第118話 大爆発


「テオくん、気をつけてください。あの腕輪から嫌な気配を感じます」


 隣にいる聖女エリザさんが、敵の右腕にある腕輪を見ながら警戒していた。

 黒い腕輪だ。


「テオくんの腕輪と一緒です。今、眷属の皆さんは?」


「遠くに避難してもらってます」


 今頃、コーネリスの転移でここから距離を置いてくれているはずだ。

 コーネリスならきっと上手くやってくれている。


「信頼、しているのですね。そういうところ、素敵だと思います」


「……ありがとうございます」


 ……俺はそう言いながら、自分がそう言ってもらえる立場ではないというのを後ろめたく思った。

 酷なことをしてしまったと、そうも思っているからだ。


 コーネリスにも。

 みんなにも。そしてテトラにも。


「でも、エリザさんはどうしてここに……」


「決まっています。テオくんのお手伝いをするためです。それに、テオくんを捕まえるのは、この私だからです」


「だから誰にも先を越させませんよ」と彼女は微笑んでくれた。


 そして相対している敵を見据えながら、剣を構え直した。


 フードの相手だ。


「…………」


 敵は何も語らない。ただ魔法の剣を握って、俺たちの前に立っているだけだ。


 その時。



 ーー『テオくんと戦う理由はないわ。あなたもそれは分かっているはずよ』ーー



「「!」」


 敵の黒い腕輪が黒く光った。


 そして、フードの人物の隣に、一人の女性が現れた。


「こんにちわ。テオくんとエリザちゃん。初めまして。よろしくね」


 そう言って、ドレスのスカートの端をつまんで挨拶をしてくれる女性。

 黒いドレスだった。顔は見えなかった。黒いケープのようなもので、相手は顔を隠しているからだ。

 けれど、耳は見えた。その耳は尖っていた。その女性はどこか大人びた女性だった。


「……あの腕輪から出てきたということは、眷属でしょうか。あの腕輪はテオくんの腕輪と似ていますから」


 エリザさんが警戒をしながら、そう推測する。


 けれど。


「残念。私は眷属ではないわ。私が主人。こっちの子が眷属よ」


「……っ」


 ぽんぽんとフードの人物の頭が優しく撫でられ、それに対してフードの人物が戸惑っているような反応を見せていた。


 あっちが……眷属。


 よく見ると、新たに現れた黒いドレスの女性の右腕にも腕輪が嵌っている。


「ごめんなさいね。テオくん。別にこの子もあなたに恨みがあるわけではないの。ただ、飛んだ先で急に出会ったから、反射的に体が動いたみたいなの。この子もこの子で戸惑ってしまったのよ」


