第32話 飛んで行ってしまったあの子と、乱れた魔力。
ひとまずこれで無事に初めての眷属を降臨させることができた。
最初は今回もスキルの発動が上手くいかなかったかと思ったけど、目の前には赤髪の彼女が、彼女自身の体で、こうして俺たちの前にいてくれている。
「二回スキルを発動させて、二回ともこの子は隠れてたもんねっ」
テトラが微笑みながら、俺の腕を抱きしめて言った。
そう、彼女はなかなか出てきてくれなかったのだ。
「だから、もしかしたら出てくるのが嫌だったのかと思った……」
「あらっ、ご主人様ったらそんな心配をしてたのねっ」
俺の言葉に、彼女が手で口を押さえながらどこか子供っぽく笑う。
でも、本当に不安だった。
それにあの子も言っていた。『……多分、少し困った子が出てくると思うけど、悪い子ではないからどうか見捨てないであげて』……と。
だから、一体どんな困った子が出てくるかと思ったけど、話してみると普通にいい子じゃないか。
「根は真面目そうな良い子だ」
「ねー、いい子だよねっ。私も最初見たときは、グレてる子が出てきたと思ったけど、全然違ったもんっ。それに私たちはグレたりしたことなかったから、そういうところも新鮮で可愛いかもぉ」
「もぉ〜、お母様ったら、失礼しちゃうわっ」
「「ふふっ」」
あぁ……楽しそうだ。
……と、そう思ったのもつかの間。
「……ま、でも、そう思ってもらっても構わないのだけどね」
「「……えっ」」
次の瞬間だった。
彼女はふわりと浮かび上がり、空へと離れてしまう。
そして、
「ねえ、ご主人様っ。こっちの腕輪欲しい?」
そう言った彼女の手に持たれていたのは、もう一つの『眷属の腕輪』。
彼女はそれを指先でぐるぐるともてあますように回し始めると、そんなことを聞いてきた。
腕輪が欲しいかどうかと言われたら……もちろんほしい。
でも、
「それは君自身が決めることさ」
「あら、分かってるじゃない」
意外そうな顔をした彼女が、静かに微笑む。
「そう、これはそんなに簡単に預けていいものじゃないの。これを嵌められてしまえば、その者は眷属として、一生ご主人様に隷属することになるのだから」
それが、眷属の腕輪というもの。
だからそれを渡すかどうかは、彼女自身に選択肢がある。
「だからこそ、気軽に預けてはいけない。まあ、ご主人様はそういうところもちゃんと分かってるみたいだし、やっぱり私のご主人様は、いいご主人様なんでしょうね。ご主人様は、完璧すぎるぐらい合格よ」
「ありがとう」
そう言ってもらえるのは、悪い気はしない。
「だけど、それを抜きにして考えると、どうかしら? この腕輪、欲しい……?」
「うん。欲しい」
「そう。でも、あーげないっ」
「ふふっ」と彼女が楽しそうに笑う。
そして……ふわりと浮かんだまま、俺のそばへとやってきて、
「じゃあねっ、ご主人様っ、ううん、パパって呼んであげるわ。降臨させてくれてありがとっ。それは本当に感謝してるから、ばいばいっ」
そう言って彼女は俺の頬に口付けを落とすと、「ふっ」と俺の耳に息を吹きかけて、そのまま赤い髪をなびかせて空へと消えていくのだった……。
…………。
「「と、飛んで逃げた…………」」
* * * * *
「て〜〜お〜〜、さっきあの眷属の子にいっぱい口づけされてたでしょ〜〜」
「て、テトラ……」
こ、このタイミングで……。
赤い髪の彼女が空を飛んで去ったあと、俺はテトラに怒られていた……。
その理由は、俺があの眷属の子に何度も口づけをされたからだ……。
あの赤髪の子が一人でどこかに行ってしまったことも問題だけど、こっちもそれ以上に大問題で……。
テトラは頬を膨らませると、じとっとした目で俺のことを見てくる。
「テオくんは、この短時間の間に、あの子に何回も口づけをされてたでしょ〜〜」
「そ、それは……」
「まず、1回目は唇にキスされました。ここですね。2回目は首筋にキスされました。ここですね。そして3回目は頬にキスされて、最後は耳に「ふっ」って息を吹きかけられて、パパって呼ばれてたでしょ〜〜」
