第12話 追放


「メテオノール……。貴様をこの村から追放する……!」


 その日、テオは村からの追放を言い渡されていた。


 そしてある者は、彼のことをこう呼んだ。


 禁忌を犯した者。その名も『聖女殺し』……と。



 ……結局、あの後、森の中に広がっていた火に気づいた村人たちが駆けつけてきた。

 そして、倒れている神父、気絶している教会の者たち、そしてテトラの血を浴びていたテオのことを村へと連れ帰り、テオは家に放り込まれた。


 そして、状況を把握した村長がこう判断を下した。


『テオが全部やったと』


 制約を破ったことで罰を受け、神父が倒れていたのも……。

 教会の者たちが眠らされて気絶していたのも。

 テトラがいなくなったのも、テオが殺したからだ……と。


 ……しかしこれについては、テオに同情する者の方がほとんどだった。


 テオがテトラを殺した。村長はそう言ったけれど、それを真に受けているものはほとんどいなかった。

 テオがテトラのことをどれだけ大切にしていたか、村人たちは知っていた。


 幼い頃から一人でテトラのために尽くしてきたテオ。

 自分にも親がいないはずなのに、幼いながらも苦労していたはずなのに、その上でテトラを支えていたのがテオという少年だったのだ。

 食事を与え、テトラと共に成長すると共に、それを見守るような暖かさがあり、テオはテトラにとって、家族であり、兄弟のようでもあり、恋人のようでもあり、親のようでもあったのだ。


 だからこそ、子供がいる親などはテオに同情するものが多かった。

 我が子が教会へと連れて行かれる。もし、それが自分だったのなら、どれだけ嫌だったことか。

 だから、聖女に選ばれたのが我が子でなくてよかった。今まで大事に育ててきた子供と離れ離れにならずに済んでよかった。

 全てテオが引き受けてくれてよかった……と。負い目を感じながらも、そう思わずにはいられなかった。


 そして、教会の者たちですら、テオには同情していた。

 彼らはそもそも神父に不信感を持っていたのだ。


 神父が裁きを受けたのも、自業自得で。

 あの夜、テトラの聖魔石を砕いたのも、神父自身で。

 それを教会へと報告することで、彼らが罰を受けることはないものの、聖女を失ってしまったことはやはり痛かった。


 ……それでも、幸いとばかりにテオを罵る者もいる。


「おい、やっぱりお前は可哀想なやつだったな。なあ、聖女殺し……? 心底同情するぜ?」


 と、そんなことを言ったのは、村長の息子のボンドだ。


 最底辺にいるテオを見下すのは、ボンドにとって得意なことだった。

 親である村長がテオのことを見下していることも相まって、ボンドはテオのことを可哀想なやつだと想い続けていた。


 聖女殺し……。

 それは、テオが一番分かっていることだった。


 だからこそ、テトラがいなくなった日以来のテオは、これっぽっちも動かなくなっていた。

 食事をとることもなく、眠ることもできず、泣くことすらできなかった。


 テトラという少女を失った彼には、もう何も残ってなかったのだ。


 そして。

 そんなテオのことを、村長は村から追放することにした。


「このままだと、我々まで教会から目をつけられかねないからな。しかし、特別に温情もくれてやる。今すぐに村を出ろとは言わん。出る前に、必要なだけの魔石を作って、村に置いていけ……!」


