第125話 宣戦布告

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「メテオノールはまだ見つからんのかッッッ!」


 怒声が響いていた。


 教会の管理下にある医務室でのことである。


 ベッドに横たわっているのは、老いた神父の姿。骨と皮しかないような見た目の、血走った目をしている神父だ。

 まるで聖職者とは思えない口調で怒鳴っているのは、あの忌々しい存在が一向に見つからないからである。


「奴は殺せッッッ! メテオノール!!! あいつだけはッ絶対に許さん!!!!」



 巫女ティナが囚われていた『星灯りの塔』。

 それは先日崩壊した。『聖女殺し』メテオノールが破壊したのだ。

 そして、この神父はその破壊に巻き込まれていた。


 崩壊する塔の瓦礫。それに押し潰されてしまった神父。


 結果、神父は重傷を負ってしまった。


 しかし、かろうじて一命は取り留めていて、救助されていた。


 その全身に巻かれているのは包帯だ。


 くだんの件で大怪我をした。


 それも相まって苛々する。


 何より、メテオノールだ。奴だ。奴が自分をこんな目に合わせたのだ。


「あいつは死ぬべき人間だッッ!!! 早く、捕らえろ!!!!」


「お、落ち着いてください……。聖女殺しの捜査は続いておりますから、少々お待ちを……」


「黙れ! お前にワシの何が分かる!!!!!!」


「うぐぅ……!」


 包帯に巻かれている手で、老いた神父は近くにいた人物を殴った。

 慌てて周りにいた者たちが、神父を宥める。


「あ、暴れてはいけません……!」


「離せ……! 離せ……! 貴様らぁ……ワシをこんな目に合わせて、タダで済むと思っているのか!!!」


 周囲に怒鳴り散らす神父。

 周囲にいる者たちの顔には疲弊の色があった。


 そして彼らは思った。……とうとう思ってしまった。


 ……そもそも、こいつのせいでこうなったのではないか、と。


 とある村に住んでいた少年、メテオノールが『聖女殺し』の罪で追われるようになったのも。

 新しく発見された聖女テトラが、死ぬことになったのも。


 そして今回も、だ。


 この神父さえいなければ……と、教会に所属する者たちでさえも、とうとう思い始めていた。



「おや、これはアブドラ卿ではないですか。ご無事で何よりです」


「ッ! 貴様……! ここに何をしに来た!!」


 治療室のドアが開く。

 現れたのは、神官服を着ている若い神官だ。

 20代ほどの、中性的な顔立ちをしている人物だ。


 名を、レイシアという。


「れ、レイシア様……。あまり挑発をなされないように……」


「そういうつもりはなかったのだがね」


 言ってレイシアは、周りに宥められている神父に近づいた。


「哀れなものだ」


「黙れ! お前らも、離せ!」


 手を暴れさせた神父が、周りの拘束を振り解こうとする。

 彼らは困惑した表情をレイシアに向けた。


 レイシアは頷く。すると、おずおずとその拘束が解かれた。


 そしてレイシアは包帯に巻かれた神父を見て、眉を顰めた。


「……やはり見苦しいな」


「なんだとぉぉぉッッッッ!!!」


 言葉遣いもそうだが、中身がそうだ。


「その目は何だ! ワシを馬鹿にするな!」


 どす、と老いた神父がレイシアに殴りかかった。レイシアがそれを避けることはなかった。腹部でそれを受け、しかし何事もなかったかのように立ったままだ。


「気は済んだか。罪人よ。あなたも分かっているとは思うが、あなたはこれから本部に移送される。そこで、沙汰が降るだろう」


「なにッ!?」


 非常にも告げられた宣告。


「数々の独断専行。治療が終わり次第、本部に移送され、よくて投獄。悪くて処刑だろうな」


「な、なぜワシが!」


「当たり前ではないか。教会に所属していながら、神の意に反することばかりしているのだから」


 無論、神父の地位は剥奪だ。


「ま、間違っている……! そんなの間違っている!!!」


 わなわなと震えた神父が、体に巻かれていた包帯を引きちぎって、世を憂いた。


「間違っていないさ。いや、最初から間違っていたのかもしれないね」


「黙れ!!!!」


 こんなことがあってたまるか。


 神父はそう思い、怒りが頂点に達する。


 それもこれも。


「あいつ……メテオノールのせいだ……!!!!」




 そこに、緊急の伝令が入った。




「お、お伝えいたします! 先ほどから異常事態が起こっております」


「異常事態だと……?」


 息を切らせて駆けてきた者の言葉に、一同が注目した。

 レイシアが頷き、続きを促す。


「琥珀色の光が空に広がっているのです……! 外を見ていただければ、一目瞭然かと……!!」


 そうして外に出て、目に飛び込んできたのは、遠くの方に立ち上っている琥珀色の光だった。


「ほお……」


「先ほどから、断続的にあの光が立ち昇っているのです! 赤黒い光も……! 場所は教会の聖地であると思われます」


 確かにあの方角は聖地だ。

 そこで何かが起こっている。これは人為的なものだろう。何者かが聖地にて、何かをしようとしている。


「恐らく、予想なのですが、『聖女殺し』メテオノールの仕業ではかと思われます……。特にあの赤黒い魔力は、『聖女殺し』の使う魔力と酷似しているとのことで……」


「確認を急げ」


「はっ!」


(まあ、恐らく『聖女殺し』だろうな……)


 レイシアも感じ取った。一度実際に相対したのだから分かる。

 その時に感じたものと、空に立ち昇っている魔力はどこか通じるものを感じる。


「彼は今、聖地にいる……と」


 先代の聖女ミラーシアがお役目を終えた場所。

 その後、教会の聖地に定められた場所。


 そこに現在、聖女殺しが足を踏み入れている。そして光を打ち上げている。


「もし『聖女殺し』の仕業ならば、これは宣戦布告だろうな」


 目立たないわけがない。


 全世界に広がるように、琥珀色の魔力が解き放たれているのだから。


 自分の居場所を知らせるような行為。


 今まで逃げ隠れするばかりだった『聖女殺し』が、大胆な行動をとっている。


 それを、よりにもよって教会の聖地で行うとは、罰当たりな奴である。信じられない敵対行為だ。


「……だがしかし……面白いやつだ」


 レイシアは小さく呟き、口角を上げていた。


 そして、指示を出す。


「各員、確認次第、動ける者は現地に向かう。準備を始めよ」


「「「はっ!」」」


 気づけば、先程までこの場にいた老いた神父の姿がどこにもいなくなっていた。


「れ、レイシア様。申し訳ございません……! 目を話した隙に……!」


「いや、いい。奴も向かったはずだ。それに、空を見てみろ。魔族も炙り出されている」


 異形の姿をした集団が空を移動している。奴らも『聖女殺し』を狙っているのだ。



 教会、魔族。そして老いた神父がそれぞれ、『聖女殺し』の元へと向かっていた。


 場所は、聖地。


 やがて、そこに辿り着いた者たちは驚愕するだろう。


 まさか教会の聖地の中心に、僅か数日の間に要塞のような建物が建てられていようとは。


 建てたのは無論、メテオノールだ。要塞を築き、何事かを行おうとしているのだ。


 まるで隕石が落ちて作られた、山々に囲まれたその場所にて。


 聖女殺し『メテオノール』が、各々を待ち受けているのだった。


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