第34話 最初の眷属 ⑵ 気弱で小さな、赤い魔物。


 その森の中には、とある魔物がいた。

 それは赤い毛皮に包まれている、小さな小さな魔物だった。


 レッドマルクルス。

 そう呼ばれる魔物は、体も小さく、力も弱いため、自然界で生き抜くことは大変困難であった。


 だから群れで生活することにした。そうすれば生存率を上げることができるのだから。


 しかし問題なのは、その魔物がいた森には巨大な魔物も生息していたということだった。

 オーク。そのオークは繁殖力も強いため、いつしかその森はオークの縄張りとしてオークだらけになってしまった。

 元々のこの森は、小さな魔物達がひっそりと暮らしていた平和な森だったのに、そのオークたちが占領してしまったのだ。


 そのせいで、窮屈な環境で生きていくことになってしまう。

 怯えながら、細々と、息を潜めるように、日陰に隠れながら、見た目の割には長い人生を送るしかなかった。


 それでも希望はあった。その魔物は数百年間生きれば、鳳凰になれるのだから。


 ……しかし、ある日突然、それが終わってしまうことになる。


 その小さな魔物達の隠れ住んでいる場所の近くに、オークがやってきたのだ。


 自分たちの存在を嗅ぎつけられて、このままでは見つかるのは時間の問題だ。


 だからその小さな魔物達は逃げることにした。

 ……一匹の仲間を囮にして。


 その魔物は、小さい魔物達の中でもひときわ小さい体をしている、気弱な存在だった。


 囮としては、これ以上にふさわしい者はいない。


 だからその一匹の魔物は群れの中から捨てられて、囮にされて、オークに見つかってしまった。


『ゴオオオオオオオォォォッォォオ……!!』


 ……なすすべもなく。


 群れから見放され、オークに殺されるといった、悲しい最後だった。






(それが…………私……?)


 オークの一撃を受けた少女は、ある一匹の小さな魔物の記憶を思い出していた。

 思い出してしまえば、しっくりきた。


 それが自分だ……と。


(つまり、人間の姿になる前の私は……あの小さな魔物だったの……?)


 赤色の小動物のような魔物。

 姿はシマリスに近いだろうか。

 それが元々の彼女であった。


(私、群れから弾き出されて、死んで……こうして人の姿で生まれ変わらせてもらったんだ……)


 本来の自分という姿を思い出した彼女は、思わず笑ってしまう。


「はは……っ。バカみたい……。何が『さすが、私を降臨させたご主人様は立派ね』……よ」


 本当の自分ははちっぽけな奴だったのに……。


「偉そうに、ほんとばっかみたい……」


 自分が口にした言葉を思い出すと、恥ずかしくて情けなくなる。


 自分がどうしてあんなにもオークに対してむかついていたのか……。

 自分がどうして、あの二人の元から離れたのか……。


 全て昔のその出来事があったからだった。


 彼女が引っ込み思案なのも。

 突然手に入れた自由を持て余したのも。


 昔の名残なのだろう。


 この森に来たのもそのため。昔の記憶とともに、無意識のうちに引き寄せられたのだ。


 弱いものは弾かれる。だったら自分から弾き飛ばした方がよっぽどいい。


 だから彼女は、容赦なく敵を始末する。


 我慢をするのも、群れるのも……もう勘弁だ。


『オゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!』


 そんな彼女の前にいるのは、棍棒を手に持っているオーク。


 昔の自分を殺したやつと同じ種族のオーク……だ。


(……このままだと、私はあいつに殺されるのよね……。また……)


 また、だ。


 せっかくこうして、新しい存在として降臨させてもらったのに。


 また食われてしまう。何もできずに。……それだけは嫌だった。


 だからーー


「『サンダーフレイム』」


 バチィィィィィィィッッッ。


 足音を立てて近づいてくるオークに、彼女は残りの魔力を込めて攻撃をした。


 不安定ながらも、練り上げられた魔力。


 それは敵に命中したものの、敵を倒すだけの威力は残っていなかった。


『オゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!』


(ご主人様……ごめんなさい)


 最後の時、彼女が思ったのはご主人様のテオのことだった。


 そして、その時だった。



「……!?」



 バチィと音がした。


 少し遅れて、バチバチバチィ……ッッッ、という音がした。


 それを肌で感じた瞬間、プツンと何かが切れた音がして、次に感じたのは轟音だった。


「あ……っ」


 場に満ちたのは雷撃で。

 遅れて翡翠色の魔力が目の前を通過する。


 その時には目の前にいたオークは跡形もなく爆散し、ただの肉塊へと姿を変えていた。


「捕まえたっ」


 そして、彼女の元には二人の人物がいた。

 一人は自分を守るように自分の体を後ろから抱きしめているテトラで、もう一人は彼女を守るように自分たちの前に立っているテオだった。


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