第128話 0番目の眷属 テトラ


 もしも、過去に戻って、人生をやり直せるのならば。


 俺はどこからやり直し、どんな風にやり直すだろうか。


 後悔していることはたくさんある。


 例えばあの日。

 テトラが聖女だと分かった日。


 俺たちは村から出ようとした。夜中、逃げるように、俺とテトラで逃げようとした。

 それを教会の人たちが追ってきた。


 その結果、テトラは死んだ。


 あの時、大人しく教会にテトラを差し出しておけば、テトラが死ぬことはなかった。


 そしてテトラは教会に所属する聖女として、大勢の人から敬われることになっていたかもしれない。


 けれど、俺と逃げてしまったばかりに、死んでしまった。結果、俺の眷属として、『聖女殺し』の罪で指名手配をされている俺と一緒に、逃げ隠れする生活をすることになった。


 教会に所属しておけば、もっといい人生を送ることができたかもしれない。美味しいものを食べられたかもしれない。

 俺といるせいで、テトラが不幸になり続けるかもしれない。



 例えばあの日。幼少期、初めてテトラという少女と出会った日もそうだ。


 あの時、村の外に倒れていたテトラとなんて、出会わなければよかったのかもしれない。

 そうすれば、俺は今ここにはいない。一人でひっそりと孤独に朽ちていく人生を送っていたかもしれない。

 誰かを好きになんてならなかったはずだ。誰かと一緒にいたいだなんて、思うこともなかったはずだ。

 そうなれば、失う怖さを知ることもなかったはずだ。


 知ってしまったから、失うことが怖くなった。


 けれど。

 例え、人生をやり直せたとしても、俺はきっと同じように行動するはずだ。


 何度やり直したとしても、それは変わらない。


 あの時、テトラと出会えたから、俺は今も生きることができているのだ。



 * * *



「メテオノール!!  お前はワシが殺してやる……!!!!!!」


 教会の聖地『ミーテルロア』に、一人の神父が現れた。それは老いた神父だった。

 血走った目の、髪の抜け落ちている神父だ。両の眼球がそれぞれの方向を向いており、視界が定まっておらず、ぎょろぎょろと動いている。


「忘れたとは言わせんぞ……! ワシの顔を覚えておるか……!」


 もちろん覚えている。


 俺はこの時を待っていたんだ。


「殺されに来てくれてありがとう、神父様」


「なんだとぉッッッ!!!」


 俺は穏やかな気分で、神父様に笑いかけていた。


 彼なら来てくれると思った。


「でも、もう少し早く来てくれると思ったのに、随分と遅かったじゃぁないか。待ちくたびれて、あくびが出てしまいそうだったよ」


「余裕ぶりやがってッ!」


 神父が怒鳴る


 この神父は奴だ。あの日、故郷の村を出ようとした日、それを阻害してきた神父だ。


「だが、まあいい。メテオノール……! 貴様、たいそうな身分になったな……! お似合いな二つ名も付いて! ケケケ……! 『聖女殺し』のメテオノールよ!」


 神父は嘲笑うかのように、俺のことを『聖女殺し』と呼んだ。


 だから俺は笑い返した。


「その節はどうも」


「余裕ぶりやがって……ッッッ!」


 神父は忌々しそうにこちらを睨んできた。


「その減らず口を叩き潰してやる……!」


 そうして、戦闘が始まる。


 ガンッ、と杖と剣の衝撃音。


 接近してきた神父が杖で攻撃したのを、俺が魔法の剣で防いだのだ。


 そのまま押し込まれたのを、俺は受け流し、構え直した。


「この杖が言っておるわ……。貴様の血を浴びたいとな……!」


 その杖から伸びたのは刃。あれは、刃が仕込まれている杖なのだ。


「蜂の巣にしてやる……!」


 片足を引いた神父が、一気に距離を詰めてくると同時、杖での突きを放ってきた。


 俺は、それを剣で弾く。火花が巻き起こる。止まらぬその攻撃を、また弾く。


「ケケケ……! 上がお留守になっておるぞ……!」


 光の光線のようなものが、頭上に展開される。そして俺を目掛けて放たれた。

 俺はそれを交わし、交わした先に突き出された杖を、剣で弾く。


「バカめ!」


 幾度か、その攻撃を防ぎ続けていた時だった。


 気づけば背後に神父の姿があった。

 今まで目の前にいたのにだ。


 杖が振りかぶられる。


 かと思ったら、今度は斜め方向に神父の姿があった。


 次は、前に。後ろに。


 神父があちらこちらに、移動している。


 まるで、影分身するかのようであった。


 俺はすっと静かに息を吸うと、吐いて、そして敵の攻撃を少しだけ身を逸らして回避した。


「チッ、まぐれで避けおったわ……ッ!」


「……それはどうかな?」


「どういう意味だ!」


「すぐに分かる」


