第11話 聖女殺しの禁断の夜 ⑶


 テトラが透明な石を握りながら、神父に向かって言った。


「それ以上、近づかないでください。近づいたら、私はこれを砕きます。そうなったら、困るのはあなたのはずです。だって、制約を破り、裁きが下りますものね」


 裁き……。


 テトラは堂々としていた。堂々と、握っている石を神父に向けている。

 そして神父は、その石を見ると……ピタリと動きを止めていた。


 まるで、その石に何かがあるといった風に。

 石を見て、動けなくなっているように見えた。


『……何を言うかと思えば、聖女様は面白いことをなさるお方だ。その石ころを砕いたら私が困る……? ははっ、なぜ、私が困るのでしょう』


 炎に囲まれている夜の森の中で、火に照らされた神父の顔には余裕そうな笑みが浮かんでいた。


「私は、知っています。この石は聖魔石と言う石です。スキルを持っている者に与えられる石です」


 テトラが石を握りながら、確認するように言う。


「スキルというのは、自分にとって体の一部も同然。そしてスキルを自覚したものは、それに適したものをこうして形にできる。聖女の場合は聖魔石。神に仕えし聖なる者なら、持っているもの。これを砕いたら困るのはあなたです」


『……何を言ってーー』


「裁きを受けるのが、怖くないのでしょうか……?」


『……ッ』


 その時、神父の顔が引きつった。


「私、知ってるんだから。聖魔石は聖女の命と同等に大事な物。これを砕かれてしまえば、私は死に、対象に裁きを与えることになる。教会の偉い人ならなおさらです。そういう制約があるのではないでしょうか……?」


『……ッ。どこでそれを』


「図星ですね」


 石を持っている手に力を込めながら、テトラが自嘲するように笑った。


「だって、私は聖女だもの。広場でスキルの啓示が行われた時に知ったわ。教会の中での序列は、聖女の下の下の下が、神父。それが教会内の力関係なんでしょう?」


『く…………ッ』


「そして神父以上の者は、神より縛りをかけられる。自分よりも上の者の命が失われた時、それが己の行いの所為であったのなら、罰せられる。また己よりも下の者に危害を加えしときも同様に罰が下ることになる」


 テトラは言いながら、周りで眠らされている教会の人達を見た。


「さっき、その人たちは明らかにあなたに不信感を持っていた。そしてあなたが私たちに行った行動を目撃した。私、不思議だったの。どうして彼らを眠らせるだけで、始末しないんだろうって。だけどその制約があるから、あなたはそこの教会の人達を眠らせるだけにとどめた。……違いますか?」


『……こ、小娘が……!』


「私はまだそういう縛りを受けている身ではないから、私があなたを殺しても罰せられることはない。だけどその逆は違う。それでもいいのなら、近づくといいです。私、ここでこれを砕いて、死んであげてもいいでしょう」


 そう言って、テトラが石に爪を立てると、テトラの体からバチィっと何かが切れる音がした。


「て、テトラ……!」


『ま、待て……!』


 ……今の話が本当なら、あの石はテトラの命みたいなものだ。

 それをテトラは砕こうとしている。


 もちろん、本気ではない……はずだ。

 そうでないと願いたい。そうであってほしい。

 とにかく気が気ではない。

 あれが砕かれたら、テトラは死んでしまう。

 それは本当に、ダメだ。テトラ……やめてくれ。それだけは本当にダメだ……。


 俺も焦った。神父も焦っているようだった。

 夜の中でも分かるほど、神父の顔が真っ青になっていた。


「ねえ、怖い? そうよね。だって教会に仕える信徒たちは治癒の魔法は使えるけれど、それだけだもの。ここで私がこれを砕いて、死んだら、さすがの神父様でも生き返らせることはできないでしょう。蘇生は神でも、あなたたちの敵の魔族でも無理。それを超えたら、その者は何者をも超えることになります」


