第65話 眷属と従魔とSランクパーティーと
* * * * *
「「「「あ、あれここは……」」」」
気を失っていたエルフの少女たちが、地面の上で目を覚ました。
彼女たちは『幻影の妖精姫』。Sランクパーティーの、エルフの少女たちだ。
ここは森の出口付近。
そこで四人は、互いにきょろきょろと周りを見回した。
まだ、目覚めたばかりで、頭がぼんやりとしている。
確か、そう……。自分たちは今……。
「! そうだ……シムルグが……!」
「「「!」」」
飛び起きる彼女たち。
そうだ……。自分たちはシムルグと戦っていたんだ。
しかし……。
「「「「あ、あれ……?」」」」
それから、どうなったんだっけ……。
確か……張り詰めていた気が緩まって、気を失ったんだ……。
その直前、自分たちを助けてくれたあの小さな女の子たちの姿はどこにもない。
そしてかすかに見えた、土煙の中で魔法を使っていたらしき人物の姿もどこにもない。
自分たちのそばにあるのは、仲間たちの姿だけ。
そして……、
「ね、ねえ! これって、シムルグの部位じゃない!?」」
「「……ほんとだ!?」」
リーダーの少女の言葉に、他の仲間が驚く。
彼女たちのそばには、シムルグのものと思われる素材が、山のように積み上げられていた。
しかも、解体済みだ。
牙も、爪も、肉も、驚くほど綺麗に解体されている。
それが、なぜか、気を失っていた自分たちのそばに、備えられるように置かれていた。
それが何を意味するか。
そう……。すでにシムルグが討伐されていることを意味するのだ。
「でも、どうして!? 私たちは倒せなかったのに……」
「「と、とりあえず、確認しないと……!」」
それからの彼女たちは大忙しだった。
まず、自分たちがシムルグと戦闘を繰り広げていた場所に向かい、本当にシムルグが討伐されているのかの確認をした。
森との親和性の強いエルフは、それをしなくても、大気中のマナを感じ取るだけで敵の生死を確認できるのだが、今ばかりはそうせずにはいられなかった。
その結果、分かったことといえば、本当にシムルグが討伐されているということだった。
自分たちが討伐できなかったあのシムルグが、だ。
何者かが、自分たちに変わって討伐してくれたのだ。しかも、その素材を全て自分たちに託して。
「「「でも一体……どうして」」」
彼女たちは、唖然とする他なかった。
自分たちの命を助けてくれて。
素材を全て託してくれて。
もしその人物が、自分でギルドにシムルグ討伐のことを報告すれば、名誉も、功績も、報酬も、何もかもを手に入れることができるはずだ。
それなのに、だ。
名誉目的ではない。
純粋に、自分たちを助けてくれただけ。あのままでは自分たちの身は、本当に危なかったのだから……。
「「「う、う〜ん」」」
リーダーを含む三人は、顎に手を当てて、悩んだ。
「……この倒し方。普通ではないわ」
たった一人、剣士の少女イデアは、どうやってシムルグが倒されたのかを考えていた。
再生系の魔物。自分では、力が及ばなかった。
けれど、そのシムルグが倒されている。完璧な方法で。自分が思いつかない方法で、だ。
例え、Sランクパーティーと呼ばれても。
最速でSランクに上がったと持て囃されても。
エルフの中で一番の剣士と呼ばれていても。
自分はまだ未熟だった。
それを実感すると、爪が食い込む程、強く拳を握っていた。
だけど、
「……私よりも強い人がこの辺りにはいるんだ」
それが分かると、なんだか嬉しくなった。
自分にもまだ伸び代があるように思えて、可能性が拓けた気がした。
普段はあまり表情を変えないイデアの瞳に、明るい光が宿る。
「とにかく、ギルドに帰って報告しましょう。どう説明したらいいかは分からないけど…………本当にどうしましょう」
苦笑いをしつつも、仲間が無事なことに安心するリーダーの少女。
Sランク冒険者『幻影の妖精姫』。
史上最速でSランクにまで到達した彼女たちは、謎の高揚感に包まれながら、街へと帰るのだった。
* * * * * * *
「……わあああ! テオくんってば、今日もレア素材を持って帰ってきてくれたのね!? しかも、たくさんあるじゃない! とってもすごい!」
ギルドの受付のカウンターのところ。
そこでシルバースライムの核石を見たジェシカさんが、目をキラキラさせてくれていた。
「テオくんは、この前も、幻希草を持って帰ってきてくれたし、もう、テオくんはほんと大好き!」
「く、苦しい……」
身を乗り出したジェシカさんが、俺をぎゅっと抱きしめてくれた。
『て〜お〜〜〜』
腕輪から聞こえてきたのは、テトラのジトッとした声。
俺はジェシカさんの胸に顔を埋めながら、腕輪をそっと撫でた。
一応、依頼の報告が終わった。
今回受けていた依頼『シルバースライムの核』の提出が終わり、無事に確認も終わったところだ。
「でも、本当にすごいわ。あれだけ入手困難なシルバースライムの核を持ち帰るなんて! これがあれば、五年ぐらいはこの街は安泰だと思うわ。しかも、ダイヤモンドスライムの核もあるんだもん! ギルド長に提出したら、ひっくり返るんじゃないかしら!?」
ジェシカさんが驚いてくれる。
「テオくんのおかげよ! ありがと! こちら報酬で、金貨500枚になります!」
どん! と置かれたのは、パンパンに金貨が詰め込まれた袋だった。
『『大金だー!』』
金貨500枚と言ったら、想像もつかない。
かなり贅沢できるだけの金額だ。
毎日遊びまわっても、二年ぐらいなら豪遊できると思う。
