第100話 私のせいで、損してきたと思う。
うっすらと部屋が明るくなってきた、明け方。
ソフィアは心地よい気持ちに包まれながら、自分の胸を抱きしめた。
(幸せなのがずっと残ってます……)
肌を撫でる空気が心地よい。
白い素肌だ。何も身につけていない一糸纏わぬ姿だ。先ほどまで汗もかいていたのだが、それはもう引いている。
今は触れ合っていた熱だけが体の奥までジンと残っていて、それを感じると、また熱がぶり返してくるのが分かった。
(あんなことをしたのは……初めてでした)
ベッドのシーツをぎゅっと握りながら、ソフィアは頬を赤く染めた。
そんなソフィアの手首にはテオの腕輪が嵌っている。
そしてテオの腕輪にも、新しい腕輪がはめられていた。あれはソフィアの『眷属の腕輪』だ。
色は、青と金色。
縁の部分が深青で、腕輪には黄金の宝石が埋まっている。
これが、ソフィアの『眷属の腕輪』だ。
ソフィアは無事に腕輪の交換をすることができていた。
(嬉しいです……)
ソフィアはその腕輪をそっと撫でると、ひとまず下着を身につけることにした。純白で琥珀色の刺繍がされている下着を、しゅるしゅるという衣ずれの音をさせながら身につけていく。
そして、ベッドに目を向けると、そこには穏やかな寝息を立てているテオの姿があった。
その傍らには、一人の少女の姿がある。テトラの姿だ。テトラは寝ているテオに抱きつくようにして、うっとりとした顔をしていた。
まるで、余韻に浸るかのように。
服を着ていないテトラは、自分の体全部でテオに寄り添っている。
透明できめ細かい肌にはシミひとつない。
首筋がスッと流れていて、肩のラインはすらっとしている。
反られた背中は引き締まっており、ウエストは細くて、女性らしい腰つきからつま先までにかけても、艶めかしかった。
(テトラさん、綺麗です……)
同性のソフィアから見ても、今のテトラは綺麗だった。
揺れる琥珀色の瞳も、白銀色で毛先だけ色が変わっている髪も。
どこをとっても、テトラは幻想的な雰囲気があり、ソフィアですら思わずどきりとしてしまうほどだ。
目が離せない。
その間も、テトラは余韻に浸るように、テオに頬擦りをしていた。
そしてしばらくして、テトラがソフィアの視線に気づいたようで、優しく微笑んでくれた。
「ソフィアちゃん……見て。テオ、寝てるね……。可愛いね……」
それは、愛する人を愛でる言葉。
「テオ……疲れたんだね……。最近ずっと気を張り詰めてたけど、今はゆっくり寝てるね……」
テオの頭を撫でながら、テトラが優しい目をしている。
心の底から、彼のことを想っている姿だった。
ソフィアはその彼女を見て、罪悪感を抱いてしまった。
「あの……テトラさん……。私、本当によかったのでしょうか……」
テオとテトラは両想いなのだ。
それなのに、今宵は自分も一緒に過ごすことを望んでしまった。
ソフィアは数日前からテトラとそういうことを何度も話し合い、それでこうして共に過ごすこととなったのだが、それでも今のテトラの姿を見ていると自分は邪魔だったのではないだろうか……と、そう思わずにはいられない。
しかし……テトラは首を振ると、テオの頭を撫でながら言ってくれた。
「そんなことないよ。ソフィアちゃんもテオのこと、好きなんでしょ……? だったら、いいんだよ……?」
「でも……テトラさんなら、テオ様を独り占めできるのに……。こういうことは、独り占めしたいと思うものではないのでしょうか……」
「ふふっ。そうかもっ。テオを独り占めできるなら、幸せかもっ。ソフィアちゃんもテオのこと、独り占めしたいと思う?」
「そ、そんな……。私は、テオ様とテトラ様のことが好きだから、お二人と……。……あっ」
ソフィアは気づいてしまった。
「そういうことっ。私も独り占めしたい気持ちはあるけど、テオのことを好きって言ってくれる人がいるなら、嬉しいもんっ」
「テトラさん……」
テトラは微笑みながら、優しい目をしていた。
そして、どこか悲しそうな目もしていた。
「テオはね……私のせいで、色々我慢しながら生きてきたの……。昔からずっとそうだった……」
まだ昔、二人が幼かった頃。
おばあちゃんがいなくなって、テオとテトラ、二人で暮らしていかないといけなくなった。
テオは、昔から、自分の分のご飯をテトラに分けてくれていた。
子供二人だけでの生活だ。そのご飯は、テオが用意してくれたものだった。