『き、きさま……』


 神父の顔が苦々しいものになる。テトラはさらに手に力を込める。

 石が握られたことで、テトラの体からまた何かが切れる音が聞こえた。


「別に試してみてもいいのです。でも、その時には、あなたは死んでいるでしょう」


『……ッ』


 テトラが一歩、前に出る。

 神父が後ずさり、距離をとった。


 また一歩前に出る。同じように、神父は後ずさった。


 やがて神父は炎のギリギリまで下がった。

 怯えながら震えているようだった。


「テオ、ごめんね……」


 テトラが俺に謝った。


「結局こうなったね……」


 俺の方を振り返らずに、石を握ったままテトラが言う。


「このままだと私たちは逃げきれないね……。だからもうこれしかないって思ったの」


 そのテトラの言葉には、諦めが混ざっていた。


 ……最初から分かっていたことではあった。


 逃げるのなんて無理なことを。


 そしてもし、ここで逃げ切れたとしても、別の追っ手が来ることになるはずだ。

 そしてテトラは最初から言っていた。逃げられないのなら、死んでやると。


「私のわがままに、テオを巻き込んだね……」


「そんなことはない……」


 ……違う。 


 俺は巻き込まれたわけではない。

 テトラが望んだのも、わがままではなくて、ただの願いだ。


 火に囲まれた森の中で見るテトラの後ろ姿は、儚げで……。


 俺の目にはその後ろ姿が焼き付いていた。


 そしてーー


「テオ……私は大丈夫だから。テオが生きていてくれていれば、きっと大丈ーー」


 ……と、その時だった。


 背後に殺気を感じた。


「…………ッ」


『全部、貴様がいたからだ……!』


 気づいた時には、背後に神父の姿があった。

 刃が仕込まれている杖を突き刺そうとしていた。


「テオ……!」


 どん、と体を押され、その次に何かが刺さる音が聞こえた。


 俺を抱きしめるように、テトラの体があり……、


「がはぁ……っ」


 一瞬遅れて、テトラの口から血が溢れ出した。それが飛び散り、俺の顔がテトラの血で塗りつぶされていた。


 テトラが刺されていた。


「……ッ」


 刺さっている杖はテトラの握っている石まで届いており、石にヒビが入る。


 テトラの瞳が闇に染まる。

 神父の方を見ると、血を吐きながら睨みつけ、


「……私、言ったわよね? テオに、手を出したら許さないって……。……死んでしまえ……」


 パキンと、ひとりでに砕けるひび割れた石。


『!?』


 直後、痙攣する神父の体。


『うがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』


 紅黒い雷撃が神父を襲い、絶叫を上げる。

 目玉が白目を向き、髪が抜け落ち色がなくなり、肌の色までなくなっていく。


 だけど、もっと取り返しのつかないことが起こっている。


「テトラ……」


 手に、生暖かい血を感じる。それが俺の体温に混ざり合っていく。

 その度に、テトラの体が冷たくなっていき、テトラの血は止まることはなく溢れ続けている。


「がはぁ……っ」


 テトラの口から血が溢れた。

 テトラは俺の体に寄りかかるようにぐったりとして、瞳からは光が失われようとしていた。


「テオ……ごめんね……」


「……すぐに……薬を……」


「ううん……もう、ダメだよ……」


 ポケットから薬草を取り出そうとする俺の手を、テトラが弱い力で握る。


「テオ……ごめんね。それと、今まで本当にありがとね……。私ね……テオと出会えて、本当に幸せだったよ……?」


 それはまるでこれが最後のような言い方だった。

 嫌でも伝わってきて、俺は何もできなかった。


「でも、これでよかったね……。もう誰にも邪魔されずに、出ていけるね……。テオ、村を出たら楽しいこといっぱいしようね」


 それがテトラの最後の言葉だった。


 テトラの体が光に包まれていく。

 それがパァっと弾け、夜の中に消えていく。


 近くで燃えている木が弾けた音がした。

 その音が全てを消し去るように、テトラが俺の前からいなくなった。



 * * * * * *




 そして……。


「スキル……発動」


 その後、人知れず、テオのスキルも発動したのだった……。


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