それぐらい、今回手に入れた『シルバースライムの核』は貴重なもので、街にとっても重宝されるものとのことだった。
俺はそのお金を受け取ると、青色と黄色の腕輪をそっと撫でた。
『『えへへ!』』
今回の依頼で頑張ってくれたのは、メモリーネとジブリールだ。
二人のおかげで、核石が手に入ったし、俺一人だったら取れなかったと思う。
テトラとコーネリスにも助けてもらったし、俺は赤と銀色の腕輪もそっと撫でた。
『『えへへっ』』
そうしていると、ジェシカさんはこんなことも教えてくれた。
「あ、そうそう。もうテオくんも聞いてるかな!? Sランク冒険者『幻影の妖精姫』がシムルグの討伐に成功したみたいよ! 素材もほら、あそこ! かなり綺麗に解体されてるのよ!」
そう言ってジェシカさんが指し示したのは、ギルドの別の受付だった。
そこには人だかりができていて、大騒ぎになっているみたいだった。
「これがシムルグか……。めちゃくちゃでけえな……」
「まじか『幻影の妖精姫』! また、高難易度の依頼を達成したのか!?」
「しかも今回はソフィア様の依頼よ! 史上最速でSランクにまでなって、シムルグも倒せるなんて、『幻影の妖精姫』さんたち、すごい!」
そんなざわめき声が聞こえてきた。
「もう大騒ぎよ! 今回もやってくれたのよね! 『幻影の妖精姫』の子達が!」
ジェシカさんも嬉しそうに、俺に教えてくれた。
「でも……ここだけの話なんだけどね、今回のこの偉業には不可解な点があるらしいの」
「不可解な点……」
「うん。なんでも『幻影の妖精姫』は、自分たちが倒したんじゃないって言ってるんだって。私たちは倒せなかった。そして気を失って、気絶してしまったって。そして次に目が覚めた時に、シムルグの素材がそばに置いてあったんだって。急いで確認しても、シムルグはもう討伐済みだし、シムルグを倒してくれたのは別の人だって言ってるのよ」
ジェシカさんが声を潜めて、内緒話をしてくれる。
「でも、最終的には、この功績は『幻影の妖精姫』の功績になったの。彼女たちがシムルグと戦ったのは事実だし、彼女たち以外に倒せる人はいないし。さっき急いでソフィア様に確認をとったら、悩んだ後、それでも構いませんって言ってくださったのよ。つまり、ソフィアさん公認ってわけ」
「……ソフィアさんが」
ジェシカさんが、うん、と頷く。
俺からも一つ、確認したいことがあった。
「あの、今回の討伐対象だったシムルグが出した被害はどういうものだったのでしょう……」
「確か、シムルグの咆哮に驚いた商人が荷を諦めることになったり、その際に怪我をしたりしたんだって。死者とかは幸いなことに出てないみたい」
それなら……ギリギリ大丈夫かもしれない。
もし遅かったら、シムルグが取り返しのつかない被害を出していた可能性もある。
(ごめんなさい……)
俺のフードの中に潜んでいるシムルグが、小さく謝った。
やっぱり気にはしているみたいだった。
「あ、でも、その被害を受けた商人たちは、今はシムルグに感謝しているみたいよ! 今回の『幻影の妖精姫』が得るはずだった報酬を、そっちに回してください、って彼女たちが言ったから、結果的にはかなりの得になったんだって。今頃、商会では『シムルグさまのおかげだ!』って、大はしゃぎみたいよ!」
「そ、そうでしたか……」
それなら……いいのかな。
誰も損をしていないのなら、なんにしてもよかった。
「大した被害も出ず、『幻影の妖精姫』は報酬は辞退したけど、功績は彼女たちに加算されるし、ギルド側もシムルグの素材が手に入ったことで、大儲け。もう、全部、うまくいってるの! それに、テオくんが持ってきてくれたシルバースライムの核もあるし、一気に幸運が舞い込んできてるのよ! 本当にありがとね、テオくん。色々と」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
俺は改めてお礼を言うと、ギルドを後にすることにした。
後ろからジェシカさんがくすりと柔らかく微笑む気配がして、その後も、ギルドは大盛り上がりだった。
そして入口から出た時のことだった。
「……待って」
呼び止められた。
見てみると、少しだけ緑がかった金髪の髪の少女がいた。
エルフで、確か『幻影の妖精姫』のパーティーの人だ。
腰には剣が帯びられている。
時刻は夕方。
夕日が彼女の姿を、茜色に染めていた。
「……あなたにも何か事情があるみたいね。でも……これだけは言わせて。……今日は助けてくれてありがと。この埋め合わせは必ずするから」
そう言って、俺の前に来る彼女。
夕日で耳の先が赤く染まっている。逆光だから表情はあまりよく見えない。
そんな彼女は髪を耳にかけると、身を寄せてきて、俺の首筋に口づけを落としていた。
「……これはエルフにとって、感謝の証。あと個人的な気持ち……。つまり……そういうことだから。それじゃあさよなら。テオくん」
身を翻してそう言った彼女は、髪を揺らしながら、静かに去っていくのだった。
* * * * * *
そしてーー
『て〜お〜〜〜。ダメなんだからね〜〜〜〜。初対面の人にまでキスされるようになったけど、それはダメなんだからね〜〜〜〜〜』
「て、テトラ……」
腕輪からそんなテトラのジトッとした声が聞こえてきて、俺の腕では全部の腕輪がピカピカと点滅していたのだった。
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