第117話 コーネリスの奮闘

 * * * *


「コーネリスちゃん、離して!」


「お母様、ダメだって!」


 その時、コーネリスは必死だった。


 必死で、テオの元へと戻ろうとするテトラを引き止めていた。


 ここは先ほどいた場所から、かなり離れている場所である。コーネリスの転移であの場から逃げた彼女たちは、ひと気のない草むらへと場所を避難できていたのだ。


 これで一見落着……かといえば、そんなことは全くなく。

 むしろ、こっちもこっちで大変なことが起ころうとしていた。


 テオと離れたことで、テトラが不安定になっていたのだ。


「死んじゃう……このままだと、テオが死んじゃう……」


「で、でも、ご主人様は私たちを守るために、残ってくれたのよ?」


「テオが死んだら、意味がないよッ!!!」


(こ、怖い……)


 コーネリスは泣きそうだった。

 いや。すでに半泣きだ。


 今のテトラは恐ろしい。

 まずその顔だ。表情がなくなっている。

 テオと離れてからこうなった。いつも穏やかな笑みを浮かべてくれるテトラなのだが、今はそれがない。

 無、だ。


 怒っている今だって、表情は無表情だ。無表情で怒っている。

 これは怒りが表情を通り越してしまい、顔の筋肉が機能していないのである。人というのは、時に限界を通り過ぎるとそうなってしまうようだ。

 それぐらい、今のテトラは取り乱していた。


 そして、目。

 光が灯っていない。虚ろで、まるで死人のように絶望した目。

 普段は琥珀色の輝きがあるその目が、死んでいた。


 そして、テトラも泣いていた。

 血のように赤い涙だった。それが頬を伝ううちにどんどん黒くなっていくかのようだった。


「うう……”うう……”」


(まずい……このままだと……)


 コーネリスは焦った。


「お、お母様、落ち着いて。落ち着いて、私の顔を見て?」


「見たよ……?」


「!」


(怖ッ!?)


 ギョッとした。

 目の前にテトラの瞳があったのだ。

 感情のない虚ろな死人の目。


「見たよ……? 落ち着いてるよ? もう……テオのとこ、いける?」


「い、いけないいけない。まだいけない!」


(どうしよう、どうしよう……!)


 コーネリスは必死で目を逸らさないようにして、頭を回転させる。……どうすればこの怖いテトラを止められるのだろう。……自分にできることは何なのだろう。どうすれば、どうすれば……。


「ねえ、ちょっと……。みんなも手伝ってよぉ」


「「「い、いやだ、怖い」」」


「ちょっとぉっ!」


 少し離れたところ。

 メモリーネとジブリールが怯えながら、ヒリスに抱きついていた。


 丸投げだ。コーネリスにテトラを止めることを丸投げしていた。


 普段は落ち着いている大人っぽい紫色の眷属ヒリスも、今ばかりは焦っていた。


「コーネリスちゃん。恐らくお母様は、ご主人様と離れたことで不安定になっているのだと思われます……」


「んなこと分かってるわよっ! そうじゃなくて、いつもみたいに解決策を思いついてよぉ!」


「ご主人様の元へ戻れば、解決すると思われます」


「それも分かってるの!」


 それができれば、どれだけ幸せか。


「で、では、どうすれば……」


 と、オロオロと焦っているヒリス。


(案外このお姉さんは、ポンコツなのかもしれないわ……)


 結果。

 コーネリスは一人でテトラのことを止めないといけなくなっていた。


「あのね、コーネリスちゃん。大丈夫だよ?」


「お母様……?」


「全然大丈夫だよ?」


(絶対大丈夫じゃない……)


 ここでようやくテトラが笑みを見せてくれるも、全然大丈夫そうではなかった。


 むしろ、なぜ、ここで笑ったのだろう。

 それはあきらかに大丈夫じゃない人の行動だ。


「だめ! だめだめ! 絶対だめ! 私はご主人様に任されてるの! お母様たちを安全な場所に避難させないといけないの!」


「みんなってことは、テオもだよ? テオがいるから、私たちだもの」


「今は例外なの! ご主人様以外のみんなが、避難しないといけないの!」


「でも、テオが帰って来なかったら、私……うう”……っ」


「ああ……泣かないで……」


 コーネリスがテトラを抱きしめ、ゆっくりと頭を撫でる。


「「「泣ーかせたー、いけないんだー」」」


「うっさいわね! 私だって泣きたいわよ!!!」


 ヤジを飛ばしてくる他の眷属たち。


 どうして自分だけ……と思うものの、コーネリスはその使命を自分で背負っている少女である。


 ……汚れ役も、面倒なことも、全部私の役目よ!


 それがコーネリス自身が、自分に課した使命なのだから。


「ご主人様、ここは任せて……。私、頑張るから」


 もし、ここを乗り切ったら、褒めてもらい、抱きしめてもらおう。そうしよう。とコーネリスは根性で自分を奮い立たせるのだった。


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