第123話 昔、聖女様が死んだ場所


 かつて聖女が終わらせた場所がある。


 高く聳え立つ山々。岩肌に囲まれ、窪んだ荒地。

 周囲に漂うのは翡翠の魔力。それは優しい魔力だった。同時に、悲しさを感じられる魔力だった。


 数十年前。

 世界が魔族の脅威に晒されていた時。

 力を使い、自らのお役目を果たし、その聖女が命と引き換えに世界に平和をもたらした場所。それがそこだった。

 漂っている魔力は、当時、彼女が使っていた魔力の名残。残滓である。


 そして、この地形もその名残である。


 その場所を見た者が最初に思うのは、「まるで空から隕石が落ちてきて、作られたような場所だ」という感想である。



「「ここって、隕石が堕ちてできた場所なのかな!?」」


「かもしれない……」


 その因縁深い場所に、彼とその眷属たちは、シムルグの背に乗って辿り着いたのだ。



 * * * * * *



 そこはまるで、隕石が落ちたようにへこんでいる場所だった。

 周りが山に囲まれている。中心部分がべっこりと陥没している。


 桃色の聖女モーニャさんに案内され、シムルグの背に乗って辿り着いたのが、そこだった。


「お、来てくれた! こっちこっち! 待ってたよ!」


 その中心部分で手を振っていたのは、一人の少女だ。


 鮮やかなグリーンの髪。

 白いローブを肩の部分で着崩している。

 その下に着ているのは、ゆったりとした緑色のカーディガン。


 身長は高く、165センチほど。眼鏡をかけていて、きっちりした印象を受ける女性だ。


 その後ろには、黄緑色の鳥が佇んでいる。


「あれが、緑鳥の加護を受けているセレスティーナさんです」


「ソフィアちゃんも、テオくんも、みんなもいらっしゃい!」


「初めまして、セレスティーナさん」


 とりあえず、俺たちは待ってくれていた彼女の元へと降り立った。

 そして初対面の彼女に挨拶を行った。


 彼女はこっちのことは知っているようだ。聖女同士はリンクで繋がっているので、ここに来るまでの道中のこともある程度把握しているとのことだ。


「でも、テオくん! 本物だね。やっと会えた。大好きっ」


 むぎゅっ。


「ぐ、苦しいぃ……」


「て〜〜〜お〜〜〜〜」


 開始早々、勢いよく抱きしめられた俺を見て、ジトっとした目を向けてくるテトラ。


 ……でも、誤解だ。


「ねえ、テオ……。セレスティーナちゃんは大人っぽい女の子だね。あと、眼鏡をしてるね。メテオノールくんは眼鏡にも弱いのかな……?


「て、テトラ……」


「こうなったら、私も眼鏡かけようかな……??」と、テトラが指で輪っかを作って、俺の目を覗き込んできた。


 ……これはいつものやつだ……。


 でも。


「テトラにも、眼鏡は似合うかもしれないな。今度、見に行ってみるか」


「えっ、あっ……、うんっ。行きたいですっ」


 ぽっ、と頬を赤くしたテトラが、じゃれつくように俺に頬擦りをしてくれた。

 少し照れてもいるみたいだった。


 でも、俺も見てみたい。

 レンズ越しに見る琥珀色のテトラの瞳。きっと綺麗だろう。


「一生、見ていたい……」


「うう……。て、てお……っ。みんなの前だよ……」


「「「照れてる……」」」


 テトラが俺の胸に顔を埋めて、その赤い顔を隠した。


「あははっ。ごめんごめん。テトラちゃんも初めまして」


「初めまして、テトラです」


「他のみんなも来てくれてありがと。テオくんも来てくれてありがとっ」


「こちらこそ、呼んでくださりありがとうございます」


 俺はセレスティーナさんにお礼を言った。

 彼女が俺たちをここに呼んでくれたのだ。


 あと、モーニャさんにもだ。


「モーニャさんも、ここまで案内してくれてありがとうございました。あの時に、助けてくれたのも」


「どういたしまして!」


 モーニャさんは、魅了チャームの力が使える。

 俺もそれに助けてもらった。あと、彼女はテトラにも色々よくしてくれていたみたいで、頭が上がらない。


 それだけじゃない。

 エリザさんもだ。


 もちろん、コーネリスたちやテトラたちにもそうだ。


 みんなに助けてもらってばかりだ。


「それで、ここに来てもらったのは他でもないの。指名手配されてても、ここならしばらくは安全だから、どうかなって。あと、ここはね、教会にとってもゆかりの地なんだよ?」


「確か私たちの前の聖女が、魔族たちを一掃し、瘴気を浄化した場所ですよね」


「そう! 翡翠の聖女ミラーシア様の聖地なんだよ!」


「……ミラーシア様」


 もう、数十年前のことになるらしい。


 その聖女様は、ここでお役目を果たしたそうだった。


 いつの時代にも、数人は存在するはずの聖女。

 しかしその時代にはたった一人しか存在しておらず、そのような困難な中にあっても、彼女はお役目を果たし世界を平和に導いたらしい。


 それが聖女、ミラーシアという人みたいだった。


 先代の聖女とのことだ。


「ミラーシア様は歴代でも、一番魔力の質と量がすごかったんだって。その聖女様がお役目を終えた場所がここなの。その後、聖女ミラーシアを讃えるために、この場所が教会にとっての聖地になったの。名付けて聖地『ミーテルロア』」


 聖地……。


「「「つまり、敵の総本山……」」」


「そうとも言う……」


 果たして、それは、安全なのだろうか……。


 ……と思ったけれど、この辺りにはひと気が全くなく、教会の気配も一切ない。


「そういうこと。教会はもう何年もここには足を運んでない。まさかこんな所に、来るとも思っていない。だから、ここにいればしばらくは大丈夫だよ」


「なるほど……」


「まあ、でも、『聖女殺し』で指名手配されてるテオくんがここにいるって知ったら、教会は怒るだろうね。そして、戦力が総動員されるかも。「我々の希望である聖女様を侮辱するのと同義だッ!」……とか、そんな感じ」


 ありそうな話だ。


「それでも、私はあなたにここに来て欲しかった。精霊たちもそれを望んでいた」


 確か彼女、セレスティーナさんは精霊と繋がりがある人だと聞いている。


「ここはそういう場所だよ。どう……?」


「来てよかったです」


「それはよかったっ」


 俺は本当によかったと、そう思った。



 周りに目を向ける。


 昔、聖女様が全てを終わらせた場所。

 周囲には、ほのかに漂う魔力で満ちている。翡翠色の魔力だ。


 その中にいると、なんだか無性に落ち着ける気がした。


 懐かしさも感じる。

 理由は分からないけれど、ずっと感じていたいような。そんな感じだ。


 そういう場所に、みんなと来れてよかったとも思えた。



 そこが、かつて存在していた聖女、ミラーシア様が死んだ場所なのだった。

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