第119話 桃色の聖女
* * * * *
桃色の髪が揺れていた。
「大きな魔力がある場所が、二つある……」
その少女は桃色の鳥の背中に乗って移動しながら、空からそれを確認した。
「あっちはテオくんとエリザちゃんか……。それで、こっちがテトラちゃんたちじゃないかな」
現在、大きな魔力が集まっている場所が二箇所ある。
一方は、テオ、エリザ、黒龍がいる地点。
そして、もう一方は、恐らくテオの眷属やテトラたちがいる地点。
桃色の髪の彼女は、彼ら彼女らに加勢をするために動いた存在である。
だから、自分は今から、どちらに行けばいいだろうか。
テオくんのとこか、眷属のとこか。
せっかく駆けつけたのだから、やはりテオくんのところか。
そう思った瞬間。爆発が起こっていた。
「うお!?」
彼女は激しいその爆風を受けながら、慌てて桃色の鳥の背中にしがみついた。
「こっちはテオくんの方だ……!」
爆心地はテオくんとエリザちゃんがいる方だ。
これはただならぬ事態だ。
「じゃあ私が行くべきは、こっちだ……!」
テオくんに助太刀だ……!
そう思った瞬間だった。
「うお!? 今度はなんだ!?」
遠くの方で、禍々しい魔力が空に立ち昇っていた。それは濁った魔力だった。
その方向は、恐らくテトラたちがいる方だと思われる。つまり彼の眷属たちがいる方だ。
そっちの方から、嫌な、取り返しのつかないような気配が、驚くほどにこちらにまで伝わってくる。
「まだ魔力が膨れ上がってる……。じゃあ、私が行くのは、こっちだったか……!」
桃色の髪の彼女は進路を変更し、それを止めに行くことにした。
「桃鳥ちゃん……! 頑張るよ……!」
『ぐえ……』
* * * * * *
「爆発が起こってる……。テオが死んじゃう……。行かなきゃ……」
「お、お母様、だめだって!」
その時、コーネリスはまた焦っていた。
テトラがテオの元へと、行こうとするからだ。行ってはダメだと言っているのに、どうしても行こうとするのだ。
しかし、それも仕方がないのかもしれない。
なぜなら今しがた、テオがいるであろうその場所から、大爆発が起きたばかりである。衝撃がこちらまで伝わってきた。離れた場所にいるのに、相当の爆発だ。
爆風が頬を撫でる。
最悪の事態が頭を駆け巡る。激しい戦いが起こっているかもしれない。向こうにいるテオは本当に大丈夫なのだろうか。
「……うう……うう”……っ。テオが……テオが……”」
不安を堪えれず、頭を押さえて唸るテトラ。
その瞬間だった。
ついに……テトラに限界が訪れてしまったようだ。
「……モオ……ダメ……」
「お、お母様、落ち着い、ぶぐはぁ……っ」
コーネリスが吹き飛んだ。
テトラが何かをしたわけではない。テトラの魔力が一気に外に漏れ始めて、それの圧力で吹き飛ばされたのだ。
瞬間、テトラの姿に変化が訪れる。
琥珀色の魔力を纏っていたテトラ。彼女から禍々しい魔力が漏れ出てきた。
濁った魔力だった。それがテトラの全身を覆っていく。
やがて、テトラの体がゆっくりと宙へと浮いていく。
テトラの髪の毛の色も変わり始めていた。
白銀色で毛先だけは琥珀色だった彼女の髪が、禍々しい黒に近い紫色に濁っていく。そしてテトラの頭部からツノが生えていた。三本だ。
口元からは八重歯が伸びる。琥珀色だった瞳は真っ赤に染まっていく。
ブワッと魔力が一際大きくなり、テトラの背中には濁った翼が広がっていた。
その姿は、魔族。
世界が色を変え、この場一面が禍々しい雰囲気に覆われていた。
「モウ……我慢デキナイ……」
「「「こ、怖い……。けど、美しい……」」」
見上げながら、メモリーネたち眷属が見惚れていた。
「見惚れてる場合じゃないの! お母様が暴走してるの!」
尻餅をつきながら、コーネリスはまた涙目になった。
なんだ、このテトラの姿は。悪魔じゃないか。
さっきまでのも怖かったのに、さらに怖くなっている。
