第104話 巫女様と二つのお願い


 塔に足を踏み入れた瞬間、それは罠で、教会が張り巡らせた策に捕らえられる……ということもなく、俺は窓から塔の中に入っていた。

 簡素なテーブルと、シングルベッドが広い部屋にポツンと置いてあるだけの場所。

 そこにいたのは、一人の少女だった。


 ベージュの髪は肩ほどの長さで、丈の長い白いローブに身を包んでいる14歳ほどの女の子だ。

 その手には、木製の杖が持たれている。


「この度は、ここまでお越しいただきありがとうございました……。どうぞ、そこにおかけください」


 物静かな口調で、椅子に勧められる。

 俺はその椅子に座った。ソフィアさんが隣に座る。その正面に巫女のティナさんが座った。


 他のみんなは腕輪の中に入ってもらっている。


 ちなみに、この塔には現在彼女しかいないようで、巫女というのは隔離された場所で過ごすことを義務付けられているみたいだった。


「巫女、ティナ様。お久しぶりです」


「そ、ソフィア様……。お久しぶりです……」


 ソフィアさんと巫女様が挨拶をする。

 二人は一度、会った事があると言っていた。そういうこともあって、ソフィアさんが話を繋いでくれるという事になったのだ。


「ソフィア様……お役目の後もご無事でよかったです」


「ええ。こちらのテオ様が救ってくれたのです。この度は、そのテオ様に関することでお願いがあって尋ねさせていただきました」


「分かってます……。私の予知を封じるためですよね。メテオノールさんは無罪なのですから、その主張は正当なものです」


 巫女様がやや俯きがちに、こちらの用件を確認してくれた。


「巫女様は、俺たちがここを訪ねる事が……」


「ええ、分かっていました。だって……巫女ですから。完璧ではありませんが、ある程度なら予知できます」


 彼女が小さく微笑む。その目は何故か悲しそうなもののような気がした。


『でも、それなら話が早いわね。分かってるのなら、やめてもらうことも簡単そうじゃない』


『いえ、分かっていながら彼女は我々の居場所を予知したのです。彼女の態度、そして様子。何やら彼女にも彼女で事情があるのかもしれませんよ』


 腕輪の中で、コーネリスとヒリスが思考を巡らせる。


「あの、メテオノール様……。私が予知をして、あなたの居場所を割り出すと、その……やっぱり困りますよね……」


 巫女様が困ったように聞いてきた。


「こ、困るといえば、困るけど……」


「ううぅ……やっぱり困るんだ……」


「あ、いや、でも、困らないといえば困らないかもしれない……」


 ……なんだか、答えづらい……。

 俺は思わず自分の髪の毛を触りながら、口籠ってしまった。


『か〜! ご主人様の悪い癖が出たわね。女の子と話す時、ご主人様は気弱になるもの!』


『ご主人様、初対面の女の子と話す時、緊張しますもの』


『『照れ屋だ〜〜』』


 腕輪がピカピカと光り、ブーイングが起きる。


 でも……想像していたものと、少し違う。

 ここには交渉に来たようなものだから、もっと堅苦しい相手と交渉すると思っていた。


 しかし、巫女様は、年相応の女の子といった感じの人だ。

 だから、言葉遣いや佇まいを大人っぽくしようとしている彼女だけど、節々から幼い雰囲気を感じる。

 どちらかといえば気弱なのに、無理をして、巫女という役割を演じているような感じがした。


 そして今は、困っているような、泣きそうなような、自信のない感じで、俺のことを上目遣いで見ている。俺の隣にいるソフィアさんと目があった時は、すっ……と、素早く目を逸らしていた。


 ソフィアさんがいることで、緊張しているように見える。


 ……もしかして、ソフィアさんと彼女は仲が悪いのだろうか。


「私たち、仲良いですよね。ティナさん」


「は、はい……。聖女様だったソフィア様は巫女の私なんかとは比べ物にならない存在ですので、仲良くしていただけると光栄です……」


『『『言わせてる……』』』


「……べ、別にそういうわけではなかったのですが」


 ソフィアさんが、泣きそうな顔になった。ティナさんもティナさんで泣きそうになっている。


 触れてはいけない事に触れてしまったのかもしれない……。


 俺は巫女という存在にまだ詳しくない。

 だから、彼女の事情も知らない。分かっているのは、彼女が俺たちの居場所を予知することが、脅威になるということぐらいだ。


 彼女は、無理矢理……予知をさせられているのだろうか、という可能性も思い浮かぶ。


 それでも、これはどうにかしないといけないことだ。


 俺は彼女に、お願いする。


「……予知をやめていただくことはできないでしょうか」


「……分かりました。でも……交換条件があります」


 巫女様が姿勢を正し、小さく息を飲みつつも提案した。


「あなたに二つ、お願いがあります」


「はい」


「現在、とある村に、魔族たちが近づいております。その魔族達は村の襲撃を企てています。その未来が私には見えました」


 魔族。

 それは、ここに来る前に、月光龍さんが語ってくれたことだった。


「なので、あなたにはそれをどうにかしていただきたいのです。予知によれば、このままだとその村は……壊滅。村人達は死に絶えることになります……。だから、それを解決していただければ、予知はしないと約束します。いえ……約束はできませんが……誤魔化すことぐらいなら……」


「分かりました。お任せください」


「いいのですか……?」


 俺は頷く。


 もちろん、これが自体が罠の可能性もゼロではないから、それは頭に置いておかなくてはいけない。


「……本当にありがとうございます……」


 一瞬目をパッと見開き、救いを求めるような瞳を見せた彼女は、その後、申し訳なさそうに頭を下げた。


「それで、残るもう一つの願いはどういったものでしょうか?」


「それは……いいえ、やはりこちらはいいです。私の願いは一つです。その村を救ってください。それだけが私の願いです」


 この塔の窓から見える景色は遠くの方まで見ることができる。

 彼女はその景色を、どこか諦めたかのように見ていた。その先に何が見えるのかは、彼女にしか分からないことだった


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