第120話 魅惑なピンク


 ……ダメだということなんて、自分でも分かっている。


(テオは私たちのために残ってくれたんだから……)


 けれど。

 だからと言って、止められるわけがないのだ。


「それでもダメだよ? だから、私が来たんだもん」


 そう言って彼女は、テトラたちの元へと駆けつけたのだ。



 * * *



 桃色の聖女モーニャ。

 桃鳥の加護を受けている彼女が、テトラたちの元へと降り立った。


 肩ほどまで伸びている桃色の髪。純白の衣装を身に纏った可愛らしい少女。

 年齢は16歳ほど。テトラたちと同世代だ。


 その背後で羽を休めるのは、桃鳥である。


「桃鳥ちゃん。ここまでありがと」


『ぐえ……』


 モーニャはそのクチバシをひと撫でした。どこか眠そうな顔をしている桃鳥は気怠げに鳴いた。


「それで、ソフィアちゃんは久しぶり。テトラちゃんたちは初めまして。私は、モーニャ。聖女だよ」


 モーニャは挨拶をする。


「私はコーネリスよ。聖女様が何のようかしら?」


 警戒しながら前に出るのはコーネリス。


「コーネリスちゃんだ!!!」


「そ、そんなキラキラした目で見ないでくれるかしら……?」


 ……悪い人ではないというのを、コーネリスはなんとなく感じ取った。

 それに敵意がないこともだ。


 それに、彼女は聖女だ。聖女は教会に所属している存在。けれど、聖女はテオのことを知っていて、何かと協力してくれたりもする者たちなのだ。


「私もね、テオくんが指名手配されたから、駆けつけたの。私が先にテオくんと接触するんだって! そして保護して、私のお部屋で一緒に過ごすんだって!」


「テオは……私のテオだよ??」


「!?」


 瞬間、モーニャの目の前にテトラの顔があった。

 虚ろで、真っ赤な瞳をしているテトラの顔だ。


 その瞳に射抜かれたことで、モーニャは息が止まるかと思った。


 けれど。


(……テトラちゃん。それぐらいテオくんのことが心配なんだよね)


 モーニャも見ていたから知っている。あの日、テトラとテオが村から出ようとしていた日の事を。


「それで、みんなはどうしてテオくんと別行動してるのか聞いていい? そこはまだ知らなくて」


「では私から説明します」


 面識のあるソフィアが、先ほど起こったことをモーニャに説明することにした。


「なるほど。フードのやつがテオくんを……。じゃあテオくんはみんなを逃すために、一人で残ってるんだ。かっこいいね」


「でしょぉ……!? テオはね、かっこいいの!」


(テトラちゃん、テオくんのこと、とっても大好きだ)


