第121話 五番目の眷属テーゼル


 気がつくと、白い浜辺のような場所にいた。


「ご主人様のメテオノール様。お初にお目にかかります。私はテーゼル。あなたの眷属です」


「俺の眷属……」


 そんな俺の目の前には、一人の少女が立っていた。


 真っ白なロングヘア。透明感のあり透き通っているその髪が足元まで伸びている。

 その髪の毛先は、青色になっていた。その部分からは、ソフィアさんに似た雰囲気を感じとれた。


 彼女は薄手のワンピースのような服を身に纏っていた。


 歳は12〜3歳ほど。足元は素足だ。

 メモリーネとジブリールよりも少し年上といった感じだ。


 落ち着いた雰囲気の彼女は、静かに佇んでいた。


「ここは……」


「ここは腕輪の中です。私がご主人様を招いたのです」


 俺は周りを見回す。

 ぼんやりとした景色の場所だ。


 現実の世界とはどこか違う感じのする空間だ。


 空は白く、全体的に白い。足元に広がる砂も白。海の水も白い。


「ちなみに私の下着の色もーー」


「あ……い、いけません。スカートを下ろしなさい」


 俺は慌てて彼女のスカートを下ろした。

 彼女は頬を赤く染めて、もじもじしながらスカートをたくし上げようとしていたのだ。


 ……それで確信した。


 間違いない。この子は俺の眷属だ……。


「えへへっ」


 可笑しそうに笑う眷属の少女テーゼル。

 その笑顔はテトラの笑顔と、ソフィアさんの笑顔が混ざったような感じに見えた。


「ええ。私はテトラお母様とソフィアお母様の影響を受けています。少しソフィアお母様寄りでしょうか」


 青色になっている毛先を手に取りながら、テーゼルが教えてくれる。


「それで、ここは腕輪の中……」


「はい。私はあまり外に出れないタイプの眷属ですので、この度はご主人様の方に来てもらったのです」


 見ると、俺の『降臨の腕輪』が光っていた。透明な光だ。儚さがある。

 今までとは違う眷属の登場の仕方だ。だけど、この子が眷属なのは確かだ。


「では、腕輪の交換を」


 そばに来てくれたテーゼルが、俺の首筋に口づけを落とした。


 ちゅっ、と。


 その瞬間、テーゼルの手に腕輪が二つ出現する。

『眷属の腕輪』だ。


 色は透明だ。雪の結晶や、クリスタルのような素材の腕輪。

 縁の部分が琥珀色と青色が混ざり合った色になっている。


 テーゼルは片方の腕輪を自分の左腕に嵌めると、もう片方を俺の左腕に嵌めてくれた。


 俺も『降臨の腕輪』を複製し、それを彼女の右腕に嵌める。


 これで、眷属の契約が完了だ。


「ありがとう。テーゼル」


「ありがたきお言葉。私も嬉しいです。それにこの腕輪、とっても綺麗……」


 空にかざした腕輪を見て、テーゼルが目を細めて微笑んでくれた。そして、ぎゅっと大切そうに自分の胸に抱き締めてくれていた。


「それで、テーゼルは何かしてほしいことはないかな」


 眷属にも、やりたいことや欲しいものがある。

 出てきてくれたからには、何かしてあげたい。


「それなら、ここでお喋りしたい……。少しの間だけでもいいから」


「そんなことでいいのかな……?」


「これがいいんです」


「こっち」と俺の手を握ったテーゼルが、白い砂浜に俺を座らせる。その後、その膝の上にちょこんと腰を下ろした。


「後ろから抱き締めて……?」


 俺は後ろから抱き締めた。


「えへへっ。頭も撫でて……?」


 俺はテーゼルの頭をそっと撫でた。


「えへへっ」


 そうして二人で砂浜に座り、白い海を見る。


 遠くの方には白い太陽のようなものが浮かんでいる。その太陽には秒針のようなものが付いていた。


 カチコチ、カチコチ、と。音を立てながら針が動いていた。


 太陽の中だけではない。

 気づけば空にも秒針のようなものが、あちらこちらで動いている。


「ねえ、ご主人様。お母様ともこういうこと、する?」


「うん。小さい頃にたまにしてた」


 すっぽりと腕の中に収まっているテーゼルの頭を撫でながら、俺は頷いた。



 昔、まだ村にいた時の話だ。

 夕方になると、たまにテトラが俺の膝の上に座りたいと言ってくれたのだ。

 だから俺は地べたに座って、今と同じようにテトラの頭を撫でていた。


 そして遠くに沈んでいく夕日を見ていたんだ。


「楽しかった?」


「うん。楽しかったよ、でも、少し寂しかった」


 暗くなっていく空。

 なんとなくだけど、俺もテトラもしんみりした気持ちになっていた気がする。

 会話はなかったし、鼻の奥が少し痛くなった。あの時のなんとも言えない寂しさは、なんだったのだろう……。


