第102話 迫りくる教会と魔族。
艶やかに流れる黒い髪。
腰まで伸びているその髪には、一切の綻びもない。彼女のすらっとした立ち姿も相まってキリッとした印象を受けた。
漆黒の服装のスカートにはスリットが入っている。そのスリットの切れ目からは、太ももまで覆うブーツが覗いていた。
腰には一本の剣が帯びられている。
そんな彼女の背後には漆黒の竜、黒龍が翼を閉じて静観している。
周囲にいる教会の者たちは青ざめた顔をしていた。
「え、エリザ様……。お待ちください……。これは聖女殺しがーー」
カチン、と。
神官服の人物の体が、真っ二つになった気がした。
「言い訳は不要です。事実だけを述べなさい」
彼女は鋭い眼光を携えた、やや釣り上がった目で言った。
「ひ、ひぃ……ッ。こ、殺される……ッ」
先ほどの光景は幻の類だったようで、真っ二つになったように見えた神官服の人物は、腰を抜かしたように震えながら地面を後ずさっていた。
『彼女は黒龍の加護を受けている聖女、エリザです。彼女の背後にいるのが黒龍です』
腕輪の中にいるソフィアさんが教えてくれる。
そうしていると先ほど魔術が打ち込まれた、俺たちの拠点の家が音を立ててさらに崩れ、土煙を起こしながら全壊していた。
「……これをやったのは、あなたたちですね」
「「「…………”!?」」」
カチン、という音が聞こえたかに思えた瞬間、周りに血飛沫が飛び散ったように見えた。
森が真っ赤に染まり、彼女の黒髪が赤い血を浴びる……こともなく。
先ほどの光景は幻想だったようで、無論、周囲にいる教会の者たちは生きていた。ただし、皆、腰を抜かして、神官服の人物と同じように地に伏して震えていた。
そんな彼女のこと見て、誰かがこう恐怖していた。
『不純な聖女』と。
教会のイメージは白だ。しかし、彼女は黒。その対極だ。
背後に佇む、大きさ5メートルほどの黒龍は紅い瞳を光らせており、未だに静観している。
……しかし、すぐに分かった。
あの黒龍も、黒髪の聖女の彼女も、木の幹のところに姿を隠している俺たちの存在に気づいていることに。
敵か、味方か。
それは今は分からない。
ただし。
「教会からの指示は、『聖女殺し』を手荒なことをせずに捕らえよとのことだったはずです。それなのに、これはどういうことでしょうか。あの拠点の中に聖女殺しがいるかも知れなかったにも関わらず、あなた方は建物ごと魔術で破壊してしまいました」
腰に下げられている剣を鞘から抜きながら、彼女が周りを見回していた。
解き放たれた頭身。鋭く研がれた銀の輝き。それを軽く振った瞬間、またしても教会の者たちの体から血飛沫が舞ったように見えた。
また幻だろうか。
「このッ、バケモノが……!!」
その時、少し離れた背後で、魔術の気配がした。
杖を持っている教会の者だった。
その杖の先に魔法陣が浮かび上がり、それが放たれたのは自分たちの味方であろう黒龍に向かってだった。
背後から命中し、黒龍の鱗に透明な魔術がぶつかったのが分かる。
しかし黒龍は無傷で、赤い瞳を光らせると、口の中で唸ったのが分かった。
ガルルルル……と。
それを受けて、先ほど攻撃を放った人物が顔をさらに真っ青にさせる。
「黒龍、いけません。気持ちはわかりますが、抑えてください」
黒髪の聖女の彼女が、黒龍を宥めようとしている。
……そういえば以前、ソフィアさんの屋敷に泊まらせてもらったときに読んだ気がする。
龍は教会に所属する聖女に加護を与える存在で、尊い者だとされている。
しかし黒龍は、黒いマナを持っていることから、邪悪な存在、異端の存在だと思われることもあると記してあった。
今がそれみたいだった。
見てみれば、数人の者たちが黒龍に怯え、正気を失い、気を動転させて黒龍に攻撃を放とうとしていた。
カチン。
その音が鳴った瞬間、彼女は剣を鞘に納めており、周囲にいる教会の者たちは事切れたように気を失っていた。
「さて……」
黒髪の少女が、とうとうこっちに目を向ける。
俺は身構える。
……悪い人物の気はしない。
しかし、あの幻術。黒龍の存在。
気を失っているとはいえ、教会の者たちの存在もある。
『テオ様。私が話をしてみましょうか?』
ソフィアさんがそう言ってくれる。
「……いや。俺が話してみる」
と、俺が木の幹から地面に降りて、彼女の前に姿を表そうと思っていた時だった。
「……増援が来ましたか」
空を覆ったのは、透明な光り。
それが降り注ぐように、俺たちのいるこの森へと放たれている。
「聖女殺しをようやく発見したらしいぞ! 急げ!」
「絶対に逃すな!」
「半殺しだ!」
教会の追手だ。
……いや、それだけではない。
「面倒な者たちに、つけられてきたようですね……」
その教会からの追手の背後から、不気味な魔力を感じ取った。
それを感じ取った瞬間、森の中に不快な空気が蔓延し、周囲がドブのような色に変色した。
俺は息を止めた。聖女の彼女も息を止めていた。
息を止めていなかった教会の者たちは、バタバタと苦しみの表情で自らの首に手を添えながら地面に倒れていた。
これは……毒。いや、瘴気かもしれない。
「『聖女殺し』の元まで案内ご苦労様でした。無能は利用しやすくて助かります」
気づいた時には、俺たちの前に蝙蝠のような羽を持った存在が立っていた。
うすら笑いを浮かべているその存在は、人間に近い姿をしている。
けれど、人間ではない存在。
それ、すなわち魔族。
「さあ、聖女殺しを確保するのは、我々です」
狙いは俺。
魔族が手を空に掲げると、蝙蝠の群れが遥か彼方から、世界を覆わんばかりに飛んでくる。
魔族の集団だ。
「……間が悪い」
聖女、エルザさんは不快そうに剣に手をかけて、それを向かい撃とうとしていた。
しかし、その次の瞬間だった。
「「!」」
月光の輝きが螺旋のように空を貫き、縦横無尽に薙ぎ払われたその光によって魔族たちは殲滅されていた。
「何ッ!?」
驚愕の魔族。
『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』
「! あれは月光龍さんだ……!」
俺は見た。
魔族が死に絶えた空から、虹色の輝きを纏いながら飛んでくる一体の竜の姿を。
なんと、月光龍さんだったのだ。
魔族を皆殺しにし、この場に駆けつけてくれたのは、あの月光竜さん。テトラに加護をくれたあの月光龍さんだ。
「テオくん、お迎えに来たわよ。そして、魔族を殺しに来たわ。全部片付けて、この場は一旦撤退するわよ」
『まずい……! こっちも早く避難だ……!!』
「あ……ちょっと! お待ちなさい……! 黒龍……!」
焦る黒龍。
そうして、天空にいる月光竜さんが口を大きく開き、魔力を溜めに溜めると、その魔力をこの森に向かって、躊躇うことなく解き放った。
「ぐアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
逃げる暇もなく、蹂躙される魔族。
俺はコーネリスの転移で、瞬時に月光竜さんの背中に転移して無事だった。
黒龍と聖女エリザさんも咄嗟に避難して無事だったようだ。
「最後にもう一発、かましてあげるわ」
おまけで、月光竜さんはトドメの一撃を森に放つと、堂々とこの場を後にするのだった。
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そしてーー。
魔族の死体が消滅し、教会の者たちが気絶して、テオたちが飛び立った森の中で、一人、聖女エリザは地団駄を踏んでいた。
「もう! せっかくテオくんと会えたのに……またどこかに行っちゃったじゃない!」
教会、魔族、
さらには月光竜の登場。
めまぐるしく変わる状況に、流石の聖女エリザも年相応の態度で怒るのだった。
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