第110話 これからの予知


 ……やってしまった、と思った。


 シムルグの背には巫女ティナさんが乗っている。


「本当に連れてきてもよかったのだろうか……」


 ……だめだったかもしれないと、思う気持ちもある。


「そんなことないわよ。ご主人様はもう少し女心を分かってあげた方がいいわね」


「彼女は囚われていましたから」


 コーネリスとヒリスが俺の腕を抱きしめて、「分かってないな〜」というような顔をしていた。俺はそんな二人の頭をそっと撫でた。二人にはさっき、かなり力を借りていた。


「私……塔の外に出ています……」


 呆然と、どこまでも広がる空と地平に目をやるティナさん。

 やがてその目には眩い輝きが宿り、彼女は鼻を啜って、少し涙ぐんでいるようでもあった。


 ……かと思ったら、ハッとしてこちらを見ると、慌てて土下座をしてきた。


「め、メテオノールさん。この度は本当に申し訳ございませんでした!」




 『星灯りの塔』を後にした俺たちは、シムルグの背に乗って空を移動中だ。

 塔はもう見えない。当たり前だ。さっき破壊したのだから。これは言い訳する余地もなく、俺がやってしまったことだ。


 そしてティナさんは、そんな俺たちに対し、逆に謝っていた。


「私はあなたたちを裏切ってしまいました……」


「あ、いや……」


 深々と頭を下げる彼女を俺は止めようとする。彼女にも事情があるというのは、なんとなく察した。あの塔を後にする直前、ティナさんには何か縛りのようなものがかかっていた気がする。それはすでに解除済みだ。


「恐らく制約だったのでしょう」


 と、解析してくれたヒリス。


 巫女ティナさん。彼女にも彼女で事情があるのだ。

 だから、謝る必要なんてない。

 そう思って、彼女の謝罪を止めようとしたのだが……。


 ーー違う。


 俺がしないといけないのは、多分、止めることじゃない。……こうだ。


「……別に謝罪は必要ない」


「メテオノールさん……」


「俺もあの塔を破壊したことを謝罪するつもりはないからな……」


 俺は彼女の方を見ずにそう言った。


「そ、それは別にメテオノールさんが謝ることではありません。だって私はあなたたちのーー」


「それ以上、言わなくていい」


 そうする方が多分、互いにとってもいいはずだと思う。


 俺たちはなんのしがらみのない関係にはなれない。


 彼女が悪いんじゃない。近い将来、俺は彼女に恨まれることになるかもしれない。このまま教会とのあれこれが続けば、そうなる可能性がある。


 その時が来ても、俺は彼女に謝らないと思う。


 だからーー。


「……っ。ごめんなさいメテオノールさん」


「こ、こちらこそ……すみません」


「「「結局謝ってる……二人とも」」」


 みんなが苦笑いをしていた。


「とりあえず私は、これから先、巫女の予知は使わないと約束します」


 ティナさんは後悔するようにそう宣言した。


「この力は人を不幸にする力です……。だから使わない方が、みんなのためです」


「いえ、それは使ってもらいます」


「そうよ! せっかく巫女様がこっちにいるんだもの! 使わない手はないわ!」


「うう……、どうすれば……」


 即時に却下するヒリスとコーネリス。

 ティナさんの決意虚しく、その宣言は破棄されることになる。


「とりあえずメモの未来を予知してください!」


「ジルもぉ〜」


「わ、分かりました……。……お二人の未来はですね……」


 メモリーネとジブリールが上目遣いでお願いすると、ティナさんは目を閉じて予知をしてくれた。


「見えました。お二人は……いずれ家出をすることになってしまうようです……」


「「なんでぇ〜〜!?」」


 驚く二人。


 二人には家出をしてしまう未来が待っているようだ。


「でも、家出か。初めて出てきた時のコーネリスみたいだな」


「そうだね……。あの時のコーネリスちゃん、一人で飛んで行ったもんね……」


 俺とテトラは懐かしい気持ちになってしまった。


「も、もう言わないでよ! あの時のことは、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 あれは、コーネリスが初めて眷属として出てきてくれた時のことだったな……。

 コーネリスは俺たちの元から、飛んで逃げてしまったんだ。

 あれも家出といえば、家出だ。


 そんなコーネリスとも一緒に、俺たちはシムルグの背に乗っている。

 そう考えると、何か感慨深いものがあった。


「なーんだ。コーネリスお姉ちゃんと一緒か」


「なっとくー」


「あんたたち失礼ね!」


「「きゃきゃきゃっ!」」


 脇腹をくすぐられて、キャピキャピと嬉しそうにする二人。コーネリスもどことなく嬉しそうだった。


「では次はコーネリスさんの未来を予知させていただきたいと思います。コーネリスさんは本当は優しい人です……。進んで嫌われ者の役をかって出たり、思いやりのある方です」


「「「「確かに……」」」」


「ねえ、私だけ、性格診断になっているんだけど!」


 コーネリスはいつもそうだ。

 さっきのあの塔でも、そうだった。


「コーネリス、毎回、本当にごめん……」


「べ、別にいいわよ……。私が進んでやってることだもの。ま、まあ、でもご褒美をくれるっていうのなら、後で頭を撫でてよね……?」


 俺の耳元でコーネリスがそんなお願いをする。

 その頬は赤く染まって、甘えるような瞳をこちらに向けていた。


 俺は頷く。してほしいことがあるのなら、なんだってしてあげたい。


「ん〜、じゃあ今、月光龍おばあちゃんたちがどこにいるのかは分かりますか?」


「アイリスさんもぉ〜」


「う、うーん……。……ごめんなさい。それは予知できなさそうです」


 予知の能力。

 分からないこともあるとのことだった。


 ちなみに月光龍さんたちは、俺たちとは別行動することになっていて、各地を見て回った後安全な場所にいてもらうことになっている。



「では巫女ティナ様。私も予知していただきたいことがあります」


「はい。ヒリスさん。何を予知すればいいでしょうか」


「今後のことです。今後、ご主人様がどうなるのか、先のことは何か予知できないでしょうか」


「分かりました……」


 そうして目を瞑るティナさんが、未来を予知してくれる。


「見えました……」


 目を見開くと、彼女はこれからのことを教えてくれた。


「ほどなくして、メテオノールさんが追いかけられている光景が見えます。エルフの四人組の冒険者です。我々は逃げております」


「また逃げるのか……」


 最近、逃げてばっかりだ……。


 申し訳なさそうなティナさんの言葉に、俺は苦笑いをした。


 このまま逃げ続ければ、どこかに辿り着けるのだろうか。


 その答えは、まだ分からなかった。


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