「それはきっと、夕日が沁みたんだよ」


「かもしれない」


「えへへっ」


 テーゼルが微笑む。


 でも。

 夕日を見た後のテトラは、毎回その日のうちは俺をずっと抱き締めてくれていた。

 夕日を見終わって、家に帰って、寝るまでずっとくっついてくれていた。


「お母様も沁みたんだね」


「かもしれない」


「えへへっ」


 そんな風に俺たちは過ごす。

 懐かしいことを思い出してしまった。


「それで、あのね、ご主人様。私が今回出てきたのには理由があるの。眷属が出てくる時は理由があるから。聞いてくれる?」


「うん」


「あのね、私の能力は時間に干渉するものなの。過去に戻れるスキルだよ?」


 過去に……。


「……それはすごいな」


「ありがとっ」


 テーゼルが少し寂しそうに微笑んだ気がした。


「ご主人様は過去に戻りたい?」


「戻れるのなら、戻りたいな」


「おお、即答だ」


「俺がテーゼルの力を借りて、過去に戻ったらどうなるのかな」


「あのね、まず、ご主人様の『降臨の腕輪』が黒くなるの。眷属のみんなは出てこれなくなる。一生、消滅するの。そして『降臨の腕輪』の所有権が剥奪されるの」


「じゃあ、戻ったらだめだな……」


「でも、過去に戻れるんだよ? 後悔してることも、やり直しできるんだよ?」


 首だけで振り返り、聞いてくるテーゼル。

 俺はそんなテーゼルの頭をそっと撫でた。


「でも、その力を使ったらみんながいなくなってしまう。眷属のみんなが出てこれなくなるのなら、テーゼルとももう会えなくなる」


「そうだけど……」


「だったら、いやだな……。せっかくこうして出てきてくれたのに、それは寂しい」


 もちろん、戻りたいという気持ちもないわけじゃない。


 過去に戻れる。後悔していることをやり直せる。


 それは、願っても叶わなかったことだ。これまで、どれだけやり直したいと思ったことか。


 あの時はいっぱいいっぱいだったことも、今ならもっとやりようはあったかもしれない。これまでの人生、そんなことを思ってばかりだ。


 だけど、過去に戻ったら、今そばにいてくれるコーネリスやメモリーネたちがいなくなってしまう。

 それでは意味がない。


「じゃあ、もし、みんなが死んじゃったらどうする……?」


「過去に戻るな」


「えへへっ」


 きっと、ためらわない。


 俺は自分の『降臨の腕輪』に目を向ける。

 宝石が輝いている腕輪だ。その宝石の部分は眩しい。


 だけど、もしこれが黒く濁った時、俺は何を思うだろう。

 黒い腕輪。腕輪の所有権が破棄される。


「破棄された後は、どうなるのかな」


「譲渡されるよ。主人の器がある人に。そしてご主人様はその人の眷属になると思う」


「……眷属に」


「そこから先は私にも分からない。だってそうなった時、私もいなくなる時だから」


 過去に戻ることができる力を持っているテーゼル。


 それを使ったら彼女自身も出てこれなくなる。


「つまり、私は、役立たずってことだね」


 笑みを浮かべながら、テーぜルは明るく告げた。


 けれど。


「そんなことない。テーゼルのスキルは、こうやって俺を腕輪の中に呼べるスキルだ。過去に戻れるスキルなんておまけだ。だから使うなら、腕輪の中に呼ぶ力だけを使って欲しい」


 そして、過去に戻る力は使わなくてもいいように、今の俺がしっかりしないといけない。


「ご主人様っ」


 俺はテーゼルの頭をそっと撫でる。テーゼルはじゃれつくように、足をパタパタさせていた。


 でも、俺もどういうものか気になっていたもんな。

 腕輪の中がどうなっているのかを。


「結構広いし、落ち着く気がする」


 これが腕輪を通じて、いろいろ伝わって来る感覚なのかもしれない。

 つまりこれはテーゼルの感覚。


「えへへ、ありがとっ。ちなみにコーネリスちゃんの腕輪の中はこうだよ」


 人差し指を上にあげる。

 すると空中に、可愛らしい赤色の花が咲いている光景が浮かんできた。


「メモちゃんとジルちゃんはこう。ヒリスちゃんはこうだよ」


「あ、こら。勝手に見たら、だめじゃないか……」


「えへへっ」


 彼女は照れたように、ごめんなさいと謝った。

 その笑顔は子供っぽくて、邪気のない感じがした。


「ご主人様、あのね、もう少しお喋りしてもいい?」


「うん。しよう」


 その後、俺たちは時間が来るまで、互いの話をした。


 それが新しい眷属、テーゼルと過ごした時間だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る