第64話 死ぬのはやっぱり怖い


『ピッピ……! (私……小さくなってる?)』


「よかった。起きた」


 地面の上で、ピッピっと鳴いている小さな鳥がいる。

 その鳥はキョロキョロとしていて、驚いているみたいだった。

 俺たちはその姿を見守って、俺は手のひらにその鳥を乗せた。


「もう、意識ははっきりしてるかな……?」


(う、うん……。大丈夫かも……)


 鳥がおずおずと頷く。


 この鳥は、さっきまで瘴気に飲み込まれていたシムルグだ。


「ごめんね。少し見せてもらうね」


 琥珀色の瞳を薄く光らせたテトラが、手のひらサイズになっているシムルグを見た。


「ん、大丈夫だと思うよ。瘴気の部分を全部削ったから、小さくなってるけど、成長すればまた大きくなれると思うの」


 それなら、よかった。上手くいったのかな。



 瘴気に飲み込まれていたシムルグ。

 シムルグは自分を殺してと言っていたけど、再生するから殺すことも難しかった。


 それでもやりようはあった。

 例えば、瘴気が現れている部分を削ること。あとは、俺のスキルを使うこと。


 魔石を代償に発動するスキル。

 だから俺はシムルグを魔法で貫いて、シムルグの核とも言える魔石を取り出した。


 それを代償に、スキルを発動し。

 同時に、テトラが聖女の力で瘴気を打ち消してくれた。


 そうなるとどうなるか。

 それは、新たな命として蘇る。


 瘴気に蝕まれて、倒すたびに再生していたシムルグは死ぬことになり。

 月光龍の加護を受けたテトラに浄化されながら、生まれ変わることになる。新しい命として、だ。


 もちろん、元通りにとはいかなかった。


 その結果が、これだ。


 あれだけ大きかったシムルグが、今は手のひらサイズになっている。

 瘴気を全て取り除いた結果、かろうじて残ったのはそれだけ……と言うよりも、幼体として生まれ変わったと思う方が、正しいかもしれない。


「元の大きさのままに出来なくてごめん……。体の色もねずみ色になっている……」


 俺はシムルグの頭を撫でて謝った。


(う、ううん! 生きてるだけでも、嬉しい……!」


「ふふっ、ならよかったっ」


 テトラがシムルグを胸に抱いて、優しくその黄金色の羽を撫でた。



 今のシムルグには、一応聖女テトラの魔力が付与されているみたいだった。

 だから、これからはもう瘴気に飲み込まれることはないだろう。


(あの、本当にありがとうございました……! あのままだったら私、大変なことをしてた……!)


 体が小さくなった影響だろう。

 子供っぽくなったシムルグの声が、聞こえてくる。


(私、気づいたら瘴気に飲み込まれて、自分が自分じゃなくなってた……! だから、殺してもらいたいって思ってたけど、本当は生きていたかった……!)


「……そっか。死ぬのは……怖いもんね」


 テトラが優しく呟いた。


 俺はその姿を見守った。


 何度も。何度も。

 テトラは死んでいるようなものだ。


 初めて会った時も。

 聖女だと分かった時も。

 あの夜の日も。


 その時のテトラの姿を思い出すと、ちくりと刺すような痛みをいつも感じる。


「でもね、私の時もテオが助けてくれたんだよ。そして今回も、テオがいたから上手くいったの」


(テオ……!)


「……呼び捨て!? ちょっと、あんた、うちのご主人様を呼び捨てしてんじゃないわよ!」


(ひ、ひぃ……。こっちの女の子、怖い……」


「失礼ね! でも……ごめんなさい。さっきは私もやりすぎたかもしれないわ」


「「森を破壊してたもんね」」


「そ、そんなつもりはなかったの!」


 慌ててそう言うコーネリスに、テトラも俺も自然に表情を柔らかくしていた。

 森にクレーターを作ってたもんな。


 ちなみにさっきコーネリスが破壊した森は、テトラがちゃんと修復してあるから大丈夫だ。


 ともかく、シムルグはもう無事だ。

 瘴気の問題もなくなっている。


「それで、これからどうするの?」


(……どうしよう……)


「……帰る場所はある?」


(群れがあるけど、一度瘴気に飲み込まれたから、多分、帰らない方がいいと思うの……)


「そっか……」


 シムルグが呟くと、テトラがこっちを見る。


「ねえ、テオ……。この子、しばらく一緒にいたらだめ……? 小さいし、放っておくと食べられるかも」


 それはお願いだった。

 上目遣いのテトラが、俺の胸に頬ずりしながら聞いてくる。


「それにね……、多分、この子は普通のシムルグじゃなくて、聖獣に近いシムルグなの。だから、従魔にできると思うの」


「従魔……」


「うん。従魔は眷属とはちょっと違うけど、成長すれば眷属になれるの。だから、だめ……?」


 うるうると瞳を揺らしながら、テトラが俺の手をぎゅっと握った。


「……しょうがない。今回だけは特別だ」


「やった〜〜〜! テオ、大好き〜〜!」


「ふふっ。ご主人様ってば、お母様に甘いのね」


 コーネリスがくすりと微笑み、可笑しそうにしていた。


「さてと。それじゃあ、残ったシムルグの部位を回収しよっか」


(私もやる……!)


 地面には、瘴気に飲み込まれていたシムルグの部位が結構落ちている。

 死ぬたびに体を再生させていたシムルグだけど、その際に切り離された部位は形として残っているのだ。


 それを、みんなで回収する。シムルグまで作業を手伝ってくれた。


 その後、メモリーネとジブリールとも合流すると、俺たちは街へと帰るのだった。


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