第122話 黒龍…メスだったのか…。

 * * * 


「助けてくれたことにはお礼を言いますけど、あんな場面で『魅了チャーム』を使うなんてッ! ほんと、あなたって子は相変わらずです!」


「んもぉ〜、エリザちゃんの話、長い……」


「長くない!」


 エリザさんがモーニャさんのことを怒っていた。


 モーニャさんは聖女らしい。桃色の髪をしている、桃鳥の加護を受けている聖女様。それがモーニャさんという少女だった。

 黒龍の加護を受けている聖女エリザさんとは、真逆な感じのする人だ。


 そんな彼女たちと俺は、現在、桃鳥の背中に乗って移動中だった。


「テオくん、もう具合大丈夫? さっきは急に腕輪の中に消えたから、びっくりしたよ。エリザちゃんなんて気が動転してたからね。あはは!」


「わ、笑い事じゃありません!」


 恥ずかしそうに耳を赤く染めて、エリザさんが頬を膨らます。


 俺はさっきまで、新しい眷属のテーゼルの腕輪の中にいた。

 その間、俺の姿は消えていたとのことだった。


 それで急に消えたものだから、エリザさんは焦ったとのことだった。


「もう、いいです……。こうなったらテオくんを抱き締めます」


 むぎゅっ。


「あ、ずるい。胸は卑怯だよっ」


 むにっ。


 エリザさんが自分の胸に俺の顔を抱いた。

 すると、モーニャさんも負けじと俺の体に胸をくっつけていた。


 二人の胸の感触が、服越しに感じられた。

 体温も伝わってきて、俺はカチコチに動けなくなった。


『ぐえ……』


 ぐらぐらと揺れる桃鳥の背。桃鳥は苦しそうに鳴いていた。空を飛んでいるが、今にも落ちてしまいそうだった。


「も、桃鳥は本当に大丈夫なのかな……」


 俺は桃鳥の頭を撫でながら、心配な気持ちになる。


『キャピ!』


「「あ、鳴き声が変わった」」


 途端に、高い声になる桃鳥。


「桃鳥ちゃんはメスだから、テオくんに頭を撫でられて嬉しかったみたい。あ、でも、テオくん……ダメだからね? もし、桃鳥ちゃんが欲しいなら、私も着いてくるからね?」


「ちなみに黒龍さんもメスですので、もし黒龍さんが欲しい場合は、私のことも貰ってくださいね」


『ちょっとエリザ! なんでボクも!?』


「黒龍……メスだったのか」


『うう……』


 エリザさんの肩の上で小さい姿になっていた黒龍が、恥ずかしそうに尻尾を振っていた。



 * * * * * * *



 モーニャさん曰く。

 もう一人別の聖女。緑鳥の加護を受けているセレスティーナさんという聖女様が、待っているという場所があるらしい。

 なんでもそこは教会からの追っ手とかも来そうにない場所で、しばらくはゆっくり過ごせるとのことだった。だから俺たちはそこに向かっているのだ。


「あと、セレスティーナちゃんはテオくんにそこに来てほしいんだって。追っ手とか関係なくて、それ抜きで。それが『精霊の導き』なんだって」


「あの子はたまに、不思議なことを言う子ですものね」


 モーニャさんとエリザさんが教えてくれる。



 その道中で、俺はテトラたちと合流した。

 テトラたちも、モーニャさんからそれを教えてもらい、向かってくれていたのだ。



「て〜〜〜〜〜お〜〜〜〜〜」


「テトラ……」


 一旦、空を移動していた俺たちは地上に降りた。

 そこでテトラが泣きながら、俺を抱き締めてくれた。


「テオ、会いたかった”、テオにもう……会えなくなるかと思った”」


「ごめん、テトラ。寂しい思いをさせてしまった……」


「それもだけど、心配だった”っ」


 ぎゅっとテトラが抱きしめてくれる。

 俺もテトラを抱きしめた。


 今のテトラは、いつものテトラと姿が違っていた。


「ごめんね、テオ……。今の私、変だよね……」


「そんなことない」


「でも……ツノ生えてる……。羽も生えてる……」


