「どうかしらね」


 敵か味方か。

 それはイデアにも断言することはできない。


「少なくとも、あっちにしてみれば、教会の方が敵という認識のはずよ。じゃなきゃ、投降するはずだもの」


「うん……」


 では、何か事情があって、彼は聖女殺しの罪を負っているのだろうか。


「分からないなら、自分の目で確かめるしかないわ。あなたには、『聖女殺し』メテオノールがどう見える……?」


「私には……」


 イデアが指し示す。

 要塞のそばに控えていて、向かってくる教会の者たちの姿を眺めている『聖女殺し』メテオノールの姿を。


「聖女殺し、何もしてないわね……。部下っぽい女の子たちばっかり、戦わせてる」


「そうね……」


 聖女殺しは、何も言わず、何もせず。散っていく教会の者たちを見て、なんとも思っていないような顔で静観している。


「どうしよう……決していい人には見えない……」


 部下の女の子たちにばっかり戦わせているのだから。


 さらに、教会の者たちは燃やされている。

 浮かされて、空の上で燃やされている。


「……悪人にしか見えない」


 戦いの中での、しょうがないこととはいえ、無抵抗の者たちを蹂躙している『聖女殺し』。しかも、自分は手を下さず、傍観しているだけ。


「いや、でも……腕輪が光ってるわね」


 よく見てみると、聖女殺しの右腕に嵌められている腕輪が光っており、その度に部下の女の子たちの左腕にある腕輪も光っている。

 まるで、力を分け与えているかのように……。でも、それだけだ。


「……分からない。でも……だからこそ、捕らえたい」


「それがあなたの出した答えね」


 リーダーの少女は武器を手に取り、奴を捕獲することにした。


 当初の目的通りだ。

 色々悩んだものの、捕らえる以外にはないのだ。


 教会の指示だと、目的は捕獲だ。聖女殺しを殺さずに、生け捕りにしろとの命を受けている。


「……まあ、でも、ここまでコケにされたら、きっと捕獲から討伐にも切り替わるでしょうね」


「そうね……」


 イデアの推測に、リーダーの少女も頷く。


 流石にこのままお咎めなしとはいかないはずだ。


 教会の名誉にも関わる。


 だから、この教会の聖地で、これ以上の狼藉を働こうものなら、捕獲から討伐に変わる。


 そもそも今、彼らに立ち向かっている教会の者たちは、すでにそのつもりのようだった。


『幻影の妖精姫』というSランクパーティーがついていることで、彼らも活気付いている。

 さらにここに、頼もしい援軍まで現れた。


「レイシア様が来てくれたぞ……!」


「「「おお……!」」」


 若き神官、レイシアだ。

 中性的な神官だ。

 その実力から、今、教会の中でも敬意を払われている人物である。


「全軍、一旦距離を取れ。闇雲に立ち向かっても、朽ちるだけだ。呪文を詠唱し、遠距離からあの要塞ごと聖女殺しを崩すのだ」


「「「はっ!」」」


 レイシアの指示に従い、教会の者たちがより固まって、呪文の詠唱を始める。


「だったら私たちがやることは、詠唱までの時間稼ぎね。行くわよ、イデア!」


「…………」


 しかし、イデアは動かない……。


「ねえ、イデアったら! どうしたの! 行くわよ!」


「……今は私もそうした方がいいでしょうね。分かったわ」


 エルフの剣士、イデアも剣を抜き、二人は聖女殺しメテオノールの元へと弾丸の如く駆け出した。


 がしかし。

 その二人を止めるものの姿があった。


「ここから先は、行かせません」


「「ぐっ!」」


 鋭く細い剣筋。金髪を靡かせて現れた、細身の女性。

 和服を着崩したような格好で、只者ではない佇まいだ。左腕には、金色の腕輪が嵌められている。


 その姿は、いわば姫騎士。もしくは《ヴァルキリー》。


「私が相手をさせていただきます」


「これは厳しいかもしれないわね……」


「……面白い」


 弾き飛ばされ、靴を地面にめり込ませながら二人は踏ん張って耐えた。

 不思議と、立ちはだかっている金髪の剣士の姿がぼやけて見える。恐らく、なんらかの方法で、存在自体がカモフラージュされているのだろうと思われる。


「メモもやる!」


「ジルも!」


 ここで青髪と黄髪の子達も立ちはだかる。


「では、メモちゃん、ジルちゃん。三人で守りますよ」


「「うん!」」


「上等よ! 行くわよ、イデア……!」


「ええ」


 そうして、剣同士がぶつかりあい、エルフの少女たちの戦いが始まるのだった。




 *************************




 けれど、全体的に見ても、一方的な戦いだった。

 数はこちらの方が多い。圧倒的なほどだ。けれど……圧倒的に押されている。


 故に、教会の者たちも、薄々は感じ始めていた。……どうやっても勝てない、と。


「『聖女殺し』がここまでとはな」


 若き神官レイシアが戦況を見ながら、聖女殺しに目を向けた。


 ここまで教会と魔族を蹴散らしながらも、『聖女殺し』メテオノールは未だに大きな動きをせずにいる。

 まるで何かを待っているかのような雰囲気だ。その目はこの場にいる教会の者や魔族を見ていない。



 そして、この場に新たな人物が現れた。


「メテオノール……ッッッッ!!! 貴様を殺しに来たぞ……ッッッ!」


「「「!」」」


 やってきたのは神父だった。

 老いて、血走った目をしている、『聖女殺し』事件の原因になったあの神父だ。


 そして、ここでメテオノールが初めて笑っていた。


「殺されに来てくれてありがとう、神父様」


「なんだとッ!?」


 それはとても嬉しそうな、心からの笑みだった


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