 テオの事が話題になった瞬間、キラキラと目を輝かせるテトラ。


 それぐらい好きなのだ。

 だからこそ、不安なのだ。


「でも、このままだと……テオ、死んじゃうかもしれない……」


「だから、私たちは行かないといけないのよ!」


 コーネリスが堂々と言った。


 けれど。


「待って。落ち着いて。それなら、私が代わりに行くから、みんなは行っちゃだめだよ。みんなは安全な場所に避難する。それがテオくんの望みなんでしょ?」


「でも……」


「テトラちゃん、不安なんだよね。でも、大丈夫だよ。だって私は聖女で、テトラちゃんも聖女なんだから、リンクを繋げれるもん」


「おでこ貸して」と言ったモーニャが、テトラの顔を両手でゆっくりと包み込む。そしてそのまま自分の額をテトラの額にくっつけた。


 瞬間、バチバチと繋がる感覚があった。

 リンクの接続だ。


「これで完了。ソフィアちゃんとも繋ぎ直しとこ。ソフィアちゃん、この前のお役目の時に死んだからリンク切れてるもんね」


「ありがとうございます」


 バチバチバチと、ソフィアとのリンクも回復した。


 聖女同士はリンクで繋がっている。そうすれば、互いのことが分かるようになっている。

 例え離れた場所にいても、だ。


「そしてこのリンクで繋がってる私が、テオくんのとこに行けば、テトラちゃんたちも状況が分かるようになるよね。それで少しは安心できるかな」


「それは……」


「戦いなら任せて。いざとなったら、私の『魅了チャーム』で敵を足止めするから」


「「「み、魅了……」」」


 カッと、モーニャの瞳が開かれる。その顔には魅惑的な桃色の雰囲気があった。


「それに私には桃鳥ちゃんもいるよ。桃鳥ちゃん、ガリガリだけど、頑張る子なんだよ?」


『ぐえ……』


 まるで首を絞められたニワトリのような声で桃鳥は鳴いた。


「……その子、嫌そうな顔してるように見えるんだけど、本当に頑張れるのかしら……」


「えへへ。桃鳥ちゃん。頑張れる……よね?」


『ぐ、ぐえ……』


「「「やっぱり嫌そう……」」」


 露骨に目を逸らす桃鳥。けれど、モーニャに笑いかけられると、覚悟を決めたようで、コクコクと頷いていた。


「よし。だから、テオくんの救出は任せて。そしてテトラちゃんはまずその姿を解こ? その姿は危ないよ?」


 モーニャは見る。目の前にいるテトラの姿を。髪の色が濁った色になっている、危ない魔力を纏っているテトラだ。その姿は魔族。いや、それ以上だ。


 こうしてそばにいるだけでも、その恐ろしさは嫌というほど伝わってくる。

 何より、今のテトラは、痛々しい。


 それを和らげさせるように、聖女モーニャはテトラの頭をゆっくりと撫でた。


 けれど。


「戻せないよ??」


「戻せないの!?」


「うん」


 テトラはキョトンとした顔で、頷いた。


 テトラもなりたくてなっているわけではないのだ。

 故に自分で戻ることはできない。


「うーん。テオくんがそばにいれば、戻れるかな?」


「多分」


「じゃあ、何にしてもテオくんか。さっきも言った通り、テオくんは私に任せて。あっちにはエリザちゃんもいるみたいだから、二人とも回収してくるよ」


 モーニャはそう言って、これからのことを説明する。


「それで、みんなに提案もあるの。実は向かって欲しい場所があってーー」



 ーー『モーニャ、こっちは準備できたよ。ここなら安全だよ』ーー



 その時、どこかから声が聞こえた。


「この声は……セリスティーナさん。緑鳥の加護を受けている聖女です」


 聞こえてきた声に、ソフィアが反応する。ソフィアは彼女のことも知っていた。


 緑鳥の加護を受けているセリスティーナ。

 それは聖女同士のリンクを通して聞こえてきた声だった。


「お、ちょうどいいタイミングだったね。別の聖女のセリスティーナちゃんも動いてくれてるの。あのね、なんか、拠点にできそうないい場所を整備してくれてるんだって。そこでなら、しばらくは安全に過ごせるんだって」


「お母様、どうする……?」


 コーネリスが聞く。


「……分かった。そうしよう」


「ありがとっ」


 モーニャとテトラの目が合う。


「多分、そうした方がいいんだよね……」


 テトラは彼女の力を借りることにした。

 ……もちろん、自分が彼のところに行きたい気持ちがないわけではない。だけど、彼はテトラたちを安全な場所に避難させたいと思っていたのだ。そしてモーニャが知らせてくれた事が、自分たちにとってもそうした方がいいというのも、また分かっている。


「ごめんね……」


「謝ることじゃないよ。テトラちゃん。テオくんは必ず私が連れてくるからね。約束っ」


「……うん。約束」


 指切りをする。


 そうして、テトラたちとモーニャは動き出すことになった。


「行くよ。桃鳥ちゃん。テオくんたちのとこに。もう一踏ん張りだ!」


『グエ……』


 桃鳥の背に乗ったモーニャが、テオの元へと飛び立った。



「私……任せてばっかりだ……」


 その後ろ姿を見たテトラが、ぎゅっと唇を引き結んだ。


 そんな自分が不甲斐なかった。



 **********************



 その時、俺は見た。

 桃色の髪をした少女が、空から飛んでくる姿を。



「テオくん、エリザちゃん。助太刀にきたよ〜〜〜!」



「! あれは、モーニャ……。いけません、テオくん。息を止めて目を瞑ってください」


 むぎゅりと黒髪の聖女エリザさんの胸に抱かれる。今は戦闘中だった。ドレスの女性とあのフードのやつとのだ。


 そして、空から参戦してきた桃色の髪のその少女は、上空で目をカッと見開くと、ピンク色の魔力を一気に解き放ちーー。



「虜になれ。魅了ーー《チャーム》ーー」



「「「!」」」


 瞬間、脳内が桃色に染められていく。


 その結果、俺、エリザさん、黒龍、ドレスの相手は同時にダウンすることになり、フードの相手たちとの戦いは思わぬ形で終了するのだった。


「テオくんとエリザちゃんと黒龍ちゃん。ここから離れるよ!」


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