 確かに今のテトラの頭からはツノが三つほど生えていた。目も赤く充血している。痛々しい印象を受ける。

 琥珀色の輝きもない。白銀色の輝きもない。


 でも。


「テトラはテトラだ。いつも綺麗だ」


「てお……っ」


 俺はテトラの頬を手のひらでそっと撫でて、その目元に浮かんでいた涙をそっと拭った。

 そしてあの時、離れた際に外していた『眷属の腕輪』を、俺の腕にテトラが嵌め直してくれた。


 瞬間、テトラの姿が元に戻った。


 濁った色になっていた髪は、白銀色に。毛先だけ琥珀色を宿している。

 真っ赤に充血していたテトラの瞳は、眩しい琥珀色に姿を変えた。


 俺の好きな色だ。


「てお……すきっ」


 テトラが瞳を揺らしながら、俺を抱きしめ直してくれる。

 俺もテトラのことを、強く抱きしめ直した。


 その後、コーネリスやメモリーネ、ジブリール。ヒリスとソフィアさんの『眷属の腕輪』もそれぞれが俺の右腕にはめ直してくれた。


「ご主人様、シムのも! シムの指輪もつけてほしいの!」


「うん、ありがとう。シムルグ」


 俺はあの時同じように外していたシムルグの『従魔の指輪』も嵌め直し、シムルグの頭をそっと撫でた。


「でも、てお……。私、分かったよ。大事な人に目の前でいなくなられるのって……とっても辛いね」


 テトラが俺の『降臨の腕輪』を撫でながら、まるで謝るように言う。


「テトラ……」


 俺はそんなテトラに対し、申し訳ない気持ちになった。


「さっきもそうだよ? テオはみんなを守るために、逃げろって言ってくれたのに、私、テオのところに行こうとしてた……。コーネリスちゃんが止めてくれなかったら、テオのとこ、行ってた……。それはしたらダメなことだった……。私、最低だ……」


「……いや、違う。最低なのは俺の方だ」


 ……あのフードのやつが相手になった時。

 みんなには安全な場所に避難してほしかった。でも、それは自分のためでもあったんだ。


 誰かが目の前で死ぬのは、嫌だから。

 見たくない。


 テトラが死んだ時のことを思い出す。あんな気持ちになるのはもう嫌だった。


 だから今回、俺はみんなと離れて、遠くに逃げてほしかったんだ。


「……自分のためだったんだ」


「そんなことないよ! でも……もう離れ離れは嫌だよ……。ずっと一緒だよ……? 死ぬまで一緒だよ……?」


 縋るようにテトラが俺の瞳を真っ直ぐ見ていた。


「死んでからも一緒だ」


「てお、好きっ」


 テトラと抱きしめう。


 もう、何があっても離れないように。

 これから先、生きている間も、死んだ後も、ずっと一緒だ。




「コーネリスもありがとう」


 俺はコーネリスにお礼を言った。

 コーネリスにはいつも助けてもらってばかりだ。

 今回もテトラを守り、気遣ってくれていたんだ。

 お礼を言っても言い足りない。


「……ごめんなさい、ご主人様。私、ご主人様に合わせる顔がないわっ」


「「あ、コーネリスお姉ちゃん、逃げた!」」


「…………こ、コーネリス」


 コーネリスは鼻をグスンと鳴らすと、背を向けてこの場から走り去ってしまった。


 ど、どうしてだ……。


「ご主人様、コーネリスちゃんも頑張ったんです……」


 ヒリスが悲しそうに目元をハンカチで拭った。


 一体何があったのだろう……。


 ……のちに判明したことによると。

 コーネリスは今回テトラを食い止めてくれたのだが、最終的には転移して俺の所に来ようとしてくれていたとのことだった。

 どうやらそれを、俺との約束を破ってしまったと思って、責任を感じてしまっているみたいだ。


「「「コーネリスちゃん、不憫な子……」」」



 その後、俺はコーネリスを追いかけた。

 真っ赤に浮かんでいる夕日が、今日はいつもより明るく見えた。


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