第67話 怪しげな老婆とメテオノールくん


「それじゃあ今日は買い物に行こうか」


「「わーい!」」


 メモリーネとジブリールが、嬉しそうに手を上げた。


 今日は朝から出かける準備をしていた。

 宿の部屋の中で、身支度を整えて、腕輪の位置を調整すると、琥珀色のローブに身を包む。


 この前の依頼で、報酬ががっぽりと手に入った。

 懐にも余裕があるし、前々から考えていたコーネリスとメモリーネとジブリールの服を買っておきたい。


「「え〜、服よりもおもちゃがいい!」」


「!」


「あ、ちょっと! せっかくご主人様が服を買ってくれるって言ってるのに、わがまま言わないの!」


「「あ! やっぱり今のなし!」」


 慌ててコーネリスが注意すると、メモリーネとジブリールが床に正座して、俺の前に並んだ。


「ご、ご主人様? 私はおもちゃよりも、服の方が欲しいって思ってるわ。本当よ?」


 ……なんだか気を使われている気配がした。


「ふふっ。テオ、お父さんみたい」


 そう言ったのは、楽しそうにベッドに腰掛けているテトラだった。


 みんな腕輪の宝石から出ていて、部屋の中は賑やかだ。


 でも……。


「メモリーネとジブリールは服よりもおもちゃが欲しいのかな?」


「「あ、いえ、おもちゃも欲しいけど、服が欲しいです!」」


「……別に気を使わなくてもいいのに」


「「ああ……! ご主人様が落ち込んでる!」」


 あわあわとするメモリーネとジブリール。


 でも、別に、落ち込んでいるわけじゃない。

 そうなのか、と思っただけだ。


 そもそも、今回俺がメモリーネたちの服を買いに行こうと言ったのは、この前みんなが頑張ってくれたことのお返しを含めて、何着か着れる服を用意しておいた方がいいと思ったからだ。


 好きなものを買ってあげたい。

 女の子だし、服とか好きかも、と思ったから、服を買いに行こうと言っただけで、別に気を使われることじゃない。


 それなのに……。


「あ、ご主人様。あのね、メモ、服も欲しいよ?」


「ジルも、服がいいと思うよ?」


「ほ、ほら、二人もこう言ってるし、ご主人様の考えは間違ってないと思うわ」


 ……やっぱり気を使われている。

 どうしてか、気を使っている様子のコーネリスたち。

 まるで、プレゼント選びを間違ってしまったお父さんを慰めるかのように……。


「い、いや、おもちゃも買ってあげるし、服も買うつもりだから、別にそんな気を使わなくても……」


「「「あ、いえ、別にそんなつもりじゃーー」」」


「ふふっ。やっぱりテオ、不器用なお父さんみたい」


 あわあわとする三人と俺を見て、テトラがくすりと笑っていた。


 でも、プレゼント選びは、なかなか難しかったりする。


 あれは、村にいた時、何かお祝いをしたいと思って、テトラに初めてのプレゼントをしようとした時のことだーー。


「「「あ、回想が始まった」」」


 あ……いや、別にこれはいいか。

 とにかく、今日は買い物に行こうと思う。



 準備をすませると、みんなが腕輪の宝石の中に宿り、俺は部屋を後にして外に出る。

 本当はみんなも外に出して歩きたいけど、迷子とかになるといけないからと、メモリーネとジブリールは腕輪に宿ると言ってくれて、俺の腕輪を通じて店の商品を選ぶとのことだった。


「どの店がいいかな」


『『ん〜、じゃあ、あっち〜!』』


 人混みの中を歩きながら、二人が腕輪の中で方向を指し示してくれる。


 俺はその通りに歩き、しばらくして辿り着いたのは、街の中でも端の方。比較的薄暗い路地に構える、一軒の店だった。


『「こ、ここは……」』


 その店には見覚えがあった。


 ……ここは、あのおばあさんの店だ……。


 俺と、腕輪の中のテトラは、その店を見ると思わず身構えた。


 目の前にあるのは、あの老婆が経営する店だ。

 忘れもしない。俺とテトラがローブを買った時のこと。

 あの時の、なんとも言えない気持ちになったことは、体に染み付いている。


「……本当にここがいいのかな?」


『『あ、いえ、ダメなら、別のお店でもーー』』


『そうよ。ご主人様。ご主人様の赴くままに、選んで欲しいわ』


 何かを感じ取ったのだろう。

 再び気を使ってくれるコーネリスたち。


 でも、それなら……ここにしよう。

 彼女たちがここがいいというのなら、それを拒む理由はない。


 ガチャ……。


 俺は静かにドアを開けて、その店に入った。


 すると、その時だった。



「ヒッヒッヒ……。メテオノールくん、いらっしゃい。よく来たね……。待ってたよ?」



「!」


 背後から聞こえて来た笑い声。

 見てみると、気づいた時にはそこには老婆の姿があった。


 なぜか背後を取られている……。

 いつの間に……。


「今日はテトラちゃんの他に、コーネリスちゃん、メモリーネちゃん、ジブリールちゃんも連れて来てくれたんだのぉ。こりゃ、嬉しいわい」


『『『……!?』』』


 ……さ、三人の名前が知られている。


 そして、勝手に俺の腕にある腕輪が全て光り、次の瞬間にはテトラたちの姿が自動的に現れていた。


「「「「……腕輪から弾かれた!?」」」」


「ヒッヒッヒ……。のんびりしていくといい。洋服も、おもちゃも、この店にはあるからのぉ。なあ、メテオノールくん、もしよかったらワシのことも買っていっていいのじゃよ? ヒーヒヒヒ!」


 バチィ……ッ!


「痛いッッ!?」


 老婆が俺の肩に手を置くと、俺の体にバチィッと弾けるような痛みが襲った。


「ヒッヒッヒ……ッ」


 俺たちの今日の目的も、何もかも知られているようで……やっぱりこのおばあさんは只者ではないようだった……。


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