「…………」
テトラが俺の唇とかを指で触りながら、口づけをされた場所の確認してくる。
確かにあの子は、「パパ」とそんなことも言っていた……。
それに何回も口づけをされたのも、本当のことだ……。
しかし、テトラは怒るだけではなくて、心配もしてくれる。
「ねえ、テオ。大丈夫だった……?」
「うん、一応平気だった」
「そっか……。でも魔力の消費は大きかったよね……。今回のスキルの発動は、思ったよりも魔力の代償が多かったもんね」
俺の顔に触れて、静かに聞いてくるテトラ。
降臨術は、魔石と、魔力を代償に発動するスキルだ。
だけど、テトラも言った通り、今回は発動にかかる魔力がこの前よりも多かったみたいだ。
「それにあの子がテオに口づけをした理由は、口づけをして必要な分の魔力をテオから吸ってたからでもあるみたいだね。テオ、気づいてた?」
「うん、なんとなくだけど、そんな感じはしたかも」
彼女の唇が俺の体に触れた瞬間、自分の中の魔力が乱れるのを感じた。
「スキルで降臨されたばかりの眷属は、魔力が不安定だから、ご主人様に口づけして魔力を分けてもらう必要があるの」
つまりさっき彼女がよく俺に口づけをしていたのは、それが理由みたいだった。
それによって、俺の魔力がなくなることは多分、ないはずだ。
むしろ今の俺は魔力を持て余しているぐらいだから、眷属に魔力を貰ってもらうのは俺にとってもいいことなんだと思う。
……でも、気をつけないといけないのは、魔力が乱れることだ。
分け与えた分だけ、俺の体にある魔力が乱れてしまう。
もっと言えば、俺の魔力は常に乱れていたりする。
俺はまだ、自分の中にある魔力を持て余しているせいで、魔力の循環が不安定みたいなのだ。
それを整える方法は、魔力を使うことに慣れるしかない。
もしくは……。
「うんっ。多分、私の魔力なら整えてあげられるの」
テトラが優しく微笑んで、俺の顔を見てくれる。
「だからテオ。私が整えるね。テオの乱れた魔力、私がちゃんと整えるから任せてね」
そう言ってテトラが俺の首の後ろに両手を回してくれると、身を寄せてくれた。
そして、ゆっくりと口づけをしてくれる。
「まずは首から……ちゅっ」
俺の首筋に落とされる口づけ。
「今度は頬……。そして最後は唇……」
頬と唇にも、同じように。
全部、眷属の彼女が口づけを落としていた場所だ。
それを上からなぞるように、テトラの唇が俺の肌に触れる。
そうすると……触れた場所の魔力が、整っていくのが分かる。
「テオ……どう?」
少しだけ首を傾けて、気遣うように紡いでくれるテトラ。
「うん……。テトラのお陰で楽になったよ」
「ならよかった」
テトラの魔力は……優しい魔力だ。
暖かくて、一番落ち着く、優しい魔力。
「私もね、テオの魔力が一番好きだよっ」
最後にもう一度、口づけをしてくれて、甘えるように頬ずりをしながら抱きしめてくれるテトラ。
俺もテトラを抱きしめ返し、俺たちは見つめ合うと自然に微笑みあっていた。
そして……、
「テオ、あの子追いかけないといけないね……」
「うん」
それは静かに紡がれたつぶやきだった。
「あの子はいなくなったけど、帰ってきてくれると思う……?」
「それは……分からない。……けど、帰ってきてくれると、嬉しいかな」
「うん……」
できればそうしてほしい。
せっかく出てきてくれたんだ。
あの子が出てきてくれるのをずっと待ってたし、もし嫌じゃないのなら俺たちのそばにいてほしいと思った。
「ふふっ、テオはやっぱりいいご主人様だねっ。あの子もね、きっとテオが追いかけてくれたら、嬉しいと思うの」
そう言ったテトラの声も穏やかで。
俺はそんなテトラの頭をそっと撫でて、あの子が飛んで行った空を見るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます