第101話 黒龍と漆黒の聖女


 ソフィアさんが眷属になった。

 それは、嬉しいことだった。


 ……いや。

 ……やっぱりダメだったのではないだろうか……と思わない気持ちがないわけではない。

 なぜならこれは、褒められたことではないからだ。


 しかし、そう思っていると彼女は可笑しそうに笑い、ゆっくりと自分の腕にある腕輪を撫でてくれていた。


「本当でした。腕輪をしていたら、ご主人様の思いやりが全部伝わってきます」


「ねーっ。うちのご主人様、優しいもんねーっ」


 テトラとソフィアさんが、俺の腕を抱きしめてくれる。


 腕輪がある限り、考えていることが全部筒抜けになってしまうのだ。


「それに今更だよ。だって、テオにはアイリスさんもいるんだもん。テオは浮気したことを悔やんでるんだよね」


「いや、そっちじゃなくて……」


「「じゃないの……?」」


「う……。そっちもあるけど」


「「ふふっ」」


 俺は言葉に詰まった……。


 そんな俺を見て、テトラとソフィアさんが笑っていた。

 そして自分たちの腕にある『眷属の腕輪』を優しく撫でてくれるのだった。



 * * * * *



 そして。

 そんな、平和な日々が続いていたある日のこと。


「……囲まれてるな」


 俺は家の中で警戒を強めて、窓から外の様子を伺っていた。


 視界に入るのは今拠点にしている森の風景。

 普段は風の吹く音と、擦れる落ち葉の音、ざわめく木々の音ぐらいしか聞こえないその森の中に、無数の気配があるのが分かった。


「……教会からの追っ手か」


『ええ。そうだと思います』


 紫色の腕輪の中にいる、ヒリスが頷いてくれる。


『聖女殺し』の俺のことを捕まえるために、教会からの追手がここまでやってきたのだと思われる。


 とりあえず、全員を腕輪の中に戻して、警戒体制に入る。


「追っ手の数は……30ぐらいあるな……」


『でも、どうして私たちの居場所が分かったのかしらね?』


『恐らく、巫女の予言で割り出したのだと思います』


 コーネリスの問いに答えてくれたのは、ソフィアさん。


『この世界には、マナを詠み、星の位置から目的の物を探し出すことができる巫女がいます。一度だけお会いしたことがありますが、予言は運命の導きと言っておられました。恐らく、いくつかの場所を割り出して、そこに教会の者たちが向かって、テオ様のことを探しているのでしょう』


 その結果、この森に教会の追手がやってきたということだ。


「……誰か出てきた」


 窓の外。

 神官服の人物が、近くにある茂みから歩いてくる姿が目に入った。


 その人物は、森の中に建っているこの家へと近づいてきて、ある一定のところで立ち止まった。そして、手を十字に切ると、何かを言っているみたいで、耳を澄ましてみると「投降しなさい。決して悪いようにはしません」という言葉を口にしているみたいだった。


『ご主人様。周囲にも動きが見られます。魔力を広げ、声を拾います』


「ヒリス、頼んだ」


 密かに、紫色の魔力が森の中に張り巡らされる。

『魔力操作』。ヒリスのスキルだ。


 魔力を読み解くことも。魔力に溶け込むことも。

 魔力の範囲にある声を拾うことも可能という。



 ……「『聖女殺し』が出てきた瞬間、一斉に魔力を放ちなさい」……


 ……「上の判断では手荒なことはせずに生きて捕らえよ、とのことですが、行動不能になったあとに治癒すれば良いだけですので構いません」……


 ……「何よりも捕らえることが最優先です」……


 ……「半殺しにしなさい」……



 物騒な指示だ。


 そして、刹那。

 周囲で魔力が発動したのが分かった。


 前方から。後方から。上下左右から。透明な魔力が放たれる。それがメモリーネとジブリールが建ててくれた家へと直撃し、木っ端微塵に粉砕された。


『『ああ……”””!!! せっかく作った家がぁ””””……!!!!!』』


「……!」


 ゴン! という爆発音の後、ガラガラと音を立てて崩れる木製の家。

 その光景が、木の幹の上から見てとれる。


『転移なら任せてよね!』


 瞬時に、家の中にいた俺を転移させてくれたのはコーネリスだ。


『『悔しい……”””!!!! あの家には、防御結界も張ってあったのに……””””!!!』』


 メモリーネとジブリールが、歯噛みをしているのが伝わってくる。


「く……」


 俺も歯噛みをした。


 さっきの一瞬、自分の魔力で放たれた相手の魔法を跳ね返そうとしたのだが、なぜかすり抜けてしまった。


『特殊魔術でしょう。外部からの干渉を不可とする、教会専用の無属性魔法です』


 ヒリスが教えてくれた。


 そして、木の幹に移動した俺は、コーネリスの転移によってこの場から退散し、姿をくらまそうと思っていたのだが……。


『ご主人様! 何かが来ます!』



 上空から、圧。そして悪寒。


 空が暗くなったかと思った瞬間、風圧が襲いかかり、漆黒の竜がこの場に現れていた。


 そして。


「……あなたたちは一体何をしているのでしょうか」


 黒髪の少女だった。漆黒の竜の背中から降り立った。その彼女は凍てつくような冷たい声で言うと、教会の者たちをひと睨みしたのだった。


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