第33話 最初の眷属 ⑴ 不安定な彼女

 * * * * *

 

「んん〜……っ、のびのびできていいわね……」


 一人の少女が空を飛んでいた。

 彼女は腕をぐっと伸ばして、伸びをした。


 赤い髪が風で揺れている。陽の光に当たった彼女の毛先が、銀色の輝きを放っている。

 身に纏っている赤と銀色の衣装も揺れて、彼女が通った後には赤い魔力の残滓が溢れていた。


 そんな彼女は、自分を降臨させたテオとテトラの元を離れ、何の気兼ねもない、自由な空の旅を楽しんでいる最中だった。


「これも、ご主人様に感謝ね」


 頭に思い浮かぶのは、自分を降臨させてくれたテオのこと。


「本当に優しいご主人様だったわ……」


 それは本心からの言葉だった。


 眷属だからと言って、自分に命令することもしなかった。

 こちらのことを考えてくれて、『眷属の腕輪』を渡すのも強要しなかった。


 優しくていいご主人様。

 そんなご主人様は自分を大切にしてくれそうだった。


 だけど……、


「眷属として生きるのもいいけど、普通に生きるのの方がいいとも思ったの」


 スキルで降臨した眷属にも、当然自分の意思はある。

 だからこそ、やりたいこともあるし、やりたくないこともあるのだ。


 そして彼女は一人になりたかったから、テオたちの元を離れることにした。

 ご主人様が優しいことと、それに付き従うことはまた別の話だ。


 そもそも、彼女は本来降臨するつもりはなかったのだ。だから他の眷属に自分の体を差し出して、代わりに出てきてもらっていた。

 結局はその眷属に引き出されて、こうして出てくることにはなったけど、出てきてしまえば思ったよりも悪いものではなかった。


 周りを見れば何も遮るもののない世界が広がっている。

 今の自分はなんだってできるし、どこへだって行けるのだ。



 しかし……。



「でも……私……どこに行きたいんだろ……」


 ふと、そう思い、思わず空の中で止まってしまった。


 今の自分はなんだってできる。……だけど、やりたいことを考えると、特に思い浮かばなかった。


 改めて考えて見ると、行きたい場所も……特にない。


「……帰ろうかな……」


 無意識に漏れたつぶやき。


 勢いで飛び出してしまったけど……無性にあの二人が恋しくなった。


「…………」


 それはまるで、自分という存在を持て余しているようで……。


 テオとテトラの魔力を受け継いで降臨した彼女。


 彼女はまだ、色々と不安定な状態だった。


「…………ん、あの森」


 そんな時。


 目についたのは遠くに見えた森。

 なぜだか分からない。だけどあそこの森が無性に気になった。


「私、あの森に行ったことあるのかしら……?」


 スキルで降臨された者には、降臨される前の記憶が眠っていることがある。


 つまり前世の記憶があるのだ。


 その記憶は眷属によって様々だ。


「……とりあえず行ってみようかな」


 彼女はつまらなそうな顔でその森を見ると、自然とその森へと向かっていたのだった。



 * * * * * * * *



「燃えて、痺れなさい……! サンダーフレイム……!」


 ゴオォという灼熱と、バチバチと弾ける赤色の電撃。

 それを片方の手ずつに発動した彼女は、目の前に迫る敵に向かって同時に放った。


『『『グウウウウウウウウウウ!』』』


 敵の悲鳴が鳴り響く。同時に焦げる音がして、敵が絶命した。


「ふんっ、大したことないわねっ」


 赤い髪をなびかせた彼女は、その魔物の死体を消しとばした。


 森に入ってからというもの、魔物が襲ってきてしょうがない。

 やってくるのはもっぱらオークばかりだった。


 自分よりも大きな体。苔むした肌の棍棒を持っている敵。

 その敵が彼女を見るや否ややってくるから、彼女はそれを殲滅していた。


 それに……なぜかオークを見ると、無性に腹が立つ。

