第116話 フードの男

 * * * * * * * *


「え、エリザ様、ご報告です」


 黒髪の聖女エリザの元に、教会の者が息を切らして報告に走ってきた。


「テオくん……いえ、聖女殺しメテオノールが見つかったのですか?」


 艶やかに伸びる黒髪を揺らし、エリザがその報告を受ける。

 ここは教会に関係する建物の中だ。エリザはそこで、各地で動き始めた魔族の動向を伺いつつ、指名手配中のテオを行方も追っていた。


「は、はい。いえ、その通りなのですが……なんとお伝えすればいいか……」


「?」


 言葉を選んでいるというわけでもなさそうだ。

 だったらどうしたのだろうかと、エリザは要領を得ないその報告を聞いた。


「……聖女殺しと特徴は似ているけれど、聖女殺しかどうか疑わしい人物……ですか」


「え、ええ……。なんでも、黒いローブにフードを被り、腕輪をしている人物だったとか……」


 目撃情報があったらしい。

 それは誤った情報の可能性ももちろんあると思いつつ、エリザはそれについて考える。


 黒いローブの、腕輪をしている人物……。

 ローブの色は彼とは違う。彼のローブは琥珀色だ。決して黒ではない。

 けれど、腕輪を嵌めているという特徴は一致している。


「黒龍さんはどう思いますか?」


『うーん、それは聖女殺しなんじゃないかな? 僕はそんな気がするよ? あと胸騒ぎもするよ?』


「奇遇ですね。私もです」


 どうやらその人物が目撃されたという場所は、以前、聖女ソフィアが住んでいた屋敷がある街の側とのことだった。


「黒龍さん、お願いします」


『急いだ方がいいかもね』


 そうして聖女エリザは黒龍の背に乗り、真相を確かめるべく、現場に駆けつけるのだった。



 * * * * * * * *



 黒いローブで、目深かにフードを被っているという出立ち。

 身長は俺よりも少し高い気がする。

 顔は見えない。けれどそのローブの下から、右腕に嵌められている腕輪が見える。


 そんな人物が俺の目の前にいた。


 場所は、街から少し離れた距離の草原。

 この人物はどこからか急に現れたのだ。直前まで、俺の周囲に誰の気配もなかったはずなのに。唐突に、いきなり、ここにいて、俺に剣を振ってきた。


 すぐに分かった。この相手は、何かがおかしいということに。

 教会からの追っ手だろうか、もしくは魔族だろうか。

 それか、もっと別のやつだろうか。


「…………」


 相手は口を開かない。

 俺はその人物を改めて見てみる。


 その右手に持ってあるのは、剣。黒く濁った剣だ。材質は鉱石だ。

 ……あの素材は俺もよく知っている。魔石だ。つまりあれは魔石を加工して作られた『魔法の剣』だ。


 ……俺がいつも使っている魔法の剣と、同じやつだ。


 そして腕輪。……あれは『降臨の腕輪』によく似ているように思える。


「……くっ」


 刹那。

 再度、剣が振るわれた。

 咄嗟に俺も腰から剣を抜き、その剣を受け止める。


 ガン、と鉱石同士がぶつかる鈍い音が響いた。


「…………」


 相手は何も喋らない。

 鍔迫り合いで、睨み合う。


 俺は剣を弾き、距離を取る。そこに詰められ、再び撃ち合う。


「……くそッ」


 俺は剣をぶつけながら魔力を練り込む。


 バチバチバチ……ッという弾ける赤黒い魔力が、相手に襲いかかった。


 が、その瞬間、同時にこちらにも赤黒い弾ける魔力が襲いかかってきた。


「……っ」


 ……その時、感じたのは息苦しさだった。相手の魔力が俺の体に纏わり付いてくる。


 同時に、誰かが死んでいる映像が脳内を駆け巡ってきた。

 血の雨、嫌な温もり。


 不思議な感覚だった。ただただ嫌な光景だった。


『テオ!』


 腕輪からテトラの声が聞こえ、俺は我に帰った。

 そして頭を振って、相手のローブの下の左腕を見た。


 相手は角度を変え、俺に左腕を見せることはなかった。


「…………」


 目的はなんだ。


 撃ち合ってみて、分かった。

 この相手は教会の者ではない。魔族でもないと思う。

 だとすると、それ以外。指名手配をされている『聖女殺し』の俺を、賞金目当てで狙ってきた……という、ただそれだけの可能性もなくはないけれど、それとも少し違う気がした。


 相手の狙いが分からない。


 ……けれど。


「……逃げたいのなら逃げればいい」


 フードの人物がここで言葉を発した。何の感情もこもっていない声だった。

 俺は相手から目を逸らさないまま、魔力を練り上げて、それをぶつける。衝撃で、俺たちの距離が離れる。



 そして俺は、その時に自分の左腕に嵌められている全ての『眷属の腕輪』を全部外した。



「「「「な!?」」」」


 一瞬光った後、みんなが腕輪の中から出ていた。


「テオ!? 何で!? だめだよ……!」


「コーネリス、テトラたちを連れて遠くに転移だ」


「……っ。わ、分かったわ」


「!? テオ、ま、待っーー」


 その時にはコーネリスの転移が発動していて、メモリーネ、ジブリール、ヒリス、シムルグ、ソフィアさん、テトラの姿がこの場から消えていた。



「…………」


 風が吹く。この場にいるのは、俺とこいつの二人だけだ。


「……お前は逃げなくてもよかったのか」


「お前の狙いは俺だけだ。だったら俺が逃げる必要なんてない」


 何より、俺が今みんなと一緒にいると、みんながこいつに殺されてしまう気がした。


「……よく分かってるじゃないか。『聖女殺し』のメテオノールくん」


 それは自嘲するように放たれた、皮肉を込めたような言葉だった。


 そして再び剣を握った相手が、地面を蹴ってこちらへと武器を振ってくる。

 俺はそれを交わし、相手の腹部へと剣を放つ。躊躇いはない。殺すつもりで放った剣だ。


 相手も俺のことを殺すつもりで、俺の攻撃を避けると、首目掛けて剣を振り下ろしてくる。


 切るようではなく、叩き潰すように。


 魔法の剣は、切れ味よりも魔石という硬い石の力を利用して一撃を放つ武器だ。それを相手は完全に使いこなしている。そしてその魔法の剣は、自分で削ったような手作りの剣だ。見れば見るほど、よく分かる。


 そして、剣をぶつけている際に見える相手の黒く濁った腕輪が目に入ると、俺はどうしてもそちらに気を取られてしまっていた。



「助太刀します」




 その時だった。

 急に空が暗くなり、圧迫感が襲ってきて、一体の龍がこの場に姿を現していた。


 それは、漆黒の体躯を持つ巨大な竜、黒龍だ。


 そしてその背には、黒い髪をした聖女、エリザさんが乗っていた。


「また会えましたね、テオくん。お手伝いします」


 黒龍の加護を受けている聖女エリザさんがこの場に駆けつけてくれたようだった。


 そして彼女たちが降り立つ。


 しかし……。


「「!?」」


「!? 黒龍さん、着地の位置が逆です! フードの人物側に降りて、どうするのですか! テオくんは、あっちです!」


『あ、あれ……? おかしいな……。そっちがテオくんだったか……』


 フードの人物側に降り立っていた黒龍が移動し、俺の隣に移動する。


 そうしてエリザさんは腰から剣を抜くと、俺の隣に立って、黒龍と共に、フードの人物と向かい合うのだった。


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