 追放はもう決定事項だ。しかし、追放するのは最大限利用してから。

 必要以上に魔石を作らせてから、追放してやる。


 テオは魔石の加工技術に優れている。

 テオがこの村にいたのは、テトラがいたからだ。

 つまりテトラがいなくなったということは、テオがこの村にいる理由もなくなったということで……。

 だったら、いっそのこと全ての面倒事を被せて追放すれば、全て丸く収まるだろう。


 その日から、テオは魔石を加工し始めた。

 村長に言われた数を作り終え、そしてその後もさらに加工し続けた。


 その結果、いつしかその量は数倍ほどの量になっていた。


「こ、これほどまでとは……」


 高く積み上げられている加工石の数々を見て、呆けるように口を開ける村長。

 質も、量も、申し分なく、完璧すぎるほどで、因縁をつけて嫌味の一つでも言ってやろうと思っていた村長だったのだが、何も言うことができなかった。



 そして追放されたテオは、村を出ることになった。


 眩い太陽が空に浮かんでいる、天気のいい日のことだった。



 * * * * * * *



 身支度を整えた俺は、荷物を持って、家を出る。

 そして静かな村の中を歩き、一人で村の外に出た。


 ただ、それだけだった。

 あっさりと村の外に出ることができた。

 あの夜はあれだけやっても村の外には出られなかったのに……だ。


 結局……それぐらいのことだったんだ。

 一人で歩いていると、それがよく分かる。


 そして、昔のことも思い出した。


 もう何年も前、まだおばあちゃんと暮らしていた時のこと。

 その時も俺はこうして一人で村を出ていこうとした時があった。


 親もいない。頼れる者もいない。面倒を見てくれていたのは、おばあちゃん。

 ご飯を食べさせてくれて、躾もしてくれて……。だけど、それは申し訳ないことだった。


 もし、俺がいなかったのなら。

 おばあちゃんは、俺なんかの面倒なんて見なくてもいいはずだ。


 おばあちゃんも色々大変なはずなのに……。

 それでも俺のことを気にかけてくれる。


 そのせいで、おばあちゃんの負担になっているかもしれない。

 そもそも俺は、生まれてこない方が良かったんだと思った。

 小さい頃、村を歩いていると、そういうことは何度も言われた。


 だから俺は、一人で家を出ることにした。どこか、遠い場所で、消えてしまいたいと思った。


 どうせやりたいこともないし、生きている意味もない。

 どこに行っても、それは変わらないから、せめて誰の邪魔にもならないところに行きたかった。


 そして……そんな時だったのだ。

 倒れているテトラを見つけたのは。


 一人で歩いていると、地面にテトラが倒れていた。

 最初は死んでいると思った。だけど、死にかけながらも生きていた。

 それを見た瞬間、俺は彼女を抱きかかえて、家に帰り、おばあちゃんに治療してもらったのだ。


 そのあと、テトラは無事に元気になった。そして、俺はおばあちゃんに怒られた。


『捨ててきなさい!』……と。


 それは怒られて当然のことだった。

 俺はおばあちゃんの元からいなくなろうと思っていたのに、もう一人連れて帰ってきたのだから。


 それでもおばあちゃんは「まったく、しょうがないね……」と言って、言葉とは裏腹に嬉しそうにしていた。


 そしてテトラが来てから、俺のご飯は半分になって、もう半分がテトラのご飯になったけど、テトラがそのご飯を食べている姿を見ていると、俺はなぜか嬉しかったのを覚えている。


 そういうこともあって、俺はテトラに何かをしてあげたいと思った。


 これなら俺にでもしてあげられるって。


 ……だけど。



「結局……無理だった」


 今、俺の目の前にあるのは、なんの変哲も無い地面。

 黄土色の土があり、その上を虫が通っている。

 ここは以前、テトラを見つけた場所だ。


 俺はそこの土を手でかき集めると、石を置き、墓を作った。


 きっと、バチが当たったのだ。


 俺はテトラを守ることができなかった。


 だから今、こうして一人で村の外にいる。

 最初はスキルが啓示されたら、テトラと二人で村を出るはずで。

 予定が変わり、逃げるように村を出るはずだったのに。


 結局はこうなってしまった。

 俺がテトラを殺したも同然だ。

 俺は弱かったのだ。


「…………」




 俺は立ち上がると、二人分の荷物を背負って歩き出し始めた。


 そんな俺の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。


「あ、て〜お〜! ここにいたんだ! やっと追いついたよ〜!」


 それはよく聞き覚えのある声だった。


 俺は振り返ってみた。


 そしたら、テトラが手を振りながら走ってきている姿が見えた。


「テオ〜! 私だよ〜! テトラだよ〜!」


 どん、っと飛びかかるように抱きついてくるテトラ。


 それは本当にテトラで。


「…………」


 …………テトラ!?


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