「……っ」


 フードの人物が息を呑んだのが分かった。

 顔は見えない。


 その二人の様子を見ていると、確かに女性の方が主人、フードの方が眷属という感じがする。


 しかし、だからと言って、それで安心できるというわけでもない。


「でも、あそこでテオくんの眷属を逃したのは正解よ。だってそうしなかったのならば、あなたの眷属たちは死なされることになっていたんだもの」


 そう言って、女性はフードの人物の方を見て少し悲しそうな目をしていた。


 けれど、悲しい目をしたいのはこちらの方だ。


「でも、もう安心して。テオくんに害を加えることはないわ。そっちのエリザちゃんにも。だって二人は悪くないもの」


「おかしな話ですね。それを信用しろというのですか?」


 エリザさんが剣をドレスの女性の方へと向けた。


「敵に安心しろと言われても、それを信じれるわけがありません」


「でも、あなたたちも一応は敵同士じゃない。聖女殺しと、聖女エリザ様。教会に所属している者と、教会から追われる者。でしょ?」


「ぐぬ……」


 エリザさんが言葉に詰まる。


 ……でも、そうなのだ。

 俺たちも一応は敵同士なのだ。


「い、今はいいのです。休戦をしているのですから。ですよね、テオくん」


「あら、ずるい。正しい心の持ち主の聖女エリザさんらしくない。不正はいけないと思います」


「ぐぬ……」


 エリザさんが唇を噛んでいた。



「……けれど、黒龍は別。せっかくだもの。ここで消しておいた方がいいかもね」



 途端に、空気が変わった。


「……ッ」


 ドレスの女性が黒龍の前にいて、剣を振るっていた。

 鋭利に削られた針のような剣。素材は木材。あれは神樹ユグドラシルで作られた剣。


 その黒龍に振るわれた剣を、止めたのは聖女エリザさんだ。


「……うちの加護龍に何かご用でしょうか」


「あら、残念」


 互いに剣を弾き、一定の距離を取る。


「黒龍さん。あなた、狙われていますよ。何かしたのですか?」


『ううん……してない。でも……狙われるとするのなら、その理由はボクが黒龍だから』


「……ああ。了解です」


 エリザさんが聞いたのはそれだけだった。深くまでは聞かなかった。


 確か黒龍は、聖女に加護を与える加護龍の中でも、複雑な立場にあると聞いたことがある。神聖なものを崇める教会の中でも、その不吉な色の鱗は忌避されているとも。


「……おい、やめろ」


「やめないわ。あなたも同じことを、身をもって分かっているはずじゃない」


「……」


 ここで、フードの人物とドレスの女性が何やら言い合っているのが聞こえた。


 仲間割れだろうか。


「……ごめん。でも、確かめるだけにするから」


「……分かった」


 そう小声で言い合った後、フードの人物の姿が黒い魔力で覆われた。やがてその姿は人のものではなくなり、一度ドレスの女性の腕輪の中に戻った後、その腕輪が光ると、一振りの黒剣がドレスの女性の手に現れた。


 フードの人物が剣になったのだ。


「どうやら、敵は本当に黒龍さんを狙っているようですね」


「ふふっ。大切ならば、守ってみなさい」


 剣を構えるエリザさん。相手も剣を軽く握り直す。

 そして同時に地面を蹴り、敵の剣がエリザさんの剣とぶつかろうとして、そこに俺は割り込んだ。


「「!」」


「……俺が相手になる」


 バチバチと赤黒い魔力を弾けさせる。そして、剣を振り払い、エリザさんの前に立った。


「エリザさん。ここは任せて、黒龍と一緒に遠くへ逃げてください」


「で、でも……」


「黒龍が大事なら早く」


「!」


 彼女の前に立って言う。


 俺とエリザさんがこうして直接会ったのは、まだ二度だけだ。

 その二度とも、エリザさんは黒龍と共に現れた。そして今回、エリザさんは黒龍を守っている。

 エリザさんにとって、黒龍がどんな存在なのかは分からない。けれど、聖女のエリザさんに加護を与えている存在な、ただそれだけではない気がする。彼女にとって黒龍というのは、かけがえのない存在なのではないだろうか。


 そんな存在を失うのは……だめだ。


 そもそも、今のこの状況は、元々俺のせいでこうなっているのだ。


「……ごめんなさい。テオくんを守るためにきたのに、私たちがテオくんに守ってもらうことになってしまいました……。これでは、迷惑をかけてしまっているだけです」


「いいえ。エリザさんが来てくれたから、心強かったです」


「……っ」


 申し訳なさそうにしていたエリザさんの唇がキュッと引き結ばれる。

 その後、微かな逡巡ののち、少しはにかんだように微笑んでくれた。


「……これがテオくんなのですね。承知しましたっ」


「『承知しましたっ』じゃないわ。簡単には逃さないわ」


 敵が剣を空に向ける。

 そうすると、上空に敵の魔力がばら撒かれ、それが流星のように落ちてくる。


「隙を見て逃げてください」


「承知しましたっ」


 俺たちは避ける。そして剣で敵の攻撃を弾き、接近して振るってきた敵の剣を、俺は自分の剣で受け止めた。


「二人とも、厄介ね……。全然素直じゃない」


 敵が剣を持ち替える。その手に持たれていたのは、魔法の剣。


「いいわ。だったら望み通りにしてあげる」


 俺は打ち合う。


 魔法の剣と魔法の剣がぶつかり合い、幾度かの撃ち合いの後、同時に刀身にヒビが入った。


 俺はその次の攻撃を、ヒビ割れた部分で受けた。相手も同じようにひび割れた部分で受けていた。


 バキンと魔法の剣が砕ける。魔法の剣は、砕けた時にこそ、その真価を発揮する。


 属性は、雷。それが同時に発動した。


 結果、周囲一面に大爆発が巻き起こった。俺、エリザさん、黒龍、相手を巻き込んでの、大爆発なのだった。


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