第112話 懐かしい街と、例の魔道具店


「聖女殺し、逃がさないわ!!!」


 背後から、怒りを込めたような声が追いかけてくる。


「逃げたって何も変わらないわよ……!!!」


「「そうだそうだ!」」


「……う”」


 ……その一言は、図星をつくものだった。



 現在、俺は走って逃げていた。

 追ってくるのは、エルフの少女たち四人。冒険者パーティ『幻影の妖精姫』の少女たちだ。


 永遠と広がる草原を走る彼女たちからは、びしびしと敵意が伝わってくる。


「……逃がさないわ!」


 その中でも、油断ならないのが剣士の少女イデアさんだ。

 彼女は刀身をむき出しにした剣を脇に構えて、弾丸のように突っ込んできていた。


「ティナさんの予知が命中だ……」


「メテオノールさん……私、重くないですか?」


 そして俺が抱き抱えている巫女ティナさんは、頬を赤く染めて恥ずかしそうに上目遣いで聞いてきた。


 こうなったのは、数分前。

 シムルグの背に乗って空を移動していた俺たちだったが、シムルグが疲れてしまい、羽休みのために地上に降りることにしたのだ。

 今日は飛びっぱなしだったもんな。


 ……しかしそのタイミングで、彼女たち『妖精の幻影姫』とばったり遭遇してしまい、こうして逃げているというわけだった。


『カモフラージュが破られてしまいました。彼女たちエルフには妖精の力が宿っているからでしょう……。効果を変更する必要があります』


 と、それからのヒリスはカモフラージュのスキルが良い方向に向かうように、模索を初めてくれた。


 一応みんなは腕輪や指輪の中に宿ってもらっている。姿を表しているのは俺とティナさんだけだ。ティナさんは眷属でも従魔でもないから腕輪の中には宿れない。だから俺が抱き抱えて、走っている。


「私、お荷物です……」


「別にお荷物なんかじゃ……。あなたをあの塔から連れ出したのは、そもそも俺だから……」


「うう……ほんとぉ……?」


 俺の腕の中にいるティナさんが、うるうると瞳を潤ませながら、俺に頬擦りをしてきた。


『て〜〜お〜〜〜』


 それを見て、腕輪の中からジトっとした目を向けてくるテトラ。


『お姫様抱っこ……。私も前にテオ様にやってもらいました……。あの時は、いけない気持ちになりそうでした……』


 ソフィアさんも腕輪の中で、もじもじし始めていた。


「テオくん……! 私の前でいちゃつくなんて、ズルい……!」


「「「……イデア!? なんかイデアだけ、追いかけてる理由が違くない!?」」」


 背後からは、エルフの少女たちが仲間割れを起こしそうな気配がした。


 でもこうなったら、しょうがない。


「コーネリス、いつもごめん。頼む」


『任せてよね!』


 刹那、俺の体を真っ赤な炎が包み込み、一面に業火が発生した。そしてその目眩しの中にいた俺は、コーネリスの『転移』で彼女たちの目の前から転移したのだった。



 ******************



『ここはあの街ね』


 転移先だったのは、見慣れた街だった。

 立ち並んでいる建物。少し歩くと冒険者ギルドがあり、ソフィアさんの屋敷もあるあの街だ。

 俺とテトラが初めて訪れたことがある街で、以前、数日間滞在したこともある街でもある。


『だから、エルフの冒険者たちが近くにいたのね』


(シムも無意識にこの街に向かって飛んでたのかもしれないの)


 この街では色々あったもんな。

 シムルグの件があったのもこの街にいた時だし、あの時にエルフの冒険者の彼女たちとも会ったのだ。そう考えると、何か必然的なものを感じるかもしれない。


「とりあえず、せっかく街に来たんだし休憩していこうか」


『『いいの!?』』


「うん」


 俺は腕輪をそっと撫でて、頷いた。


「みんな疲れてるだろうし、俺も少し疲れた」


『『お疲れ様です』』


 ねぎらいの言葉。


 今日は、次から次にいろんなことが起こってるもんな。

 教会に囲まれて、魔族もやってきて。巫女様がいる塔でも色々あって、エルフの少女たちとも遭遇した。全部、一日に起きた出来事だ。疲労を感じる。みんなも色々力を使ってくれているから、休息は必要だ。


