第97話 責任……とってっ。
夜に包まれた寝室。
芳醇な木材の香りが静かな空間を彩っており、ベッドは一応ダブルベッドになっている。
部屋を照らしているのは窓から差し込む月明かりと、蝋燭の炎だけ……。
そんな夜の部屋に、テトラとソフィアさんが訪ねてきてくれた。
「とりあえず立ち話もなんだし、二人とも、座ろう」
「あっ、ううん。テオはベッドに座って。……ほら、ソフィアちゃん」
「は、はひっ」
テトラに促されたソフィアさんが一歩前に出る。なんだか緊張した様子だった。
その髪は少し濡れている。石鹸のいい香りもする。恐らく、風呂上がりだと思う。
テトラの髪もしっとりと濡れていて、二人とも薄着だった。純白で、穢れのない、シルクでできた生地の薄着だ。ノースリーブで、肩が丸見えだ。腰には膝下まであるスカートだ。
「テオ様……。あのっ、申し訳ございません。お休みのところに、来てしまいまして……」
「あ、いえ。それで……」
「は、はい。そ、そのっ、お話というのは……この度は、お願いがあって参りまして……」
もじもじとしながらソフィアさんが俺の顔を見た。上目遣いだ。
「あのっ、私も……テオ様の眷属にしてほしくて……」
「眷属に……」
「ソフィアちゃん。もう我慢できないんだって。テオの眷属になりたいんだって」
テトラが付け加えてくれた。
「私、少し前から相談されてたの。ソフィアちゃんが何か困った様子だったから、それを聞いてみたら、やっと教えてくれたの。『自分もテオの眷属になりたい』って」
……確かに、最近のソフィアさんは何かに悩んでいる様子だった。
お役目が終わった後に、これからどうすればいいのか……と。
とりあえず今の俺たちは一緒に行動していて、ソフィアさんもついてきてくれている。
でも、悩んでもいる様子だった。
ソフィアさんは聖女だったんだ。
だから、教会に戻るべきなのか。
それとも、戻らない方がいいのか。
「考えた結果、戻らない方がいいという結論に至りました」
「そうでしたか……」
その言葉を聞いて、俺はホッとしてしまった。
「恐らく戻らない方がいいと思います……。お役目を終えた聖女は死んでしまって帰ってこないというのが常識ですので、私が帰ってしまうと、お役目を終えた聖女の帰還ということで、聖女の扱いが変わってくると思います」
……それも、良くない方に。
と。
お役目を終えた聖女は、必ず死んでしまうのだ。
だけど、死なずに帰還する可能性がある。それを教会が知ったらどうなるか。
聖女の扱いが変わってくると思う。それがいい方向に変わればいいのだが、そうはならないかもしれない。
今でさえ、消耗品のような扱いになっている聖女。
お役目を終えていなくなっても、別の聖女がいる。でも、死なないのなら、それこそ本当に消耗品のように扱われてしまうのではないか。
ソフィアさんはそれを危惧しているみたいだった。
「だから私はテオ様の眷属になって、教会を滅ぼそうと思いました」
「……きょ、極端だ」
……話が一気に物騒な方向に。
「教会はテオ様の敵ですので、私の敵にもなりました」
そう言うソフィアさんはどこか楽しそうで、その顔には冗談っぽい笑みを浮かべていた。
でも、眷属になりたいと言うのは、本当みたいだった。
だけど……。
「それでいいのだろうか……」
「だめ……ですか?」
「だめというよりも……」
どう言えばいいんだろう……。
「別にだめなわけじゃない……。でも、他にも選択肢はあるはずだから、焦って答えを出さなくてもいいと思います……」
「そんなの……我慢できないです。テオ様は知らないのです……。今も感じるこの気持ちを……」
ソフィアさんが自分の胸に手を当てて、青い瞳を潤ませる。
耳まで赤くしながら、切なそうにもしていた。
「私、テオ様たちを見ていると、羨ましいと思いました……。テオ様……眷属じゃない私のこともたくさん考えてくれています。だけど、私の腕には何もありません……。私も腕輪、ほしいです……」
ソフィアさんはそう言うと、俺の腕にある『眷属の腕輪』を見た。
そこにあるのは、それぞれに輝く眷属たちの腕輪。
琥珀色のテトラの腕輪。
赤色のコーネリスの腕輪。