自分は今から、こんなテトラを止めないといけないのだろうか。
テトラを止める。その役目だけは、コーネリスは忘れない。
「テオのとこ……いかないと」
「だーめ!!」
コーネリスがふわりと宙に浮く。両手を広げ、同じく宙に浮いているテトラの前に立ち塞がる。
テトラはテオのところへと行こうとしている。だから止めないといけない。
「コーネリスちゃん……だめ、だよ?」
「そっちの方こそ、だーめ!!!」
可愛らしく小首を傾げるテトラだが、だめだものはだめだ。
コーネリスはキッパリと言った。
「ご主人様のところに行ったらだめ! それよりも、お母様! 早くその姿を解くの!」
「うう”……そんなこと言われだっで……”……………」
「ご主人様の大好きな琥珀色の瞳が泣いてるわよ!」
「でも、テオがいないと意味ないよ??????」
(こ、怖い……)
情緒不安定である。
肩を震わせ泣きそうになったかと思ったら、急に真顔でグイッと顔を近づけて、正論を言ってくるテトラ。
ただただ、恐ろしかった。
「テオがいないなら、私が琥珀色でもそうでなくても、関係ないよ?」
「分かんないじゃない! あるかもしれないわよ!」
言いながら、コーネリスは考えを巡らせる。
どうする。どうすればここを食い止められる。
何を言っても、無駄な気がする。
だったら力ずくか……?
(いや、だめだ……。返り討ちに遭ってしまう……)
コーネリスが瞬殺されるシーンが容易く想像できる。
これはもう、無理なのではなかろうか……。
コーネリスは詰んでいた。
「「詰むのはまだ早いぞぉ〜! ツンデレ〜!」」
「誰がツンデレよぉ!」
嬉しくない声援が聞こえてきた。
後で、あのメモリーネとジブリールはとっちめてやらないといけないかもしれない。
しかし、その時。
女神が現れる。
「テトラさん、空を飛ぶのはいけませんよ。さあ、降りておいでっ」
「ソフィア、ちゃん……?」
「そうですよ。ソフィアちゃんですよ。ほぉら、こっちにおいでっ」
「ソフィアちゃん……だぁっ」
「「「降りてきた」」」
今まで静かに成り行きを見守っていたソフィアが、テトラに声をかけてくれたのだ。
そのおかげで、テトラが冷静になる。
これにはコーネリスもホッとした。
「さすがソフィア様ね」
(でも私、ソフィア様とはあんまり話してないから、いまいちどう話したらいいか分かんないのよね……)
コーネリスは苦笑いもする。
頼もしいソフィアなのだが、眷属間にもそういう悩みがないわけではない。
人間関係の悩みだ。
例えば、コーネリスにとって、ヒリスは姉のような存在だ。
メモリーネとジブリールは妹のような存在。
シムルグはペットだ。テトラはテオと同じで、主人のような存在だ。
しかし。
元聖女で、新しく眷属となったソフィアとは……まだあまり打ち解けれてはいなかった。だから気まずかった。距離感も難しい。
「さあ。コーネリスちゃんも降りておいで」
「あ、は、はいっ。ソフィア様」
お呼びがかかったので、コーネリスも地面に降り立った。
「これで一安心ですね。ホッとしました」
と、ヒリスが胸を撫で下ろしていた。
「ねえ、ヒリス……。あんた、ソフィア様と仲良くやれてる?」
「はて?」
首を傾げるヒリス。
けれど、今はテトラか。この話題は後回しだ。
今は、テトラを止めないといけない。
「ソフィアちゃん……どうしよう……。テオ、死んじゃう……。このままだと、死んじゃう……」
テトラが虚な目をしながら、ソフィアに相談していた。
「テトラさんは、テオ様のところに行きたいのですね」
「うん……」
「どうしても行きたいですか?」
「うん……」
「では、私もお供します!」
「こら! ダメだって言ってんでしょうがッ!」
「いたっ”!?」
べし! とコーネリスはソフィアにツッコんだ。
(私、ソフィア様にチョップしてしまったわ……)