テオはご飯を用意するために、幼いながらも必死で食料を調達していた。
お金を稼ぐ方法がなかったテオは、森に食料を取りに行っていた。
村で仕事があればそれを手伝って報酬を得るという方法も取れたのだが、あいにくテオは幼すぎた。なおかつ、村での仕事は人手不足だということもなかったため、稼ぎ口もなかった。
それならと、家の庭に畑を作って作物を作ろうとしたのだが、それはよく荒らされていた。
村でのテオは、親がいなくて不気味だと思われていたため、子供をはじめ、大人からも、そういう扱いを受けていた。
そして、その頃はまだ魔石の加工の腕も決していいとは言えなかったため、テオの価値は無いに等しかった。
だからこそ、森に木の実や野草を取りに行っていたのだ。
必要とあらば、魔物が闊歩する危険な山にまで入っていた。
テトラには「危ないから入るな」と言いつけていたにもかかわらず、自分は命懸けで食料を集めていたのだ。そして食事の際は、必ずテトラの分のご飯を多くしてくれた。
「ご飯が取れなかったときは、『お腹が痛いから……』って言って、私に貯蓄してある分のご飯を全部食べさせてくれたの。あの頃の私は無愛想で、生意気だったし、口も聞かなくて、全然可愛げもなかったのに、テオはそうやって私にご飯を食べさせてくれたの……。今の私の体は、テオが育ててくれたから、ここまで大きくなれたんだよ……?」
テトラは自分の肌を撫でながら、静かに語ってくれた。
「それだけじゃなくて、テオだけが私を怖がらないでくれたの……。私も気味悪がられていたから……」
テトラはあの村では、畏怖の存在でもあった。
テトラを見た村人たちは怖がって、人ではないものを見たかのように恐れていた。
当時は、どうしてかは分からなかった。
皆が自分のこと避けていた。
そんな中であってもテオは、テトラを大事にしてくれた。
自分だって余裕があるわけでもないのにーー。
自分の方が辛い思いをしているのにーー。
それでも、テオはテトラを大切に育ててくれた。
そのおかげでテトラは人並みの人生を送ることができて、ミーナちゃんとマリナちゃんという友達もできた。
遊びに行くときはお小遣いもくれたし、服は綺麗なものを用意してくれて、いろんなことを考えてくれていた。
その結果……テオはというと、友達もいなかったし、子供っぽいことは何もできていなかった。
全部犠牲にしてテトラが楽しい毎日を送れるように、テトラのことだけを考えてくれていたのだ。
「だから、私……ずっと思ってる。私がいなかったら、テオももっと楽しいことできたのに、って……。村を出る必要もなかったし、あの村にはアイリスさんもいたから、幸せに生きれたと思うの」
「テトラさん……」
琥珀色の瞳が揺れる。
それは後悔の気持ち。普段は明るく振る舞っているテトラだが、こっちのテトラの方が素のテトラのような気がした。
ふいに、テトラの白銀色の髪が琥珀色に変化していく。
そこにあったのは今みたいな状況になる前のテトラの姿だ。
魔族だけど、人として生きてきて、テオが大切に育ててくれたテトラの姿。
ずっと後悔している。
自分のせいで、テオは不幸になってしまっていると。
……そんなときだった。
「……あっ」
ふと、寝ていたテオが、悲しそうな顔をしているテトラの頭を撫でていた。
目を瞑っていて、寝息を立てているものの、自分の傍にいるテトラの頭を撫でている。
もう片方の手で、テトラの背中を抱きしめて、まるであやすようにテトラを撫でていた。
「……いつもなの。テオは寝てる時でも、私がさっきみたいなこと考えると、こうやって慰めてくれるの」
そう言ってテトラはくすぐったそうに、テオの首筋に頬擦りをした。
ソフィアはその光景を見て、守りたいと思った。
(二人の力になりたいです……)
今の自分にはそれができる。
自分の腕には腕輪がある。
自分ももう、テオの眷属なのだから。
「テトラさん、至らないところがあるかもしれませんが、これからもどうぞ、よろしくお願いします」
「うんっ。……なんかくすぐったいねっ」
「ですねっ」
「「…………っ」」
そう言って二人は仲良さそうに微笑むと、寝ているテオの温もりを感じていくのだった。
* * * * * *
それから数日後のことだった。
彼女たちの元に、新たな聖女が訪れることになる。
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