第105話 だ、誰だ……。あの婆さん……。
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魔族の集団が動いていた。
「あの村だ。平和そうな村だ。だからこそ、我々の糧になるはずだ」
異形の姿。醜悪な笑み。角の生えたものや、魔物に近い姿をしているような者たちがいる。
先頭を歩いているのは、5メートルほどはあろうサイクロプスの上位種の魔族。その後ろを、部下の者たちが続いていた。
魔族たちだった。
「血が騒ぐぜぇ……」
額の刀傷を撫でながら、先頭の魔族は目前にある村を見てニヤリと嫌な笑みを向けた。
今からあの村を襲撃する。
後ろの者たちも、今からそれが楽しみだった。
ここは、のどかで、豊かな土地だった。
かつては荒れていたものの、人々の努力と試行錯誤により、数年前から徐々に環境が整って、住みやすい場所になった土地である。
そこにある村には、住民が100人ほど住んでおり、それぞれ世帯を形成して、日中は畑仕事をし農作物を育てていた。
真っ赤な身をつけた果実や果物が、もうすぐ収穫できるだろう。
村人たちはそれを心待ちにしていた。希望があるから汗水を垂らして頑張れるのだ。
……そんな村に魔族たちが近づいていた。
時刻は昼。
太陽が空の真上に上がったばかり頃の、正面からの襲撃だ。
「いいか、てめえら。俺たち魔族はこの時をもって、再起するんだ」
「カシラ……。わたし、血を飲みたくてしょうがねえ……」
後ろを歩く女の魔族が口から涎を垂らしていた。
「たらふく飲ませてやるさ。憎く、醜い、人間の血をな……!」
「さすがカシラだぜ……」
今から悲鳴を聞くのが楽しみだ。
かつて、魔族は人間に敗北した。いや……違う。人間に敗北したんじゃない。聖女に敗北したのだ。翡翠色の魔力を弾けさせるあの憎き聖女に、だ。
そのせいで、生き残った魔族達は窮屈な思いをすることになった。
だが、時代は変わった。あの聖女はもういない。恐れるものは何もない。
「これからは俺たちの時代だ」
そして今からあの村を襲撃し、その礎とさせてもらう。
「力をつけるためにも、血肉を食らおう。そして、他の同胞たちと同じように、我々も『聖女殺し』を確保する手筈を整えるのだ」
そして、あの村はそのためにもおあつらえ向きの村だった。
「あの村の近くには、教会の奴らもいるようなのだが、どういうわけか、こちらに手出ししてくる様子もない。俺たちに気づいてないわけがないのによぉ……。あの神父様の一派か? まったく、笑える話だ。村人達を見捨てるつもりかいねぇ?」
くくく、と笑う魔族。
そんなニヤついた顔で、そろそろ到着する村の正面を先頭になって堂々と歩き続けた。
その時だった。
「どちらさんだい……?」
村の外。木で作られた門の外にいた一人の村人が、その集団の存在に気づいて、手を止めた。
お年寄りの、女性だった。その手には、雑草が持たれている。おそらく草取りをしていたのだろう。
門のところには見張り代があり、そこには30代ほどの男が立っていた。村人の男は槍を片手に、こちらへ走ってきていた。村に接近する魔族の集団に気付いていたのだ。村人の後ろには、数人の武装した村人たちがいる。
カンカンカンと異変を知らせる鐘が、村に響き渡る。
魔族たちは、その鐘を気にすることなく、むしろ歓迎の鐘だとすら思えていた。
今から始まる地獄のショーを告げる鐘だ。
魔族が笑う。
「ババアも運がねえな。最初にくたばるのが、おいぼれた老害だとはよ!」
「婆さん、逃げろッッッ!」
まず狙われたのは、草取り中だったお年寄りの女性。
武装した村人たちが、そのお年寄りを助けようと、走ってくるが間に合わない。
「くたばりやがれ!」
振り抜かれた魔族の手には、大斧が持たれてある。
それが躊躇われることなく、目の前の老人へと振り下ろされていた。
「ば、婆さん!!!」
血が飛び散る。
婆さんが切り刻まれていた。
「くたばりやがったぜ……! ……な!?」
「ヒッヒッヒ……。……だ、なんて上手くいくとでも思ったかい……?」
その、直後のことだった。
「ぐぁぁ!」
先頭の魔族の背後にいた魔族が、代わりに血を吹き出して倒れていた。
「な、何をしやがったババア!」
何が起こったのか、思考が追いつかなかった。しかし、目の前の婆が何かをしたのだというのは察した。
見れば、先ほど確かに切り刻んだはずの体が、無傷なのも分かった。
「ヒッヒッヒ……。答えて欲しかったら、まずはあんたたちから教えな。あんたたちは、一体なんだい?」
「「「!」」」
謎の圧。
「お、俺たちは、魔族だ」
「魔族?」
「ああ……。老ぼれのババアは知らねえか? お前にとっては悪い奴らさ。分かりやすく例えるのならば、最近噂の『聖女殺しだ』と似たようなもんだ」
魔族はまるで言い聞かせるように、そう言った。
自らのことをそう名乗った。
「ほう、『聖女殺し』だって……?」
お年寄りの女性は、その名前に反応した。
「そうだ、聖女殺しだ。どうだ? 怖いだろう?」
「そうかい……。やれやれ……。可哀想だね」
「誰が可哀想だって!?」
同情された魔族が激怒した。
「いいや、あんたのことを言ってるんじゃないよ。本物の『聖女殺し』のことを言ってんのさ」
「本物の聖女殺しだと!?」
「そうさ。こんな三下にその名を口にされるとはね……」
「な、なんだと!?」
「はぁ……。まったく、あんたは自意識過剰だね……。もしかして、自分が同情されたのでも思ったのかねぇ……。そんなわけあるはずがないじゃぁないか……」
「く、くく……。ククク……! この、婆あぁ……ッッッッッ! ぶち殺してやる……!」
額に血管を浮かべた魔族が、今度こそ老婆の息の根を止めようと激昂した。
「だ、誰だ……。あの婆さん……」
「よく見たら、村人じゃねえぞ……」
駆けつけた村人たちが、老婆を見て頭を傾げていた。
「さて。そろそろあの子が来てくれるはずだよ。……ほら、噂をすれば来てくれたね。さすがメテオノールくんじゃわい……。ヒッヒッヒ……!」
その次の瞬間だった。
バチバチバチ……ッ!と空から翡翠色の光が降り注ぎ、魔族たちは一人残らず地に伏すことになるのだった。
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