 す、す、すっと、俺は舞い落ちる葉のように、神父の攻撃を避け続ける。


「く、くそ……ッッ! なぜ当たらない! 次こそはッッッ!」


 けれど、敵の攻撃は俺には当たらない。


 俺はすでに見切っていた。


 この神父の動きを。


 ……当たり前だ。

 あの日の夜、この神父から逃げるように村から出ようとした日の夜にも、見た攻撃だ。

 あの日のことは今でも夢に見る。あの時、俺は何もできなかった。


 夢で見るあの日の光景は、悪夢だ。


 ……だから、ずっとこの時を待っていたんだ。


「こ、殺してやる……ッッッ! 貴様は、ワシが殺してやる……ッッッ! あの時のように……!」


「……それは、きっと無理だ」


「無理ではない!」


 神父の攻撃は続く。


 けど、当たらない。

 無理だ。


「こんなにも弱かったのか」


「ほざけ……ッッッ!」


 俺は剣を持つ手に力を込めた。

 そして、思いっきり、敵の杖に叩きつけた。瞬間、バキリと敵の杖が粉々に粉砕していた。


「バカなッッッ!?」


 驚く神父。


 ……しかし俺は自分が許せなくなった。


 あの時の俺は弱かった。弱かったから何も守れなかった。

 だから、テトラを死なせてしまった。


「こんなザコよりも、弱かった」


「誰がザコだと……ッッ!」


 今、こうして実感すると、どうしようもなくそう思う。


 俺はそれを込めるように手のひらを空に向けて、自分の魔力を解き放った。


 バチバチバチ……ッッッッ!と。


「き、貴様……ッ! なぜ、魔力を……! あの時は、使っていなかったのに……ッッ!」


 そう、あの時の俺は魔力すらも、使えていなかった。


 赤黒い魔力が、俺の手のひらから放出される。

 バチバチと弾けるこれは、魔力の乱れている証。


 自分の全身に痛みが駆け巡るのを感じる。

 少し、感情が揺らいだだけで、こうだ。

 俺はまだ、弱い。


 けれど、今はこの赤黒い魔力の痛みが、救いのように思えた。無力で未熟な自分を、このままではいけないと、分からせてくれる痛み。


 ……そう思っていると、赤黒い魔力が、月光の魔力に変化していた。


 ーー『……弱くなんかないよ。テオは、いつも、どんな時でも、強い人だよ』ーー


 俺の左腕にある銀色の腕輪が光り、優しい声が聞こえてくる。


 そうして、銀色の腕輪に嵌められている琥珀色の宝石部分がいっそうの輝きを放ち始めていた時だった。


「貴様、何をするつもりだ、メテオノール……ッッ! し、死ねぇぇ……ッッ!」



 ーー『いいえ、死ぬのはあなたでしょう。神父様』ーー



「「「!」」」



 その瞬間、この場にいた全ての者たちが動きを止めていた。


 月光色の光が広がると同時、俺のそばに一人の眷属が降臨していたからだった。


「き、貴様は…………聖女テトラ……!」


「いいえ、違います。私はメテオノール様の眷属でしょう」


 それは白銀色の髪をしている眷属だった。

 琥珀色の瞳をしている、月光色の魔力を身に纏っている美しい少女。


 眷属のテトラが、俺の隣に立っていた。


「き、貴様はあの時死んだはずだ……ッッ! なぜ生きている!」


 驚愕して、お化けでも見たように顔を青ざめさせる神父。


「さては……憚ったかッッ!」


「憚っていないでしょう」


「くそ! 舐めやがって! 元はと言えば、貴様らのせいでこうなったのだ……! 貴様も、メテオノールも、まとめて死ね……ッ!」


「いいえ、神父様、死ぬのはあなたでしょう」


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!!!」


 そうして神父様は、髪を掻きむしりながら立ち向かってきた。

 俺たちは迎え撃つ。


「やるぞ」


「あっ、うん」


 テトラは一瞬、驚いたような顔をして、その後はにかみながら嬉しそうに頷いた。


 こういうとき……俺はいつもテトラを後ろに下がらせていた。

 テトラを守りたかったからだ。


 でも。


「俺なんかより、テトラの方がずっと強いもんな」


「ふふっ、違うよっ。テオがいてくれるから、私は強くなれるの」


「そうか……」


 俺たちは微笑みあった。


 俺もテトラがいてくれるから、そうありたいと思えるのだ。


「二人まとめて、死んで懺悔しろ……ッッ!


「死ぬのも懺悔するのも」


「あなたでしょう」


「ぐぶはぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」


 その後、神父様は光の速さで返り討ちにされていた。


 かくして、とりあえずのケリがついたのだった。


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