第62話 聖女ソフィアの依頼
* * * *
鳥の咆哮が響いている。
そんな森の中で、四人の少女たちが声の主と向かい合っていた。
「あの咆哮には気をつけて! まともに受けると、動けなくなるわ!」
「「「うん!」」」
エルフの少女たちだった。
それもただのエルフではない。Sランク冒険者『幻影の妖精姫』の少女たちだ。
史上最速で、Sランク冒険者にまで上り詰めた彼女たち。
その一つ上のランク、SSランクまで到達するのも時間の問題だと言われている。
装備も上等なものを身につけている。
エルフは身軽な格好を好むので、主にアクセサリーが多い。
尖った耳にあるのは、宝石が埋め込まれたイヤリング。
武器は伝説の神木、ユグドラシルを削り出して作ったものだ。
そんな彼女たちは、聖女ソフィアの依頼を受けて、シムルグの討伐にやってきていた。
場所は、街の西側にある森。
街道も離れていない距離にある。
そのため、商人などの行き来の際に、シムルグの被害が出始めている。
だから、討伐しないといけないのだ。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
「「「「……ッ」」」」
耳栓をしていても、なおも防げないシムルグの咆哮。
全長は20メートルほどだろうか。
本来は黄金色の体が、所々黒く染め上げられている。
羽ばたき、飛翔したその魔物は、四人を見下ろすように翼を羽ばたかせた。
相手に引く様子はない。
彼女たちは武器を構えて、戦闘に入る。
「自然に生まれし魔力よ、渦巻きて、この力となりて。『リザライト・アルス』」
リーダーの少女が唱えると、仲間たちに強化魔法がかかる。
それを確認すると、剣士の少女が一気に地を蹴った。彼女の名前はイデア。
ユグドラシルを材料にして作られた、彼女の剣から放たれる斬撃に斬れないものはない。
何よりここは森で、彼女たちはエルフ。
森での戦闘なら、慣れたもので、木から木に飛び移り、縦横無尽に攻撃できる。
「私たちも、援護するよ!」
「うん!」
ローブを着た二人の少女が、彼女に続き、地を蹴った。
リーダーの少女はそれを確認しつつ、イデアに強化魔法をかけ続ける。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
ズシャ……! と音がした。
直後、片翼が地面に落ちていた。
目にも止まらない速さで、イデアの剣がシムルグの翼を切り落としたのだ。
「「ストロノーム・スノウヘル」」
シムルグが痛みに苦しんでいる隙に、仲間のエルフの魔法が襲いかかる。
それは吹雪だった。
傷口を凍らせ、そこから体内を凍らせ、やがては心臓まで凍らせる絶対零度の魔法。それが二人分。
Sランク冒険者が相手にする魔物ともなれば、一瞬でケリがつく。
どちらかが死ぬか。それは、異次元の戦いだった。
「……落ちた。イデア、同時に行くわよ」
「……ええ」
リーダーの少女とイデアが武器を構え、追撃する。
目標は、片翼をもがれ、凍らされたシムルグ。
地に落ち、体が砕かれたそのシムルグはすでに叫び声を上げることができない。
そこに二人の追撃が降りかかる。
心臓を貫き、頭部を潰した。
「「……やった!?」」
そう聞いたのは、凍らせた二人で、
「ええ、これで恐らくーー、ッ!?」
……その時だった。
砕かれた氷の破片が、一人でに弾けた。
爆発が巻き起こった。
「「「「ぐ……!」」」」
四人は、一斉に後ろに飛んだ。
爆発でできた砂塵の中から現れたのは、倒したはずのシムルグだった。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
「……再生系の相手ね」
切り裂くような咆哮の中、イデアが耳を押さえながら、敵の特性に眉を顰める。
あらかじめ予想はしていたことだった。だけど、予想以上に厳しい戦いになるのだと、彼女たちは瞬時に悟った。
そしてーー
* * * * *
「全然、敵の勢いが衰えないッ」
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
リーダーの少女が、敵の心臓から剣を引きながら、乱れた息でそう溢した。
戦闘を初めて、すでにしばらくが経っている。
実力的には、こちらが上だ。
しかし、何度翼を切り落とし、心臓を貫いてもすぐに元に戻ってしまうのだ。
普段は強化魔法や、周りの警戒などをしているリーダーの彼女も前に出て、イデアと二人掛かりで剣で切り裂いているのだが、終わる気配がなかった。
木を足場にして、弾丸のように敵を狙うイデア。
地面から足元を重点的に攻撃しているリーダーの少女。
彼女の金色の髪がなびく。イデアの緑がかった髪も、止まることなく揺れている。
残り二人は、最上級魔法を連発しているため、すでに魔力も三分の一を切っている。
このままでは……厳しい。
……と、四人は察し始めていた。
この中で一番戦闘能力の高いイデアですら、悟った。
敵の再生を突破できない。何か弱点があるかもしれない。
しかし、気を抜けば、敵は咆哮をあげることになる。威嚇するようなその咆哮に当てられてしまえば、こちらは怯んで動けなくなる。
この四人で倒せないのなら、恐らく街にいる冒険者では倒せないだろう。
そして、すでに敵と相対していることで、逃げることすらできない。
追ってくるはずだ。
そうなれば、街に被害が出て、壊滅してしまうはずだ。
「……ぐっ。聖女ソフィア様が直々に依頼を出したワケはこれだったのね……」
どのみち、遅かれ早かれ、シムルグは街を襲っていたことだろう。
しかし……敵の突破口が見えない。そのことに、四人は焦り始めていた。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
「「「「う……ッ!」」」」
その中で響いたのはシムルグの咆哮。
今までで、一番威力のあるそれに当てられた四人は、耳を押さえて怯んでしまう。
ぶちッ……と、鼓膜が破れた音がした。
耳のいいエルフにとって、この音は苦しかった。
「こ、このままじゃ、勝てない……」
リーダーの少女がそう言い、地面にしゃがんで動けなくなっている仲間を見た。
イデアは、それでも剣を握ろうとする。
逃がそう……。
せめてこの三人だけでも……。
……すると、その時だった。
「「発射ぁ!」」
「「「「……っ!!」」」」
ボン……ッ! ボン……ッ! ズボオオオオオンン……ッッッ!
「「「「!?」」」」
何かの衝撃音。そして爆発音。
直後、吹き飛ばされるシムルグの体。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
すぐに復活するシムルグなのだが、その時には、再び爆音がして、すぐに爆発に巻き込まれている。
そして、
「二人は彼女たちを」
「「「「あ……っ!」」」」
立ち込める土煙の中から出てきたのは、二人の小柄な女の子だった。
黄色の髪と、青色の髪の二人が、それぞれ四人を二人ずつ両肩に担いで、この場から避難する。
そして背負われている四人が最後に見たのは、土煙の中に見えるもう一つの人影……、
バチィと音がした。
少し遅れて、バチバチバチィ……ッッッ、という音がした。
それを肌で感じた瞬間、プツンと何かが切れた音がして、次に感じたのは轟音だった。
『キイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイ……ッッ!!!』
翡翠色の弾ける魔力に貫かれて、悲鳴をあげるシムルグ。
そこで、気を張り詰めていた彼女たちの意識も、プツンと切れた。
……何が起こったのかは分からない。
だけど、自分たちが助かったのだということは、なんとなく分かった。
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