コーネリスは自分でも驚いてしまった。
急にボケるものだから、つい思わずツッコんでしまったのだ。
けれど。
「ソフィア様! だーめ!!」
「し、しかし、コーネリスさん。テトラさんが行きたいって言ってます。……だから、行かせてあげたい……」
「甘やかしたらだめ! 気持ちは分かるけどダメなの!」
「むぅ……っ」
「膨れても、だめ!」
ぷっくりと頬を膨らますソフィア。
「でも、あのね、コーネリスちゃん。テオ……死んじゃう……っ」
「お母様はさっきからそればっかり! だめったらだめ!」
「でも、テオが心配だよ……?」
「だめ!」
「コーネリスさん、だめ?」
「だめ!」
きっぱりと、却下するコーネリス。
「「二人で頼んでも、だめ……??」」
「う……っ」
うるうると瞳を揺らしながら、上目遣いをするテトラとソフィア。
二人がかりのおねだりだ。テトラはどうしても、テオのところに行きたいのだ。
そんな健気さを発揮する二人に、流石のコーネリスもーー。
「だめ!!!!!!!!!!」
「「うう……」」
折れなかった。
「「さすがあねご」」
「コーネリスちゃん、頼りになります」
キラキラとコーネリスを尊敬するメモリーネ、ジブリール、ヒリス。
「……でも、果たして本当にダメなのかしら?」
「「「え……っ」」」
ここで、ふと、コーネリスは考えてしまった。
「さっきから私、だめってばっかり言ってるけど、私たち全員で行けば、ご主人様の力になれるんじゃないかしら?」
コーネリスは、周りを見回す。
そこには、眷属たちみんながいる。
皆、テオの自慢の眷属たちだ。
その強さも折り紙付きだ。
ここにいる全員で行けば、テオの力にきっとなれるはずだ。
まず自分、コーネリスは転移が使える。
メモリーネとジブリールは、多彩な武器と軽やかな身のこなしが魅力的だ。ヒリスには魔力操作があり、シムルグは巨大化できて、人を乗せて飛ぶことで、戦いの場から離脱することができる。
そしてソフィア。彼女は元聖女だ。
そして眷属になったことで、新たな力も解放されているはずだ。
今の姿は戦乙女(ヴァルキリー)。
腰に下げてあるレイピアは飾りではない。その剣技はまだ未知であるが、器用そうな彼女なら軽々と扱ってしまいそうな気もする。
そして何より、テトラだ。
今のテトラは恐ろしい。彼女には力がある。聖女としての力。魔族としての力。眷属としての力。
その力を使えば、きっとなんだってできるはずだ。その先に何が起きてしまうのか……それは誰にも分からないけれど……。
(そうよ……、行けるじゃない!!!)
「うふふ……」
それに気づいた時、コーネリスは笑っていた。
「あははっ」
テトラも笑っていた。
「「えへへ……っ」
メモリーネたちも笑っていた。
「「「てへっ」」」
みんな笑っていた。
考えてみれば、簡単なことだ。いいや、最初から悩む必要なんてなかったのだ。
みんなで戦えば、勝てないものはない。
不安から解放された彼女たちは、心地よい気分に包まれていた。
「じゃあ……行くわよ!!」
「先頭は任せてください!」
ソフィアがレイピアを空に掲げる。
その姿はまさに姫騎士。もしくはヴァルキリー。
テトラを中心に、各々が陣形に着く。
コーネリスも赤い炎をたぎらせながら、ギラギラと瞳を輝かせ、やる気に満ち溢れていた。
(待っててね、ご主人様。ご主人様には、私たちがついてるんだから……!)
そうして、コーネリスが転移の力を使おうとしていた時だった。
「こらぁぁぁーー! 禍々しい力を使ってるのは誰だぁぁぁ〜〜!!!」
「「「!」」」
桃色の粒子とともに、桃色の鳥の背に乗っている少女が空から現れた。
「あれは……桃鳥の加護を受けている聖女、モーニャさんです」
その聖女様は、血相を変えて怒っていたのだった。
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