第63話 私を殺して
目の前にいるのは、巨大な鳥の魔物。
俺は魔力を使い、その魔物をめがけて攻撃した。
バチィと音がした。
少し遅れて、バチバチバチィ……ッッッ、という音がした。
それを肌で感じた瞬間、プツンと何かが切れた音がして、次に感じたのは轟音だった。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
翡翠色に弾ける魔力が、敵の全身を襲う。その威力は、以前までの攻撃の比ではない。
月光龍に認められた聖女テトラ。その加護が腕輪を通じて俺に作用するため、大抵の魔物はかすっただけでも消滅するだろう。
『ご主人様の攻撃、効いてるわ! ……けど」
目の前にいるシムルグも、跡形もなく消し飛んだ。
……かと思ったら、すぐに回復して、元どおりの姿になった。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
『……再生系の魔物ね」
腕輪を通じて、コーネリスの声が聞こえてくる。
少しだけ、『幻影の妖精姫』の人たちが戦っている姿が目に入ったけど、彼女達が手こずっていたのは、このシムルグが倒しても再生するからだったようだ。
その彼女達は今、メモリーネとジブリールに安全な場所まで運んでもらっている。
ざっと気配を探った感じだと、この森には現在、誰もいないみたいだった。
ギルドで注意喚起されていたのが、影響してくるかもしれない。
なんにしても、それは良かった。
「とりあえず攻撃し続けるしかない」
俺は少しだけ威力を込めて、再度攻撃してみる。
再生するのなら、それを上回る攻撃で倒すのが、再生系の魔物の戦い方だと効いたことがあったからだ。
バチバチバチバチ……ッッッッ!!
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
消滅するシムルグ。
そしてまた、復活する。
羽ばたくたびに、その風圧で木々がへし折れ、その咆哮は大気を揺らす。
ブチィ……ッ、と俺の耳から音がした。おそらく鼓膜が破れたのだろう。
それでも、腕輪を通じてテトラが回復してくれるから、そっちは別に構わない。
問題は、この魔物をどうするか、だ。
『こうなったら、私も出るわ!』
赤い眷属の腕輪が光り、姿を現したのはコーネリス。
「燃えて、痺れなさい……! サンダーフレイム……!」
ゴオォという灼熱と、バチバチと弾ける赤色の電撃。
それを片方の手ずつに発動したコーネリスは、空に浮かび上がると、敵の頭上からそれを放った。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
命中し、咆哮をあげるシムルグ。
「もういっかい……! 燃えて、痺れなさい……! サンダーフレイム……ッッッ!」
追撃をするコーネリス。
衝撃で砂塵が巻き起こり、森の中が一面クレーターみたいになる。
「あ、ちょっと、やりすぎたかも……!」
あらかじめ避難した俺は、その中央で消し飛んだシムルグを見た。
すると……また再生していた。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
「く……! これでもダメなのね! じゃあ、再生できないぐらい、体の髄から消しとばしてあげるわ……ッ! サンダーフレイム……!」
飛翔したシムルグを、空中で迎え撃つコーネリス。
ぶつかり、また衝撃が巻き起こり、バン、という音が鳴り響いて、空気が揺れた。
俺はその様子を見つつ、敵の姿を改めて確認した。
本来は黄金色の体だったのだろう。それが、所々黒く染め上げられて濁っている。
翼も、クチバシも、毛の一本一本も綺麗なのだが、黒く染まっている部分が歪に見えた。
『もしかしたら、瘴気に飲み込まれたのかもしれない』
「瘴気……?」
『うん。あのシムルグから、瘴気を感じるの。あの黒くなっているのがその証拠かも』
腕輪を通じてテトラが教えてくれた。
「じゃあ瘴気をどうにかすれば、元に戻せるのかな」
『多分……無理だと思う。あそこまでいくと、もう全部が瘴気に染められてるから』
それは、聖女のテトラの力を使っても、難しいのだろう。
「だったら……殺すしかないわね。……サンダーフレイムッッ!」
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
灼熱の炎に包まれるシムルグ。
コーネリスは威力を高め、シムルグを焼き滅ぼそうとしている。
ーーその時、声が聞こえてきた。
(お願い……。そのまま、殺して……)
それは、シムルグから聞こえてきた声だった。
(瘴気の呪いが苦しいの……。だから、私を殺して……)
か細い声だった。
まるで泣いているような声だった。
……咆哮を上げているのだと思っていた。
しかし、それは悲鳴だったのかもしれない。自分ではどうにもできないから……と。
だったら……。
「テトラ。頼めるかな」
『ふふっ。テオならそう言うと思ってた』
腕輪を通じて聞こえてきたのは、テトラの穏やかな声で。
俺は腕輪をそっと撫でると、魔力を限界まで弾けさせて、瘴気に飲み込まれているシムルグを貫いたのだった。
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