第107話 手配書の神官様
馬車から降りてきたのは、神官服の人物だった。
金色の髪で、目深い被り物をしている20代ほどの人物。
性別は男か女か……ぱっと見では判断できそうにない。
そんな教会の関係者。
何より、その顔には見覚えがあった。
「確か……前にギルドで見た神官だ」
あれは、ソフィアさんのお役目の時だったと思う。
冒険者ギルドで、ソフィアさんの家族と共に冒険者ギルドに訪れていた。あの時に見た覚えがある。
馬車にはその人物の他に数人乗っていたらしく、村人たちは先ほどの魔族たちの襲撃の出来事を伝えていた。そして、倒された魔族達を確認すると、すぐに事態の調査に乗り出す運びとなったらしかった。
ここで、森に潜んでいた教会の者たちにも、動きが見られた。
『なにやら焦っている気配がします』
「だな」
馬車から降りてきた神官服の人物を見た瞬間、森に潜んでいた者たちに動揺が見られた。
どちらも教会関係者なのだから、仲間ではないのだろうか?
「分かりました。ではこの賊たちはこちらで処理させていただきます。……おや」
ふいに、こちらに目を向ける神官服の人物。
目が合った。
村人に断りを入れると、神官服の人物がこちらへとやってくるのが分かった。
俺たちは対峙する。
「失礼する。あなたは先日、冒険者ギルドで会った方ではないか。こんなところで奇遇だな」
姿勢を崩さず話しかけてきた神官服の人物。
「少し話がある。村から離れよう」
そう言って一人で歩き出した後ろを、俺もついていくことにした。
そしてーー。
村近くにある森とは反対方向の場所に辿り着き。
「さて。前置きは不要だろう。まさかあの時の君が『聖女殺し』だったとはね」
神官服の人物は、本題を切り出した。
「先ほど、村人たちは言っていた。魔族たちは何者かの魔力によって倒された、と。恐らく君がやってくれたのだろう。それについては感謝をする。どうも、ありがとう」
被っていた帽子を脱ぎ、それを胸の前に持ってきてゆっくりと一礼をした。
「君のおかげで村人たちは死なずにすんだ。『聖女殺し』……。評判とはずいぶん違うようだな。私は『聖女殺し』の正体は魔族だという可能性もあると見ていたのだが、どうやらハズレのようだ。君は人間だ」
神官服の人物は苦笑い混じりに語る。そして懐から手配書を取り出し、こちらに見せてきた。
「これは、新しい手配書だ。それには『聖女殺し』の顔の特徴や容姿についてが記されている。例えば、腕には腕輪を嵌めているだとか、琥珀色のローブを纏っているだとか」
そう言って神官服の人物が視線をやったのは、俺の右腕につけられている『降臨の腕輪』にだった。
支配書には、聖女殺しは魔族の可能性あり……と記されてもいたのだが、神官服の人物はペンを取り出しその欄に斜線を引くと、間違いを訂正した。
「君に関しては、まだ分からないことばかりだ。だからどうだろう? ここで投降してくれないだろうか? 魔族も君を狙って動き出した」
「教会はそうなることも望んでいたはずだ」
「……そうだな。言い訳もできない」
刹那。
敵の手には、黄金に輝くメイスがあった。
至近距離。それが横薙ぎに、こちらへと振り抜かれていた。
ガンッと、衝撃音が轟く。
「ほお」
俺は魔石で作られた魔法の剣で敵の攻撃を受け止めた。そして弾いた。
一歩後ろに下がり、間合いを取る。
「今のを受け止めるとは」
敵も体勢を立て直すように、メイスを握り直した。
そこへ俺は、手に持っていた魔法の剣を投擲した。
「ぐ……ッ」
軽々とそれを叩き落とした相手。けれど、その衝撃で魔法の剣が砕けた。
魔法の剣は砕けた時こそ真価を発揮する。
中に閉じ込められていた魔石の力が解放されて、炎が敵の全身に絡み付いた。メイスでその炎はすぐに振り払われたものの、敵の髪の毛先がわずかに焦げていた。
ーー『ご主人様、森に潜んでいた教会の者たちが不意打ちを狙っています』ーー
ーー『ということは、私の出番ね』ーー
そして俺の左腕にある赤色の『眷属の腕輪』が光った瞬間、周囲に炎が爆発し、俺は月光色の魔力を周りに散りばながら、速やかにこの場を離脱したのだった。
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「あれが聖女殺しか……」
月光の光が降り注ぐ空の下、メイスを手にした神官服の人物が落ち着いた口調で呟いた。
聖女殺しがいなくなった。先ほどまで、自分は聖女殺しと対峙していた。言い方を変えるのなら、追い詰めていたと言ってもいい。
たまたま訪れた村で聖女殺しとバッタリ遭遇し、面と向かって会話もできた。
出来すぎていると、自分でも思う。
……いや、誰かがこの状況を作り上げていたのだ。
その誰かというのにも、すでに当たりはついていた。
「出てきなさい」
森に目を向け、魔力を使い、指を一度鳴らす。
その瞬間、自分の前に教会が定めた服装をしている者たちが強制的に転移させられていた。
『れ、レイシアさま……』
『ち、違うのです……』
『我々はただ……』
「黙れ。不届き者どもめ」
虫を見るような目を、地に伏している教会の者たちに向ける。
彼らは森に潜み、魔族たちが村に攻め入る瞬間も動こうとせず、村人たちの死すら見ぬふりをしようとしていた者たちである。
「あの老ぼれのジジイの手の者たちか。見苦しい」
彼らを率いているのは、かつてとある村で『聖女殺し』が聖女殺しと言われるようになったあの一件で、手酷くダメージを受けた老いた神父だろう。
教会も一筋縄ではなく、派閥があり、中には自らの益のために、他者を踏み潰そうという者たちもいるのだ。
その最もたる例が、教会でも上の立場の人物。あの神父だ。
「大人しく罪を認め、これ以上醜態を晒さなければ、まだ救いようなあったかもしれないというものを」
とりあえず、この教会の者たちは捕縛して、本部に持ち帰り、沙汰が下されることになる。
聖女殺しと、道外れた教会の者たち。
これではどちらが罪人なのか、分かったものではなかった。
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