 だから必要以上に魔力を込めて、その爆発的な力で一気に敵を消し飛ばしている。


「そもそも私は、オークなんて大っ嫌い。そもそも、こんな森にいたってなんにもないから、出て行くべきなんだけれど……」


 ……そう呟いた時だった。


「いッ」


 バチィ、と自分の頭の中で、何かの記憶が蘇ってくるのを感じた。


 それはひどく曖昧なもので、小さな赤色の生き物が、オークに食われるという、なんとも言えないおぞましいものだった。


「なんでそんなものが私の頭に浮かんできたのかしら……。少し嫌な記憶ね……。敵もまた来たし……」


 サンダーフレイム。


 ゴォォォ、バチバチバチ……ッ。

 森の中に彼女の魔法が満ちて、やって来ていたオークの群れを殲滅した。


 見事なものだった。


 木を傷つけず、葉っぱすらも巻き込まない、激しくも丁寧な魔力。


「……またきたわね。……全部、消しとばしてあげるわ」


 ゴォォォ、バチバチバチ……ッ。


 再び、魔力を解き放つ彼女。


 しかし、怯まずにやってくるオークの群れ。


 彼女はそれを全て始末していった。


 それはまるで、何かに取り憑かれたかのようで……。


(オークは……殺さないといけない……)


 オークを見ていると、やはりそう思う。

 無性に腹が立ち、体が勝手に動いているのだ。


 ……しかし、その時だった。


「……魔法が乱れてきている……」


 微かにだが、自分の魔力が乱れているのが分かった。


 スキルで降臨したばかりの彼女。


 彼女の魔力はまだ不安定なのだ。


 だけど、今更魔法の威力を弱めるという選択肢は彼女にはなかった。


 目の前にいる敵を倒すために、魔力を使い続ける。


 しかし、そんな時に限って、厄介な敵が現れるというもので……。



『オオオオオオオオオオオオオオオオオ』



 ドスドスと、まるで自分の存在を知らしめるように、堂々と姿を現したのは、通常のものよりも遥かに強靭な肉体を持つオークだった。


 獰猛な顔、垂れているよだれ。


「!」


 そのキングオークを見た瞬間、彼女は一気に魔力を解き放った。


「……業火雷撃(フレイムスパーク)」


 ゴォォォ、バチバチバチ……ッ。


 一瞬音が消えた後、轟音と共にとぐろを巻くように弾けたのは、赤と黄色の炎と雷撃。


 それは、今まで丁寧だった彼女の魔力が嘘のように荒々しい魔力で、敵に襲いかかる。


 しかし……。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオ……!』


「く……ッ」


 命中する直前、魔力が掻き消えてしまった。

 それは敵が何かをしたせいではなくて、純粋に彼女の魔力の維持が解除されてしまったのだ。


 ……やはり魔力が不安定になっている。


 そして、敵が反撃とばかりに咆哮を上げた瞬間、自分の体は地から離れていた。


「う……っ。ぐッ……!」


 一瞬遅れて、腹部に突き刺さる衝撃。


 敵が自分の体に拳を撃ち抜いたのだ。


 鈍痛が襲ってくる。口から内臓が出そうになる。

 地面に転がる彼女は、その一瞬の出来事に気を失ってしまいそうだった。


『オオオオオオオオオオオオオオオオ……!!』


 鼻息を荒くした敵が、棍棒を肩に担いで地面に倒れている自分のことを見下ろしていた。


「やっぱり……この魔物を見ていると、無性に腹が立ってくるわ……」


 歯を噛み締めた。彼女のその瞳には怒りが浮かんでいた。


 そしてどうしようもない絶望感がこみ上げてもきて……


「こんなの……昔と……同じじゃない…………。……………………いッ」


 バチィッ、と再び脳内を駆け巡る記憶。


「……これって……」


 そうして彼女は元々の自分がなんだったのかを、思い出すことになる。


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