青色のメモリーネの腕輪。
黄色のジブリールの腕輪。
紫色のヒリスの腕輪。
ソフィアさんの腕輪は存在しない。
「私も腕輪、欲しいです……。そして眷属になりたい……。そうすれば、テオ様とも、テトラさんとも一緒にいられます。それが私が望んでいることです。私、わがまま言ってます……」
「……っ」
その言葉は……俺も覚えている。
「この前、テオ様は言ってくださいました。私は、もっとわがままになっていいって……」
確かに俺は、あの時言った。
「だからーー」
責任とって……。
と。
ソフィアさんはもじもじしながら、そんな望みを言ってくれた。
「テオ……私からもお願い。ソフィアちゃんを眷属にしてほしいの……」
「テトラ……」
ソフィアさんの隣では、テトラもとろりとした目をしながら、琥珀色の瞳を潤ませていた。
「「てお様……」」
揺れている。
うるうると、うるうると、青と琥珀の瞳が。
そして、ソフィアさんがテトラの手を握ると、テトラがその手を引いて、ベッドに腰掛けている俺のところへと二人でやってきた。
そして……。
「てお……」
ちゅっ、と。
テトラが俺の首に口づけを落としていた。
「てお様……」
ちゅっ、と。
ソフィアさんが反対側の俺の首筋に、微かに触れる口づけを落としていた。
これは、眷属の儀式だ。
首筋に口づけを落とせば、腕輪が出てきて、ソフィアさん専用の『眷属の腕輪』が手元に出現する。
……はずなのだが。
「出ない……」
腕輪は……出てこなかった。
「ソフィアちゃん、もっかい。もっかい、ておにキスしてみて? 今度は、唇に、だよ?」
「……っ。唇に……っ」
ソフィアさんの体が、ピクッと揺れる。
それでも、両手で俺の胸に触れると、ゆっくりと……ゆっくりと、顔を近づけて……。
そして……。
「てお様……好きっ」
「「んっ」」
……俺たちはキスをしていた。
とても……柔らかい……キスだった。
ソフィアさんの薄い桃色の唇が、もっちりと吸い付いてくる。
かかる吐息は熱っぽくて、甘い風味がした。まるでミルクのような風味だ。目の前にはソフィアさんの顔がある。
しかし……。
それでも、指輪は出てこなかった。
「テオさま……」
名残惜しそうに唇を離すソフィアさん。
甘えるように俺の首筋に頬擦りをしてもくる。
「うーん……。じゃあ今度はておの方から、ソフィアちゃんにしてみよう?」
「てお様……」
ぴくっと。
ソフィアさんがもじもじしながら、目を閉じて、待ってくれている。
「…………っ」
……俺は躊躇った。
「てお……。大丈夫だよ? 私もちゃんと見てるよ……? だからソフィアちゃんにしてあげて……?」
テトラはそう言うと、俺の後ろに来て、後ろから俺を抱きしめてくれた。
そして後ろから俺の首筋に口づけをしながら、ソフィアさんの手を引いた。
そうすることで、ソフィアさんが向かい合わせの状態で、俺に抱きつく体勢になった。
「てお様……」
「ほら、てお……、待ってくれてるよ……?」
「…………っ」
耳元で囁かれるテトラの熱っぽい言葉。
俺は思わず息を飲んでいた。
そして。
「「……っ」」
ちゅっ、と。
触れた。唇が。
ソフィアさんの頭を撫でながら、俺は彼女に口づけをしていた。
「柔らかい……」
……柔らかい唇だった。
薄く目を開けると、ソフィアさんも薄く目を開けた。
交わる唇と視線。
俺たちは見つめあって口づけをして、テトラはそんな俺たちのことを熱っぽい瞳で見ていた。
しかし……。
それでも……腕輪が出ることはなかった。
「なかなか、出ないね……。ソフィアちゃんは聖女だったから、条件が違うのかも……」
「私、てお様の欲しい……」
太ももを、もじもじと切なそうにするソフィアさん。
「こうなったら、出るまで、色々やってみよっか」
「てお様のが出るまで私も……がんばります……」
とろりとした瞳で、ソフィアさんがそんなおねだりをする。
「だから、いっぱい出して……?」
そういうソフィアさんは色っぽくて……。
夜はまだ始まったばかりだった……。
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