 もちろん、この街でも『聖女殺し』の悪評は広がっていると思うから、それには気をつけないといけない。


「私、街に来るの、ほとんど初めてです……」


 俺の隣にいるティナさんが、夢中になって街の中を見回していた。


 決まりだ。


「行きましょうか」


「は、はい」



 俺はティナさんと一緒に、石畳の地面の上を歩き出した。

「いらっしゃい!」と客呼びをする屋台の声が聞こえてくる。そこで売ってある食べ物を眺めながら、腕輪の中にいるみんなが食べたいものを言ってくれるから、俺はそれを買っていった。


「ティナさんも、熱いから気をつけてください」


「あ、ありがとうございます」


 買った串焼きを、ティナさんに渡す。


「は、はふはふっ……美味しい……」


 と、ティナさんは猫舌ぎみのようだったが、それでも美味しそうに食べてくれた。


 そして買った串焼きを腕輪に近づけると、それが吸い込まれるように、腕輪の中に入っていく。


『『おいし〜〜!』』


 こうすれば、みんなも食べれるのだ。


「メテオノールさんも……美味しいですか?」


「はい。美味しいです」


 ほのかに香る甘辛いタレの味を感じながら、俺も頷いた。

 少し硬めの肉だ。表面には網で焼かれた後がくっきりついている串焼きだ。


「テオくん、こっちの野菜焼きも美味しいわよ。はい、どうぞ」


「あ、ありがとうございます。イデアさん」


 俺は右隣にいるエルフの剣士イデアさんから、青々とした野菜が串刺しになっている、野菜焼きを食べさせてもらった。


『いつの間にいたのかしら……』


『『さすが、エルフの剣士だ〜』』


「私も精霊術の『転移』で追っかけてきたの。テオくんの場所なら、すぐに分かるわ」


 誇らしげに言うエルフのイデアさんは、その耳の先端を赤くしていた。


「今日はせっかく会えたんだし、デートをしにきたの。捕まえる気はもうないから、楽しみましょ」

 

 イデアさんはつい先ほど自然に合流していて、そのまま俺たちと一緒に串焼きを食べることになったのだ。


「テオくん、今度は甘いものを食べに行きましょ。美味しい所を知ってるから、巫女様も行きましょ」


「楽しみです」


 右からイデアさん、左からティナさんに挟まれ、俺は彼女たちの胸に両腕を挟まれるようにして、むぎゅむぎゅと抱きしめられながら歩き出した。


『て〜〜〜〜お〜〜〜〜』


「て、テトラ……」


 腕輪からジトっとした目を向けてくるテトラ。

 今日、二度目だ。


『こうなったらソフィアちゃん。今晩は、私たちも二人で挟んであげないと』


「今晩も、暑い夜になりそうです」


 腕輪からソフィアさんがモジモジとする気配が伝わってきて、なんだかいろんなところが熱気に包まれていた。


『今のご主人様の周りには、ピンク色の気配が漂ってるわ!』


 と、コーネリスがはきはきとした口調で指摘した。


 その後、イデアさんとは甘いものを食べた後に別れることになり、考えるのはこれからについてのことだ。


『せっかくですのは、おばさまの魔道具店に行くのはどうでしょう?』


「そう……だな。ヒリスの装備とか、ソフィアさんの装備とかも準備したいし、いいかもしれない」


 この街には、あの店がある。

 俺とテトラがローブを手に入れるきっかけになった魔道具店。あの老婆がいる魔道具店。

 そこで買ったローブにスキルを使ったことで、俺とテトラが今着ているローブが手に入ったんだ。


 俺の琥珀色のローブと、テトラの銀色のローブ。


 ヒリスとソフィアさんの装備も、色々と用意しておきたいと思っていた所だ。


 そして、俺も自分の服装を変えたほうがいいと思った、

 手配書に俺の格好についても書かれているのだから、そうした方が何かとメリットが多いだろう。



「確かあの店はこっちだ」


 街の大通りから外れた薄暗い路地を歩いていく。

 しばらくして、目的の魔道具店にたどり着いた。


 そして、その店のドアを開けようとした瞬間だった。

 ドアがギィ……と音を立てて勝手に開き、笑顔で出迎えてくれたのは、この店の店主なのだった。


「ヒッヒッヒ……メテオノールくんいらっしゃい。みんなのことも待っておったよ……っ」


「「「で、出た、不気味老婆」」」


「誰が不気味老婆だいッッッ!!」


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